第5話 「時は来た。1週間後、サー・ポーロ士爵との定例会議がある。そこが決行日だ」

 エスコルヌ女子爵と密約を交わした後も、フィブレはいつも通りギルマスの仕事を続けていた。


 方々から集まってくる様々なクエストを各パーティに適正に割り振り。


 リーダー研修や新人研修を定期的に主宰し。


 ギルマスの寄り合いで情報交換をし。


 施設や食事に関して冒険者たちから上がってくるクレームに「もう少しだけ待って欲しい」と頭を下げる。


 サー・ポーロ子爵との定例会議でも、


「嫌なら出ていきたまえ。ククッ」


 相も変わらずウエメセで好き放題言われながらも、内心では「今に見ていろ」と牙を研ぎつつ。

 しかしそれを見せることなく、フィブレはじっと静かにその時を待ち続けていた。


 そうして9か月がたち、ついにフィブレの元にエスコルヌ女子爵からの一報が入った。

 ギルド移転に必要な全ての施設が完成したのだ。


 こうなればもう、ぐずぐずする理由はなかった。

 フィブレは即座に移転の決行日を決めた。


「時は来た。1週間後、サー・ポーロ士爵との定例会議がある。そこが決行日だ」


 すぐにフィブレは、事前に厳選していた口の堅い冒険者たちに、必要な資料や道具を新居となるノースランドの冒険者ギルド施設へと運び移す指示を出した。


 だけでなく、自分も実際にノースランドへ行って新施設を確認した。


「外観も室内も各種設備も、素晴らしいという言葉しかありません。まさに理想の冒険者ギルドです。ありがとうございますエスコルヌ女子爵。どれだけ感謝してもしきれません」


 自ら施設の案内を買って出たエスコルヌ女子爵に、フィブレは何度も感謝の言葉を伝えた。


「そこまで喜んでいただければ光栄ですわ。頑張った甲斐があったというものです」


「このご恩は一生かけてお返しします。なにかお困りごとがあれば、冒険者ギルドが全力かつ最優先で協力するとお約束しましょう」


「でしたら今日は我が屋敷に泊まっていかれませんか? いいワインが手に入りまして、誰かと飲みたいと思っていたところなのです」


 エスコルヌ女子爵はそう言うと、フィブレの腰にそっと手を回しながら体を寄せてきた。

 エスコルヌ女子爵は命の恩人であるフィブレのことを、それこそ助けられたあの日からずっと心の中で想っていたのだ。


 フィブレもまた美しく聡明で、移転に協力してくれたエスコルヌ女子爵のことを、再会してからずっと憎からず想っていた。


 密約が成就するとともに2人がそういう関係になるのは、これはもう必然のことだった。



 そうして迎えた一週間後。


「さぁ勝負の日だ。俺もいい加減にうんざりしていたからな。積年の恨みを晴らさせてもらうぞ」


 ワクワクする自分をフィブレは朝から抑えきれなかった。


 病気で引退した先代ギルマスに懇願され、冒険者を引退してギルマスになってから今まで、一度も感じることのなかった高揚感を覚えながら、しかしフィブレの頭はどこまでも冷静だ。


 優れた冒険者とは、熱い心と冷静な思考を同時に成立させられるものなのだ。


 フィブレは高揚感とともにサー・ポーロ士爵の屋敷へと向かった。


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