第6話 詰問

「狭くてごめんね。……本当に私と一緒で良かったの?」


両親に見咎められないよう鞄の中に隠れてもらっていたフィンに呼び掛けると、ひょっこり顔を出して、小さくキュイと鳴いた。

見つかれば追い出されてしまうかもしれないと告げたので、大人しくしてくれているようだ。


そっと触れると生き物の温もりが伝わってきて、自然と表情が緩む。昔から動物は好きだが、家族は匂いや毛が付くと嫌っているためこんな風に触れ合うことは出来なかった。


「窓を開けておくからいつでも出かけていいからね」


幸いルーの部屋は屋根裏にあるため、小窓を開けていてもあまり目立たないはずだ。

アレクシスからは外に出られれば食事や世話などは不要だと言われている。こんなに小さな子を放置して大丈夫なのかという不安はあったが、これだけ賢いのだから問題ないのだろう。


いつもよりも軽い足取りで、ルーは夕食の準備をするためキッチンに向かった。


夕食の席には両親だけで、メリナはクルトと出掛けたままだった。食事が始まるとルーはそっと部屋を出て自室に戻った。食

事が終わった頃に片付けをして、メリナの食事が不要ならフィンと分けあっても十分な食事が摂れるかもしれない。


そんな期待を胸に屋根裏部屋に戻るとフィンは食事に出かけたようで、部屋の中がいつもより静かに感じる。

少しだけ落胆した自分に苦笑しながら、今のうちに課題を済ませようと机に向かう。だがルーが課題を手に掛ける前に、乱暴に扉が開け放たれた。


驚きに声を失うルーをクルトがいつも以上に険しい表情で睨みつけている。


「お前……何をした」


唸るように声には嫌悪と不快感が入り混じっていて、暴力的な気配にルーは身体を強張らせながらも、何とか言葉を絞り出す。


「何のこと、ですか?」

「しらを切るつもりか!メリナの学友から聞いたぞ。畏れ多くもあの御方に話しかけたそうだな」


クルトが何故激昂しているのか分からないが、心当たりは一つしかない。


「アレクシス様のことなら――」

「お前ごときがあの方の御名を口にするな、汚らわしい!」


あまりの剣幕にルーは後退ったが、狭い室内では逃げる場所もなく背中に壁が当たる。恐怖が思考を停止させ、ルーにはアレクシスが何者であるか考える余裕もない。


「不興を買えば、メリナにも塁が及びかねない。誰にも必要とされない存在の癖に余計なことをするな」


容赦なく首を掴まれて、息が詰まる。必死で抵抗するのに軽々と片手で持ち上げられて呼吸が出来ない。


「キューーーーーーーーーーー!!」

「っ!!」


悲鳴のような泣き声と同時にクルトが怯む気配がして、ルーは床に崩れ落ちた。目の前がチカチカするし、喉から引きつったよう音しか出ないがそれでも息が出来る。

涙で滲む景色の中でルーを護るようにフィンが翼を広げているのが見えた。


「何故……竜がここに?もしやあの方はこの竜を探しておられるのか……?」


フィンが引っかいたのかクルトの手の甲には血が滲んでいたが、それよりも戸惑いのほうが大きいようで、クルトは呆然とした表情でフィンを見つめている。

先ほどまでの剣呑な雰囲気が緩んだように思えたその時、甲高い悲鳴が上がった。


「きゃああああ!何であんな醜い生き物が家にいるの?!クルト様、早く追い払ってくださいませ。嫌だわ、お姉様ったら変な物を拾ってこないでよ」


クルトの背後から顔を出したメリナが顔を顰めている。そんなメリナの声に反応するようにフィンはシャーっと威嚇するような音を立てている。


「フィン、駄目よ。危ないから下がって」


クルトにとってメリナの言うことは絶対だ。騎士であるクルトが本気を出せば、フィンが怪我をさせられてしまうかもしれない。

咄嗟にフィンを抱きかかえると、クルトがはっと息を呑んだ。


「昨晩珍しいジャムを持ち帰ったそうだが、どこで手に入れた?お前……まさか竜と一緒に盗んだじゃないだろうな……?」

「違います!そんなことしていません」


それならば何故と疑問を浮かべた表情で睨まれてしまうが、番であることを知られるわけにはいかないルーにはそれ以上答えられない。


「一体何の騒ぎだ!」


異変を感じたのかお父様がやってきて、クルトの注意が逸れた。今のうちにフィンを逃がそうとゆっくり後ろに下がろうとしたルーだが、聞こえて来た会話に動けなくなる。


「メリナの姉が厄介な生き物を持ち込んだようです。このままでは男爵家も罪に問われる可能性があります。少し手荒な真似をしても?」

「好きにしてくれ。面倒ばかり掛けて全く困ったものだ。少しでいいからメリナを見習ってほしいのだがな」


(お父様……私、何もしてないわ!)


そう伝えたいのに喉の奥に何かが詰まったように言葉が出てこない。

言っても無駄なのだと自分でも分かっているのだ。反論すれば余計に叱られるのも目に見えている。それなのに、もしかしたらと期待を捨てきれずにいる自分がとても惨めで苦しい。


キュッと鳴きながら腕の中でもがくフィンの動きで、ルーは我に返り自分のすべきことを思い出したが、遅かったようだ。

窓の方へ身体を向けた瞬間、頭に鋭い痛みが走る。


「キュー!!」

「どうやって手懐けたか知らんが、それはお前には過ぎたものだ。さっさと寄越せ」


渡せばフィンがどんな目に遭わされるか分からない。髪を摑まれ身動きが取れない中、ルーはフィンを抱きしめる腕に力を込めて言った。


「嫌、です」

「……お前を見ていると無性に苛々する」


うんざりとした表情で伸ばされた腕に、ルーは痛みを覚悟して目を瞑ったその時ーー。


「その子に何をしている」


鋭く凍てついた声を恐ろしく思うと同時に、もう大丈夫だという安堵がルーの胸の中に広がったのだった。

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