4話


 しばらく経った八月の夏の暑さが本格的になり始めた頃。


「あ、春ちゃん!」

「はい!?」


 そう美奈子ちゃんに名前で呼ばれ、びっくりする。

 がしかし、美奈子ちゃんの心境の変化か、あたしも名前呼びできるほど仲良しだと思われているのが嬉しくなった。


「一緒に帰ろうよ」

「うん、帰ろ」


 そう美奈子ちゃんのお誘いに乗り、校門まで歩いていると皐月清君が、誰かを待っていた。


「あ、皐月くんだ」


 美奈子ちゃんが、見つけたタイミングであたしと目が合う。


「戌井、弥生も一緒なんだな」

「せっかくだし、皐月くんも一緒に帰らない?」


 こちらに歩いて来た皐月清に、美奈子ちゃんがヒロインらしく気軽に誘う。

 それに驚いて短く息を吸ってしまう。


「――ああ、いいぞ」

「やった」


(いやこれ、下校イベント生で見られるんじゃないの?)


とあたしが、この間に挟まっていることのへの現実逃避が脳裏に浮かぶ。


「どうしたの?」

「え、いや、なんでもないよ。うん、行こう」


ーー


「戌井って普段は、そんな風に喋るんだな」

「え、ああ……ほんとだ」


 自然と皐月清と会話していることに気づく。


「ふふ、春ちゃんって緊張していると可愛いよね」

「妙な言動だと思っていたが……緊張していたのか、アレ」


 そう微笑む美奈子ちゃんに、皐月清は納得したような顔で、過去の奇行を思い出しているようだった。


「あっははは……いやその説は、どうも本当に申し訳なく」


 二人の反応を見て、乾いた笑いがでた。


「私は気にしてないし、そんなに落ち込まなくてもいいよ、ね? 皐月くん」

「ん? 俺も別に気にしてないし、敬語もいらない」


 あたしの不審な挙動よりも、二人の優しさが優ったのか。

 元々天然な気質があるおかげか、気にしていないようで安心する。


「……俺たち同級生だろ」


 そうして、安心して有名人が近くにいるような緊張が、とけて皐月清のどこか拗ねたような声色に、可笑しくなってしまう。


「あははっ、清君ってそんな反応するんだ」


「ッからかうなよ、戌井」


 そう皐月清に呼ばれ、顔を見る。

 表情がわずかにしか変化いないはずの清君が、恥ずかしそうに顔を隠している。

 その赤みが伝染するみたいに、自分も頬が赤くなる。


(そんな顔知らないけど!? え? どういうこと?)


「二人ともどうしたの?」


 そう内心で混乱していると、何も知らない美奈子ちゃんの声に現実に引き戻される。


「いや、なんでもないよ」

「そう、だな」


 そう話していると、いつも皐月清と別れた道路まで来てしまった。


「……じゃあ、俺はここで」

「うん、また明日ね。皐月君」


 と美奈子ちゃんと一緒に、別れを告げると言い残した事があったのか、彼が立ち止まる。


「ああ。それと戌井」

「はい?」


 振り向いた皐月清は、あたしに声をかけ何でもないようにこういった。


「……俺は、別に、名前で呼ばれても気にしない」

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