Intermission 5
「よーし!宴会だー!」
永瀬が楽しそうにぶちあげるのに。
「何が宴会だ!おまえのは、騒ぎたいだけだろうが!」
怒る関に、永瀬が笑って肯定する。
「当然だろー?」
関の家に全員が転がり込んで。夕方になり、むくりと起きて来た関が準備を始めるのに永瀬が騒ぐ。
その声で目が醒めて、神尾もあくびをしながら起き上がる。
「ああ、良く寝ました、…。」
「…おまえ、またおれを枕にしてたのか」
「何となく、習慣で」
「おい、習慣ってな?」
布団も敷かずに適当に座敷に雑魚寝していた連中がそれぞれに起きるのに、からりと障子が開いて。
「みなさん、もう起きました?僕は先にお風呂いただきました。どうです?さっぱりしますよ?」
浴衣姿に着替えた鷹城が、気持ち良さそうに入ってきていうのに。
「よーし!関ちゃんが仕度する前に、おれも風呂はいろー、神尾ちゃんどうよ?」
「え?…お風呂、ですか?」
驚いてみる神尾に、顔を擦りながら滝岡が云う。
「…着替えくらいあるよな?関」
「ああ、おまえらと同じようなもんでよければな、―――」
台所に立ちながら、関が大声で返す。
それを聞いて、驚いている神尾に。
永瀬が肩を抱いて、たらりと腕を垂らしながらいう。
「いーじゃん、はだかのおつきあい、しよーよ」
「…ええと、その、―――」
思わず笑ってしまう神尾に、にっ、と永瀬が笑んで。
「しかし、お風呂、二人でですか?」
「ここん家のお風呂は、ひろいんだぞー…。いーお湯だからさ、桧風呂。保証するよー」
「桧風呂、ですか?」
「それに、温泉掛け流し!」
「え?」
ついそれに驚きながらもつられて神尾が永瀬を見返す。
「いーゆっだな―…」
のんびり唄うようにいいながら、永瀬がいう。
本当に広い風呂場―――桧の香りが漂う、木肌の美しい簾の子板が敷かれた風呂場に、神尾が驚きながら中に入って。
湯船に浸かる永瀬の右脇――肋骨から脇腹、足の付根に掛けて広がる瘢痕に驚いてみつめる。
「その傷は、…永瀬さん」
何かがまるで爆発したように広がる瘢痕――傷の痕に、神尾が驚いて訊くのに。のんびりと掛け流しの湯に浸かりながら、隣に座るよう手招きして永瀬が、薄く笑む。
「神尾ちゃん、気がついた?」
「つきますよ。…随分と大きな傷ですが、…。」
「派遣先でね、…爆弾にやられちゃって。肝臓取ったのよ。現地にいて、気がついたら日本にいてねえ、…。現地の処置じゃ不足があったらしくて、日本にいつのまにか運ばれてたらしい。その時の日本での執刀医が、あいつ、滝岡」
「…そうだったんですか、」
驚きながら湯船に座り、湯の波紋の下にみえる弾けたような傷痕をみる。
湯に長々と手足を伸ばして、気持ち良さそうに上から落ちてくる湯を受けながら、目を閉じて永瀬があっさりという。
「んー、…いい湯だねえ、…。日本のこーいう処は最高だな、うん」
「はい、まあ、…。」
四角く綺麗に木肌をみせる桧風呂に、掛け流される湯が贅沢に落ちていく。風呂場の広さと、湯煙が上にふわふわ溜まるさま、流れる湯の音に。
「まあ、そうですね」
「だろ?」
微笑んでいう神尾に、永瀬が短く応えて。
透明な湯がさらさらと流れる贅沢を、暫し堪能して。
「…甚平ですか」
気持ち良く湯あがりに、そういえば、着替え全然考えてませんでしたね、と湯あがり前に着物を置いた湯かごをみると。
脱いだものは何処かに片付けられて、かわりに清潔な甚平に、下着まで、新しいパッケージに入ったものがおかれていたのに神尾が驚いてみる。
「んー、遠慮なくいただいちまいな。この家は、結構おれらが泊りにくるから、準備万端なのよ」
着替えながら、振り向く永瀬に。
「…―――似合いますね、甚平」
浅い灰色の絣縞の甚平が似合う永瀬に、神尾が感心する。
「この家は、和式だからなー。はやいとこ着ちまわないと、湯ざめするぜ?」
永瀬が返事を待たずに、気持ちよさげにタオルで頭をごしごし擦りながら先に行くのを見送って。
「すみません、お風呂、ありがとうございました。それに、着替えまで」
「…いや、勝手に洗濯機は回したんで、後は引き取ってください」
台所で音が聞こえるのに、神尾が顔を覗かせて、関が夕飯の支度をしているのに気づいて風呂の礼を言いに行くと。
和包丁を綺麗に操り、俎板に気持ち良い音を響かせている関に。
「…料理人さんて、関さんのことだったんですか」
「何の?…―――ああ、滝岡のばかが何か?――何か作りますか?」
「え?その、――これはなにを」
「今日の予定は、里芋の蒸し煮あんかけと、それに生姜を擦って添えます。こっちは永瀬のあほのリクエストで、山椒の実を炊き込んだ飯、というか、おこわなんですけどね。それに、めざしの良いのが入ったんで、焼いてかぼす醤油をつけようかと。大根おろしに紅人参があるので、すこし酢につけて添えようかと思います。吸い物には今日はしじみです。…それと、――――」
脇に吸い物碗に使う為だろう、戻している海藻をみつけて、神尾が感心する。
「美味しそうですね。これは何ですか?」
「赤い海藻で、干した物を吸い物何かにいれて食べるんだそうです。入れると、広がって綺麗ですよ」
穏やかに微笑んでいう関に、神尾が不思議そうに問う。
「海藻ですか、…。処で、関さん、これが職業なんですか?その、…こちらは、旅館、ではないですよね?」
「ああ、…聞いてませんか?おれは、―――――」
包丁を使いながらいう関に。
「…お!いた!かみおちゃん!だよねー、ここ、いい宿だろう?はやいとこ本職にしちまえばいいのにな?」
「…何処が宿だ、何処が。家は宿じゃない!おまえらが勝手に泊り込みにくるから、装備が増えるんだろうが。…ほら、狙いはわかってるんだから、はやいとこもってけ!」
神尾が、関が差し出す小鉢に驚いてみる。
永瀬が、実にうれしそうに関から小鉢を受け取る。
「だってさー、夕飯までに腹減るだろー?お!これにさ、関ちゃん、おいしいおさけ、―――」
「…――――」
無言で関が差し出す銚子に、神尾が慌てて留める。
驚いた顔で、永瀬が受取ろうとする銚子を遮って手にして。
匂いを嗅いで、それから神尾が驚いたまま関を見返って。
「かみおちゃん、情緒っていうものがわかってないー、かなしいぞ、おれ」
座敷に戻って、庭の柱を背に銚子から猪口に注いでくちもとに運ぶ永瀬に。
「すみません、…あわてて」
「…いや、いーけどさあ、…。医者ってうるさいんだもんなー。滝岡ちゃんもかなりうるさいもんだからさ、関ちゃんも、全然お酒、のませてくれないんだよなー」
「それで、気分を出す為に、水を入れてくれてたんですね。すみません」
もう一度謝る神尾に、複雑な表情で永瀬が猪口をくちにしながら見返る。
銚子の匂いを嗅いだとき、酒ではなく澄んだ水の香りがしたのを思い出して、神尾が笑む。
「…命の水なの、これは。…そーいうつもりで呑んでるんだから。水ささない」
「はい、すみません」
微苦笑を零して神尾がいうのに肩を竦めて。それから、箸をうれしそうに小鉢につけて口へ運ぶ。
「うーん、うまいねえ、…。本当に、良い酒がほしくなるよ、これ。せきちゃんのお手製、いかのこのわたよ?食べる?」
「…はい、お手製、ですか?…――――おいしいですね、…」
これは確かにお酒が、と真剣にみる神尾に、永瀬が二組もらった猪口を寄越す。
「じゃー、呑むか?」
「はい、いただきます」
笑みを零して、酒のつもりの命の水を、永瀬の銚子から神尾が猪口に受ける。
両手に水を深々と頂いて。
「--―――はあ、…これ、美味しいですね、…」
「関ちゃんのおれへの愛情。どっかの何とかとかいう蕎麦打ち専用の水なんだってさ、せきちゃん、凝るからねえ、…。あいつの打つ蕎麦とかうどんもうまいよ?」
「…―――本業は何なんですか」
このわたをしみじみとくちにしながら、しあわせそうに永瀬が笑む。肩からすっかり力が抜けて、柱にもたれてあくびをしている永瀬に。
ふと、こちらの力も抜けて笑んで。
気が付くと、タオルで頭を拭きながら、どうやら永瀬のものよりは色が濃い甚平を着て現れた滝岡が近付いてきて。
「よう、飲んでるのか」
楽しげにいうのに、永瀬がたらり、と猪口をくちにしながら。
「勿論だよ、…―――ずーっと、たのしんでるからな?」
「神尾、どうだ、この酔っ払いに絡まれてないか?」
笑んで滝岡が問うのに、神尾が驚いてみる。
「こいつの特技は、酔っていてもいなくても、酔ってからんでくることだからな。おまえも気をつけろよ?」
真面目な顔でいう滝岡に、永瀬が何か云い掛けて。
鷹城が、何か風呂敷包みを取り出しているのに、滝岡が振り向いて怒鳴る。
「まて、…!酒はダメだとあれほどいっているだろう、…!」
「――…いーじゃないですか、永瀬さんだって、少しはいいんですよね?ね?お酒」
「おー、…南部美人じゃんー!しゅーいちくん、天才!…なー、たきおかー、いいだろー?」
鷹城が風呂敷包みから取り出した日本酒に、永瀬が近付いて瓶を手に抱いて滝岡を振り仰ぐ。
「なー、…たきおかちゃん!」
「誰がちゃんだ、あのな、…」
あきれながら止めようとする滝岡が、続けて何かいおうとした処で。
「…まるで、人が蕎麦出すのをわかってたような選びようだな?」
関が腰に手を当てて、仁王立ちで見下ろすのに、にっこりと鷹城が微笑む。
それに、永瀬がみあげて。
「…蕎麦、蕎麦出してくれんの?せきちゃん!」
両手を顔の前に組んで、感激していう永瀬に溜息を吐く。
「おまえな、…あのな?」
「…関ちゃん、あいしてるっ!」
ふざけて永瀬が頬にキスするのに、関が嫌がって怒鳴る。
「てめえな!ふざけるな…!蕎麦がきくわさねえぞ!」
「えーっ、ひどい、こんなにあいしてるっていってるじゃんー」
「うるさい、それより、酒をみせろ」
「…――――はい」
永瀬を引き剥がして、関が鷹城から酒を受取って眺める。
「ふうん、…そうか」
永瀬が、関が無造作に鷹城に酒を返す途中で奪い取って抱き締める。
「のませないとか、いうなよ?せきちゃん」
必死な顔でいうのに、関が滝岡をみる。
「…―――まあ、…少しならな、」
苦い顔でいう滝岡に、永瀬が酒瓶に頬を擦り寄せながら。
「うんうん、久し振りだねえ、日本酒ちゃん…!」
「…いいが、腹に飯を入れてから、すこしずつだぞ?あまり量は、―――」
「う、る、さ、いー!そーいう夢のないこというなよー、な、しゅーいちくん!」
「ですよねー」
酒瓶を抱えて鷹城に擦り寄る永瀬に、鷹城がにっこり微笑む。
「…――おまえ、永瀬を味方につける為に酒手配したな?」
滝岡が目を眇めて見下ろすのに、平然と鷹城が微笑む。
「何の話ですかー?ね、永瀬さん、美味しいお酒には、美味しい御飯ですよねー」
「そーだなー、風呂に、日本酒、めし、本当、いいよねえ、―…。でも、しゅういちくんは、呑んじゃだめね、まだ」
「…―――そこで、そうきますか?これ、持ってきたの僕ですよ?僕!」
酒瓶を抱えて頬ずりしながら、ちら、と意地悪な視線を永瀬が向ける。
「…――しゅーいちくんの検査結果、おれ、しってるからー。まだ、酒はダメ。あ、香りだけなら、匂いかいでみる?」
「…ひ、酷いっ!極悪非道っ!」
「酒はもう頂いたからねえ、…」
「…ながせさんー!」
白に井桁柄の浴衣の鷹城に、甚平を着て酒瓶を抱えて逃げる永瀬。ちょっとだけ同情して、神尾が鷹城をみる。
「やっぱり、少し可哀そうですね。目の前で呑むなというのは、…」
「おまえ、いけるくちか?」
その隣で、滝岡が腕組みして鷹城と永瀬が酒瓶を手に攻防を繰り広げているのをみながら神尾に訊く。
「…ええと、…まあ、割と」
「ほう、…―――じゃあ、遠慮なくいかないか?あれは自業自得だ。それに、確かにもう多少なら、あいつも呑んでも構わんが、一人に呑ませすぎては毒だからな」
楽しげにいう滝岡に、ちら、と視線を向けて。
「そうですね。」
うれしそうに、神尾も笑んで。
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