第4話 移転の密約

「もぅ、フィブレ殿はご冗談がお上手ですわね」


 エスコルヌ女子爵は最初こそ、まともに取り合おうとしなかったのだが、


「本気で言っています。うちのギルドをこの街に移転させる気はありませんか?」


 フィブレが真剣な顔でもう一度告げると、エスコルヌ女子爵はハッとしたような顔になった。


「移転する意思がおありなのですね?」

「あります」

 フィブレは余計なことは言わずに端的に答えた。


「そういえばサー・ポーロ士爵と冒険者ギルドの関係が上手くいっていないという噂を、耳にしたことがありましたわ。なんでもサー・ポーロ士爵はギルドの要望をまったく聞き入れてくれないのだとか」


「実際に上手くいっていません。要望は聞く耳すら持ってもらえず、賃料は王都なみに高額で、我々には自由もなければお金も残らないのです」


「そうだったのですね。であれば、移転の話も一気に現実味を帯びてきますわね」


 エスコルヌ女子爵は、軽く握った右手を口元にやりながら思案顔でつぶやいた。


「訓練場と冒険者ギルドの施設を併設できれば当然、我々は便利になりますし、そちらもさらなる経済効果を見込めるのではありませんか? なにせ大所帯の冒険者ギルドがそっくりそのままやってくるのですから」


「当然、そうなりますわね」


「建設費はなんとか用意してみせます。全額一括は無理でも、冒険者ギルドは本来、結構な収入があるので、返済は十分に可能なはずです」


「なるほど」


「冒険者ギルドを完全移転させるための土地を、追加で譲ってはいただけませんでしょうか?」


 フィブレの言葉に、エスコルヌ女子爵はしばし黙考すると、ゆっくりと言った。


「丸ごと移転ということでしたら、経済効果は計り知れません。土地と建設費用は私の方から提供いたしましょう。ぜひとも、冒険者ギルドを我がノースランドに移転させてくださいませ」


「本当ですか!?」


「実を言いますと、以前からサー・ポーロ士爵は気に食わなかったのです。近隣貴族の集まりに顔出すとすぐに言い寄ってきて、さりげなく身体を触ろうとしたり、性的な発言をしてきたりと、不快なことこの上ありませんでしたから。いつか痛い目に合わせてやろうと常々思っておりましたの」


「つまり……私怨?」


「もちろんありますわ。逆にお尋ねしますけど、あなたは彼に私怨は抱いていないのですか?」


「いいえ、つもりに積もったものが爆発寸前です」

「でしたら問題ありませんわね。この際、サー・ポーロ士爵には徹底的に私怨をぶつけて差し上げましょう」


 にっこりと極上の笑みを浮かべながら、エスコルヌ女子爵が右手を差し出した。

 フィブレはそれをしっかりと握る。


「ギルドの移転計画が漏れるとサー・ポーロ士爵に邪魔をされるかもしれません。そちらでなるべく秘密裏に、施設の建設を進めてもらうことは可能ですか?」


 もちろんサー・ポーロ士爵とて馬鹿ではないので、どこかでバレるのは間違いないとフィブレも思ってはいる。

 だがそれが遅ければ遅いほど、妨害工作もやりにくくなるはずだった。


「こうみえて私は結構なやり手で通っておりますの。欲深い準貴族を出し抜くくらいは、ちょちょいのちょいですわ。どうぞ大船に乗ったつもりで、完成の一報をお待ちくださいな」


「期待してます」

「命の恩人のためです。全力で応えてみせましょう」


 こうしてギルド移転計画が、秘密裏にスタートしたのだった。

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