第4話

 さっきまでいたのは2階だったようで、階段を下り始めると螺旋階段の柵の隙間から1階の様子が見えた。

 2階と同様にたくさんの机と椅子が並んでいる。ご飯屋さんなのだろうか?

 木で統一されたレイアウトはおしゃれなカフェのようだ。


「こっちだ」

 キッチンは整理整頓されており、あまり物がでていない。先ほどのホットケーキづくりに使用したと思われるボウルやホイッパー、フライ返しが流しに置かれているくらいである。上部には扉の一部がガラスになっている棚が取り付けられており、お皿やコップ、調味料が入っていそうな小瓶がたくさん並んでいた。


「これが今朝買ってきた生クリーム。で、こっちが砂糖。」

 冷蔵庫らしき箱から取り出されたのは、ボウルに入った白い液体と、瓶に入った少し色のついた砂糖。

「いつもはどのくらい砂糖をいれているんですか?」

「そうだな、この半量の生クリームに3杯ぐらいだな」


 そういいながら見せてくれたのは、おたまほどの大きささの木製スプーンに乗せられた山盛りの砂糖。この量の砂糖を入れてもホイップ状になるのだなと変なところに感心してしまう。


 以前、お菓子づくりにハマったことがあり、数回だけ生クリームからホイップクリームを作ったことがある程度の知識しかないが、どう見ても砂糖の量がが多すぎる。ちなみにその趣味は3週間ほどで終わった(作るのは仕事が休みの土日だけのため実質、6日間だけだ)


「この大きなスプーンだと擦切り1杯ほどでも大丈夫かと思います」 

「1杯だけ?おかしいな、何でも屋の兄ちゃんは砂糖を大量に入れないに液体のままになると聞いて量を増やしたんだが…」


 どうやらこの世界では生クリームは最近になり作り方が見つかったらしく、今大人気の商品だとか。店に行っても売り切れだったが、どうしてもデザート作りに使用したかったため、何でも屋に依頼し取り寄せてもらったそうだ。そこで得た知識が誤っており、砂糖盛りだくさんのホイップクリームができたという話らしい。ちなみに砂糖も上白糖ではなく色のついた砂糖がいいということでその何でも屋で購入したとのことだった。


 生きていた頃の世界では、生クリームはそこまで新しいものではなかった。大昔からあるというわけではないが、それなりに昔からあると思う。少なくとも親が小さい頃からあったはずだ。


 それがここでは最近になって作られたという。生クリームの作り方を知っている人が1人も死んでいないということはあり得ないので、地獄と天国のように死後の世界にもいろいろあるのだろう。


 水琴がこの世界について考え込んでいるうちにホイップクリーム作りは進み、先ほど伝えた量の砂糖を慎重に入れている。

 左手でしっかりボウルを抑え、右手に持った泡だて器で素早くかき混ぜ始めた。


「やっぱり砂糖が足りないんじゃないか?」

 液体に比べると少しもったりとしてきたが、まだまだホイップクリームとか言い難い状態に男が不安そうに呟いた。

「氷はありますか?」

「氷?酒用のものがあるが、何するんだ?」

「冷やしながら混ぜる方が固まりやすいんです。ボウルに氷を入れて、上に生クリームのボウルを重ねて混ぜてみてください」

 半信半疑のようだが、素直に氷を用意し、冷やしながらかき混ぜ始めた。


 菓子作りにハマっていたときはハンドミキサーを使っていたので氷を使用することはなかったが、参考にしていた動画などでは氷のボウルに重ねてホイップしていたような気がする。

 なぜ冷やすと泡立ちやすいのかは知らない。仕組みを聞かれると困る。

 半分祈るように生クリームを見つめる


「お!いい感じになってきた!前より泡立つのが早い!」

 氷作戦が功を奏したのが、徐々に角がたち始めた。内心、ホッとする。


「どれどれ…」

 白くこんもりとしたホイップを両手にもったスプーンですくい、当たり前のように片方を差し出してくる。

「うん、これなら俺でも食える!ほら、嬢ちゃんも食ってみ!」

 ぱくっ。さっきのよりも甘さ控えめでなかなかいける。あの量をトッピングするならこれくらいの甘さの方が食べやすいだろう。

「美味しいですね」

「だろ?これも嬢ちゃんのおかげだな!」

 ニカッ!っと音が出そうなほどに口角をあげ笑う男は意外と若く見えた。

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