第6話「待ってくれ! 話せばわかる! だから考え直してはくれまいか。頼む、この通りだ!」

 定例会議が始まるとフィブレは言った。


「やはり施設利用料を2倍にする提案は、受け入れられません。考え直してはいただけませんか?」


 いつものように下手に出るフィブレに、


「前にも言ったであろう? 嫌なら出ていきたまえ。君たちがいなくてもワシは少しも困らんからのぅ。借り手はいくらでもおる」


 サー・ポーロ士爵はいつものようにニヤニヤと笑いながら、ウエメセ全開で言ったのだが――。


「分かりました。では出ていきます。今までお世話になりました」

「……は? 今なんと?」


 フィブレが満面の笑みとともに発した言葉に、サー・ポーロ士爵は驚きのあまりあっけにとられてしまった。


「ですから出ていくと申し上げました。そんな暴利と呼ぶべき金額は、とても払えません。よって冒険者ギルドは現施設から出ていきます」


「な、何を言って……そ、そうか! ワシから譲歩を引き出そうという作戦だな? その手には乗らんぞ! ふん、出ていきたいのなら出ていくがよい。出ていけるものならなぁ。はははは――」


「はい。出ていきます」


「……えっ」


 繰り返される「出ていく」というフィブレの言葉に、サー・ポーロ士爵は動揺を隠せなかった。

 まさか本当に出ていくとは思ってもいなかったからだ。


「ですから出ていきます」


「だからそんな脅しには乗らんと言っておるだろう! だいたい出ていく先などあるわけがない。冒険者ギルドは大所帯、受け入れられる施設などないではないか!」


「実はノースランドに新しい施設を作っていたんですが、先日それが完成しましてね」


「ノースランド? たしか冒険者ギルドが新しく訓練場を作ると言っていたような」


「その計画は変更になりました」


「変更だと? そんな話は聞いていないぞ!」


「そういえば伝えてませんでしたか。訓練場だけでなく、冒険者ギルドごと引っ越すことにしたんですよ」


「なんだと……?」


「訓練場が隣町だと遠距離で不便ですからね。冒険者ギルドに併設してあれば、いつでも利用できますので」


「待て。さっきから何を言って――」


「既に建物は完成しています。必要なものもあらかた運び終えました。あとはギルドの人員が移動すれば、晴れて引っ越し完了というわけです」


「いや、あ、いや、え……」


「完成した施設を見てきたのですがね。新しくて綺麗で使いやすくて、実に素晴らしい施設でした。これならギルドの冒険者たちも大満足してくれることでしょう」


「ま、待て! そんなことをされては困る! 冒険者ギルドが移転など、この街にどれだけの影響があるか――」


「おや? いくらでも貸して欲しいと言っているところはあると、常々仰っておられたような?」


「それはその、言葉の綾というか……」


 サー・ポーロ士爵がもごもごと言い訳をするが時すでに遅し。

 今や形成は完全に逆転していた。


 実際問題、現施設は老朽化が激しく、使用料も高く、無駄に大きいだけの施設である。


 そんな使いにくい施設を利用し続けることができる大規模団体など、実のところポロムドーサの街には、冒険者ギルドを除いて存在しないのだった。


 フィブレもそれは分かってはいたが、出ていく先がなかったために、我慢に我慢を重ねて居続けただけなのだ。


 新たな施設が完成した今、もはやフィブレがサー・ポーロ士爵に忖度そんたくする必要は、猫の額ほどもありはしなかった。


「今後はどうぞその『新しい方々』と仲良くやってください。隣町から見守っております」


「あ……う……」


「それではもう話し合う必要もありませんので、今日の定例会議は終わりとさせていただきます」


「ま、待ってくれ! 今、冒険者ギルドに移転されたら、この街の経済損失は計り知れない! 大変なことになる!」


「いまさら何を言っているんです? 何度も言いますが、出ていけと言ったのはサー・ポーロ士爵、あなたの方でしょう?」


 フィブレはサー・ポーロ士爵に背を向けて歩き出した。


「待ってくれ! 話せばわかる! だから考え直してはくれまいか。頼む、この通りだ!」


 サー・ポーロ士爵の情けない声を背中に聞きながら、しかしフィブレは振り返ることなく退出した。


 とても晴れやかな気分だったのは、言うまでもない。

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