06:魔法使いのおまじない
「ラスベル様。私は犯した罪の報いを受けなければなりません。きちんと国外追放された上でイリスタリアに向かいたいのです。我儘を言って申し訳ないのですが、追放された後にもう一度迎えに来ていただけませんか?」
「えー……」
ノルトはエレンティーナの足元で不満そうな声を上げた。
「兵士たちの目を盗んでここまで来るの、めちゃくちゃ大変だったんだぜ? いや、オレじゃなくてラスベルがな? オレはただくっついてきただけだし。ラスベルはなんかやたら難しそうな魔法使いまくって、王宮にいる魔法使いや兵士たちに見つからないように、苦労してちょっとずつちょっとずつ進んできたんだぜ? 牢に入れられてきっと不安がってるだろうから、一秒でも早く迎えに行ってあげたいっていうラスベルの厚意と涙ぐましい努力を全部無駄にする気かよ」
ノルトは肉球のついた前足でエレンティーナの足をぺしぺし叩いた。
軽くだったので、別に痛くはない。
それに、エレンティーナのような猫好きにとって、肉球で叩かれるのは罰どころかむしろご褒美だ。
緩みそうになる頬の筋肉と戦いつつ、エレンティーナは屈んでノルトの頭を撫でた。
「ごめんなさい。でも、どうしても無理よ。私が逃げれば罰を受ける人がいるんだもの。自分さえ良ければそれでいい、なんて思えないわ」
エレンティーナは立ち上がり、ラスベルの顔色を窺った。
怒り出すか、呆れ返るか。
見放されることをも覚悟したが、ラスベルが見せた反応は予想していたどれとも違った。
「……そうですね。貴女はそういう方です。他人を思いやることのできる、どこまでも善良な方だ」
彼は笑いながら頷いて、懐から何かを取り出した。
「では、しばしのお別れの前に、これをどうぞ。上で見つけたのです。貴女のものでしょう?」
彼が手渡してきたのは青い石の首飾りだった。
「!! どうして私のものだと」
「女性用の服と一緒に置いてあったのです。この地下牢に貴女以外の女性はいませんから」
「……ありがとうございます」
首飾りを胸に抱き、エレンティーナは目を潤ませて頭を下げた。
「そんなに大事な物なのですか? 私にはただの石にしか見えませんが、何か特別な思い入れでも?」
興味を惹かれたらしく、ラスベルが尋ねてきた。
「はい。確かにこれは何の価値もない、ただの石です。けれど、祖母は私の誕生日に川まで行って綺麗な石を探し、丁寧に磨き、首飾りにして贈ってくれました。それ以来、私の宝物なのです。もう二度とこの手に戻らないと思っていました。本当に……なんとお礼を申し上げれば良いのか」
「要りません。もう十分もらっています」
「……?」
一瞬悩んだが、礼の言葉だけで十分ということだろう。そう解釈した。
「それでは、私は失礼いたします。国外へ追放されたら、動かずその地でお待ちください。エレンティーナ様がどこにいても迎えに行きます。たとえ地の果てであろうと必ず」
(だから何故そういう台詞をさらりと仰るの! 真面目な顔で!)
どう返せばいいのかわからず赤面していると、ラスベルの足元に銀色の光が灯った。
光は複雑な軌道を描き、やがて魔法陣となる。
「では、また明日」
「はい。また明日」
互いに微笑んで別れの挨拶を交わす。
猫と同様、すぐに消えると思いきや、何故かラスベルはこの場に止まったままだ。
魔法陣は眩い光を放ち、既に完成しているように見えるのだが。
「? 何か問題でも――」
「エレンティーナ様」
問いは遮られ、おまけに、じっと見つめられた。何かを求めるように。
「はい?」
一歩近づくと、彼はエレンティーナの頭を優しく撫でた。
「…………!!!?」
たちまち心拍数が跳ね上がり、顔が真っ赤に染まる。
「暗く寂しい牢獄で、貴女が孤独に泣くことのないように。魔法使いのおまじないです」
ラスベルは悪戯っぽく笑って、魔法陣の光と共に消えた。
「………………」
何より強い光源だった魔法陣が消失し、辺りに闇が戻ってくる。
目が闇に慣れるまで時間がかかりそうだが、それどころではない。
(……本当に……本当に、なんてお方なの、ラスベル様!)
骨のない軟体動物のように、へなへなとその場に座り込みそうになる。
それを、エレンティーナは牢の扉を掴むことでなんとか堪えた。
(あ。どうしましょう。扉の鍵はラスベル様が壊してしまったわ)
おとなしく牢に戻ったとして、兵士は『急に鍵が壊れてしまった』というエレンティーナの言葉を信じてくれるだろうか。
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