第3話「今おっしゃったギルド移転の件ですが、実現してみる気はありませんか?」

「そういえば、助けた子供たちの中に領主の娘がいたと、晩餐会の時に聞いたような」


 魔獣を討伐した後、先代エスコルヌ子爵が盛大な晩餐会を開いてくれたのだが、当時のフィブレは堅苦しい会が苦手だったため、少し顔を出した後は部屋に帰って寝ていたのだ。


「私も直接お会いして感謝の言葉を伝えたかったのですが、どうしてもお姿を見つけることができなかったのです。そして今回お困りになられているという話をお耳にして、ご助力できればと思った次第なのですわ」


「あの時は急用で席を外してまして……ですが、それが理由なのですか? 個人的な恩義で、ここまで良くしてくれると?」


 サボっていたと答えるのがなんともバツが悪かったフィブレは、昔話から今の話へとさりげなく話題を変えた。


「もちろんそれだけではありませんわ。私は経済政策として、ぜひ我が町に訓練場を誘致したいと思っているのです」


「と言いますと?」


「冒険者ギルドが生み出す経済効果が大きいからですわ。ある意味、それが一番の対価と言えるでしょうね」


「経済効果……あまり聞き慣れない言葉ですね?」


 フィブレは己の無知を隠すことなく、素直に尋ねた。


 無知を馬鹿にされることも少なくないが、知らずにいることよりもまだ、バカにされても教えてもらう方が良い結果に繋がるというのが、フィブレが冒険者として培ってきた信念だ。


「簡単に説明しますと、一部とはいえ冒険者ギルドの施設が移転してくれば、それと連動して多くの人間がこの街にやってきますわよね? 飲食店や武器防具屋、薬草屋、アイテム屋など色々な方々がやってくるはずです」


「当然そうなりますね。冒険者ギルドをサポートする人間が必要です」


「人が増えれば商売も活発になりますでしょう? 衣食住も人が増えた分だけ必要になります。それが経済効果ですわ」


「なるほど」


 フィブレはふむふむとうなずいた。

 無知ではあってもフィブレはバカではない。

 説明してもらえればすぐに理解できるだけの頭は持っている。


「それに治安もよくなりますわね。これはギルドの質にもよりますけど、ポロムドーサ冒険者ギルドのように指導が行き届いている優良ギルドであれば、屈強な冒険者が衛兵代わりとなって、周辺の治安が良くなるのは間違いありません」


「それは盲点でした」


「空いた衛兵を他の地域に回せば、さらにその地域の治安まで良くなりますし」


「いいことずくめですね。まさに正のスパイラルだ」


「そうなのですわ。まぁ、できれば訓練場だけでなく、冒険者ギルドそのものが移転してくれれば言うことはないのですが、さすがにそれは高望みというものでしょう」


 フフッと上品に笑うエスコルヌ女子爵だったが、その言葉を聞いたフィブレの中には一条の稲妻が駆け抜けていた。


 頭の中では「それ」を行った場合のメリットやデメリット、問題点や可能性などが様々に浮かび上がっては消え、浮かび上がっては消え――そしてフィブレは1つの結論を得た。


 スー、ハーと深呼吸をしてから、はやる気持ちを抑えながらフィブレは言った。


「エスコルヌ女子爵、改まってご相談があるのですが」

「はい、なんでしょうか?」


 エスコルヌ女子爵はピンと立てた右手の人差し指を口元に持ってくると、わずかに小首をかしげながら、優雅にほほ笑んだ。


「今おっしゃったギルド移転の件ですが、実現してみる気はありませんか?」

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