Intermission 4
滝岡も関と同じ位に過保護ではないかという神尾の質問に。
「大当たりっ!ね、大正解!だよね、西野くん」
水岡が西野に話を振る。
「秀一さん、いらしてるんですか。先週は再診さぼられて、大変な騒ぎでしたが」
書類を手に滝岡のデスクに置きながら、西野が淡々と水岡の質問を受ける。それに、神尾が首を傾げて。
「――――秀一さんって、滝岡先生の御親戚ですか?」
「そんなもん、かなあ?だよね、西野くん」
「そうですね。…それで関さんが此処に?」
西野が納得しているのに。
軽いジャケットに着替えて来た神尾が、医局のソファに無心で寝ている長身の痩せた関をみる。
「何か秀一さんをここまで連れて来たそうです、…」
「ああ、いつもの、――――…」
半分あきれたように頷く西野に、神尾が何か聞こうとしたときに。
突然、医局の扉が大きく開いて、神尾が振り向くと。
「――…永瀬先生、どうしたんです?」
「やー、院長室かと思ったら、こっちなのかー」
煤けた灰色の破れや穴が目立つぼろぼろのジャケットに膝に穴の開きかけたジーンズという格好で現れた永瀬に、神尾が驚いてみる。
「こちらです」
冷静に対応している西野に、全然驚いていない水岡を見廻して。
「ああ、西野ちゃん、…――関こっちいるってきいたから。―――おーい、せき、おきろー」
完全に沈没している関の顔に、上から覗き込んで両手で口許に輪を作って、小声で呼び掛ける永瀬をしげしげと神尾が観察する。
「なー、せきちゃーん、山椒がいーんだけど。今夜さあ、ちゃんと休めそうなのよ。…だからさー、めしくわせて」
「…――――」
関が無言で目を閉じたまま眉を寄せて、額に右の拳を当てる。
気の毒だなあ、と思いながら神尾がみている前で。
「…なあ、山椒、ごはん、いいだろー?」
「…おれは、事件を終わらせた処なんだよ、…」
「だったら、めでたいから祝おうぜ?」
「…――――――」
無言で関が眉を寄せて、仰向けに寝たままコメントしようとしないのに。
「…遊んじゃうぞ、せきくん。…返事しない気か?」
「…―――――まてっ!」
仰向けに寝ている関の頭の方から覗き込んでいた永瀬が、関のネクタイを取ろうとして手を伸ばす。それに、関が起き上がって抵抗しようとする。
「脱がすぞ、こら」
「…だからっ、…―――!それが人にものを頼む態度かっ、…!」
「うるせー、こちとら半分方徹夜明けなんだ、勝てるな、…!」
「なにが勝ち負けだよっ!おれだって、完徹だ!手前に負けるかっ、…!」
「相変わらず仲がいいねえ、…」
のんびりと御茶を飲みながら水岡がコメントする。朝の看護記録が届き始めて。水岡が昨夜までの分に異常が無いのを既に確認済みのそれらと比較してみながら、湯呑みに呑んでいた御茶を薄めるお湯を入れて。
「ふうん、…――――」
もう既に真面目に関達の方をみないで水岡が出て行くのを神尾が見送る。西野はまったく反応せずに、書類に向き合っている。
半分プロレスごっこのようになっている永瀬と関に、神尾が瞬いてみながら巻き込まれないように移動して。
――元気だなあ、…。
感心してみている神尾。
そして。
「…――――――」
ネクタイを外され、シャツが半分肩から脱げ掛けていて上着も乱れた状態で仰向けに寝ている関に。
その傍らで、ぼろぼろのジャケットを片腕からぶら下げて、足を半分関の腹に乗り上げて大の字になって寝ている永瀬先生。
そして、西野が冷静に自分のデスクで書類とパソコンに向き合って仕事をしているのをみて。
―――玄米茶にしようかな。
滝岡が帰宅する前の回診のついでに、秀一くんの首根っこをつかんで連れて行ったのを思い返して。
術後管理室からICUへ早朝の内に移せた患者さんの容態について、引き継ぎした内容を思い返しながら。
…任せて大丈夫だな、後は、…―――。
ぼんやり手にした玄米茶を神尾が眺めていると。
「遅くなった、帰るぞ!」
「…――――だから、一人で帰れますってば、――――きいてます?」
鷹城の首根っこをつかんだまま医局に入ってきた滝岡に、冷静に西野が云う。
「車の手配できてます」
「ああ、ありがとう。…神尾、悪いが、こいつら運ぶの手伝ってくれ」
「…え?はい」
驚いて見返す神尾に、滝岡が寝倒れている関と永瀬をしめすのに。
「…――永瀬さんも、ですか?」
「つれていかんとうるさい、…――。後でわかる」
しみじみしながら、鷹城の首を放して滝岡がいうのに。
「もう、痛いんだから、…――」
いいながら首許を直す鷹城に、滝岡が釘を刺す。
「おまえ、逃げるなよ?…これから仕事に戻るとか、いうつもりはないよな?」
「あーと?普通、サラリーマンは、勤務時間中に診察とかが終わったら、その足で仕事に戻りません?ね?神尾さん」
明るく笑顔で鷹城が神尾に振るのに。
「え、僕ですか?…その、」
「あまり普通の勤務をしていない俺達に、そういう話題を振っても無駄だぞ?俺達の勤務は、基本、働き出したらノンストップで、休めるときに隙間を突いて休め、だからな」
「…それ、絶対労働環境としては、間違ってるとおもう。労働基準法違反でしょ?だからさー、普通のサラリーマンとしては、九時五時の間に、病院いっても、終わったら戻るのが普通なんですってばー、それが常識なんです!」
「しらん。おまえの上司に、今日は検査のついでに全日休ませるようにいいつかってるんでな」
に、と笑んでいう滝岡に鷹城が顔を引き攣らせる。
「い、いつのまに」
「―――おまえの上司には世話になっててなあ、…。おまえ、この半月、一日も休まず勤務してたらしいな」
「…―――月がきれいですねえ、…。というか、ほら、神尾さん、良い天気ですよね」
白々しく話題を逸らそうとして、鷹城が神尾の肩を抱いて、無理に医局のドアの外へ歩きだそうというのに。
滝岡が冷たい視線で見ていう。
「神尾を巻き込むな。神尾、すまんな。うちに寄ってから、こいつを逃げないように関の家に放り込みにいくんだが、逃がさない為に付き合ってくれ。それとも、何か用事あるか?」
「――――…いえ、いいですが」
「うちに寄ってって、そんな迷惑、神尾さんに掛けちゃだめですよー。って、神尾さんの家には寄らなくていいんですか?」
細かいことに気付いて突っ込む鷹城に、滝岡が顔をしかめて近付く。
「おまえな、…。―――いま、こいつは、おれの部屋に住んでるんだよ。悪いか」
言い切って睨む滝岡に、鷹城がしばしリアクションを忘れて見返して。それに、無言で睨み返す滝岡に。
「…――――って、え?え?…じゃあ、にいさん、一人暮らし解消?え?それはめでたいよね、…――――関、起きなさいって、にーさん、一人暮らし解消したって!」
「…――何故、そこで騒ぐ、…―――」
額に手を当てて呟く滝岡を完全無視して。
鷹城がうれしそうに神尾の両肩に手を置いて訊ねる。
「ね、ね、神尾さん、御飯つくれる?」
「…あ、はい、…――多少ですが、…」
「あのな!秀一!失礼なことをしてるな!…こいつのめしはうまいんだよ!」
滝岡の言葉に鷹城が好奇心満載な顔で訊く。
「ごはん、おいしいんですか?ちなみに何を?」
「ええと、…作ったのは、まだお昼にオムライスと、夕飯にカレーと、簡単な朝ごはんだけですけど」
不思議そうに神尾がいうのに、関がむくり、と身を起こす。
「…――――」
背の高い関が突然、起き上がってまだ目を閉じたまま振り向くのに、驚いて神尾がみていると。
「…いま、オムライスっていったか?」
「ええと、…はい」
ぼんやり見返している神尾に、永瀬もむくり、と髪を掻き回しながら身を起こす。
「あー、かみおちゃん、めしつくれるの?めし?」
「おまえは、…!人の腹に足乗せてんじゃないよ!」
関が永瀬に振り向いて怒るのに、ぼーっと永瀬が応える。
「いいじゃん、足、ながいんだよー、…へえ、かみおちゃん、めしつくれるんだー」
「…この先生にめし作ってもらえ」
振り向いて睨む関に永瀬が考える。
「それもいーなあ、…。かみおちゃん、なにつくれるの?」
「…はい、あの、」
驚いてみている神尾の肩に、滝岡が手を置く。
「…永瀬!おまえらも、動くぞ!ここにいると西野の仕事の邪魔だろうが」
「僕は構いませんが、車への移動は、患者さんにみられないようにしてくださいね?あまりに騒がしいと、患者さんたちが驚きますから」
冷静にいう西野に、滝岡が謝る。
「…――騒がしくして、すまん。ほら、行くぞ!おまえら!」
振り向いて一同を見据えていう滝岡に連れられて、神尾が思わず中に向けて手を振って。
「…まったく、騒がしくてすまんな、神尾」
いいながら、神尾の肩に手をおいたまま歩いているのにまったく気づいていない様子の滝岡にのんびり指摘する。
「いいえ、滝岡先生、手」
「あ、すまん。…まったく、しかし、―――」
手を放して、あきれたように息を吐いて滝岡が難しい顔で謝るのに神尾が微笑む。
「いえ、…楽しい人達ですね」
「何の間違いだ、それは、…。騒々しいの間違いだろう、神尾」
「まあ、確かにそうみたいですが。…永瀬先生も、ええと、関さんの御宅まで?」
「…――ああ、あれは永瀬が関の処に押し掛けるというかな、…。おまえはどうする?」
「どうするというのは?」
首を傾げる神尾に、後ろを歩いていた鷹城が、明るく笑顔で背中から覆いかぶさる。
「え?」
「おい、秀一!」
「にいさんがお世話になってるのなら、歓迎会開かない訳にはいかないでしょ!ね、関!」
「…―――まあな、…。そっちは大丈夫なのか、滝岡」
ポケットに手を突っ込んで、不機嫌そうに、というのか、眠そうに歩きながら関が滝岡に訊くのを、驚いて神尾がみる。
「ああ、…シフトとかは大丈夫だ。呼び出しでも無ければな」
「そーか。…自分で何か作りたいとかあります?食えない物とか、苦手は」
関が、鷹城に後ろからおんぶおばけのようにくっつかれている神尾に顔を寄せてきく。
半分寝ているような顔の関に瞬いて見返して。
「なにも、ない、…ですけど、――――大丈夫ですか?」
「―――――…滝岡、帰ったら五時間寝かせろ」
「わかった。…本当に片付いたんだな?」
いいながら、滝岡が無造作に関に手を伸ばすのに。
「…――――」
無言で頷いたのか、その関の肩に滝岡が手を廻して。
眠り始めた関を肩につかまらせて、滝岡が歩き出す。
それに、鷹城も気がつくと背で寝ているのに神尾が驚いて見詰める。永瀬が、その腕をぽん、と叩いて。
「ほら、出血大サービスで、おれも手伝ってやるから。運ぼうぜ」
「…ありがとうございます、永瀬先生、…―――」
完全に寝ている鷹城を背負った形で歩き出す神尾に、永瀬が一応落ちないように手を添えて。
「おれにもさー、何かつくってよ、今度」
「…いいですけど、…。永瀬先生は、料理は?」
「おれは壊滅的。焼くだけとか、火を通すだけなら得意なんだけどなー。岩場でつかまえたヘビ串焼きにするとかさ、そーいうのは得意なんだけど」
こっちでヘビつかまえるの、結構大変だしなー、と。
のんびりいう永瀬に、つい突っ込みを。
「つかまえるんですか?ヘビ」
「神尾ちゃんはつかまえない?ヘビ。結構美味しいのよ、あれ。食事はどーしてたの」
海外派遣で働いていた時だと気づいて、神尾が考える。
「そうですね、…。割と支給品で、…。向こうのヒエとかアワみたいなものをですね、結構工夫して食べると美味しいんですよ」
「そうなんだ?割と恵まれてたんだなあ、…」
「その通りですね。支給品が結構あったので、たすかってました。現地の食物とかも、差し入れてくださる人達もありましたしね」
神尾が微笑んでいうのに、永瀬が大きなあくびをする。
「そいつあ、いいなあー、…」
平和が一番だよな、という永瀬に神尾が微笑んで頷く。
「本当に、そうです」
「よーう、たきおかー、…」
先に関を車に乗せようとしている滝岡に、永瀬が大きくあくびをしながら手を振っていう。
「しゅーいちくん、ねちゃったのよ、おまえ、てつだえよー」
「すまん、永瀬、こっちで関をみててくれるか?」
関を車に乗せながら滝岡が振り向いていうのに、永瀬が苦笑して。
「わかった、…かみおちゃん、すまんな」
軽く鷹城の背をはたいて、永瀬が滝岡に歩み寄る。
「…すまん、ついててくれ、―――神尾!」
「はい、その」
驚いてみている神尾の処に大股に歩いてきて。
滝岡が、無言で神尾の背から鷹城を引き取ると、背に担いで運び始めるのを。
―――何ていうか、…。
関の隣に、軽々と鷹城を運ぶのをみながら。
――救急搬送に実に向いた人ですね、…。
思わず本気で感心しながら、滝岡が呼ぶのに車に近付いて。
前の車に後部座席に関、鷹城、永瀬と詰め込んで。
後の車の後部座席に滝岡と共に座って。
「いいんですか?あちら、随分狭そうですけど」
「いいんだ。ま、一応、永瀬がみてくれるからな、あの二人は」
――ああ、二人の様子をみさせる為に、医師である永瀬先生を配置したわけですね、と。
気がついて苦笑する神尾に。
「どうした?」
隣で腕を組んで先を行く車を睨むようにしている滝岡に。
「いえ、…。過保護ですね」
「まあな。否定はしない」
難しい顔でいう滝岡に微笑して。
「まあ、いいんじゃないですか?確かに、前の車、滝岡さんでは隣に座るのは難しそうですよね」
「…―――おまえ座るか?」
「遠慮します」
神尾が笑うのに、滝岡が溜息を吐いて天井をみる。
「まあ、確かに、おれだって、過保護なのはわかっている」
「…そうですね、確かに、うん」
腕組みしていう滝岡に、神尾が笑い出すのに。
「おまえな、…?」
滝岡が睨んでみせて。
それに、楽しげに神尾が笑うのに、滝岡も苦笑して。
しばし、明るい日射しの中を、二台の車がゆっくりと進んでいく。
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