20話 おっぱいおにぎり反省会
「並んで。ちゃんと全員の握るから。並んで」
周囲から、うめえ、うめえと涙混じりの声が聞こえてくるから、行列を捌く俺の手にも熱が入るというものだ。
いつまだっても行列が尽きない。最初にいた生徒の他にも集まっているらしい。おそらくA組全員が並んでいる。
ごっちゃんとクッコロさんの胸を触るという幸運を、気の知れた仲間たちと共有するのも悪くない。
ようやく行列が減っていった。
最後のひとりは随分と待たせたにも拘わらず最高の笑顔を魅せてくれた。3割笑顔で一瞬停止からの、蝶が花に舞う暖かな春のように心温まる満面の笑顔。
「楽しそうなことしているんじゃね?」
ごっちゃんだ!
「……ッ!」
「廊下まで聞こえておったよ」
「は、ははッ」と思わず、空笑い。
「流星が作るおにぎりは、メロンパンの皮だけみたいにぺったんこなのと、マスクメロンみたいにでっかいのがあるんだけど、どうしてかな?」
「ははは……」
周囲に助けを求めようと視線をごっちゃんから外すと、みんな俺と同じように氷河期突入でガクガクブルブルしていた。ごっちゃんの笑顔だけが、春のお花畑という異常事態。
「私も流星が作ったおにぎりを食べたいんだよ」
俺は笑顔に逆らえず「握ります」と頷いた。
するとごっちゃんは食堂の奥に手招きをした。オバ・チャンが待ってましたと、炊飯器を抱えてやってくる。蓋をあけると炊き立てごはんの美味しそうな熱気がむわっと広がり、俺の顔を包む。
一瞬だけ景色が白み、靄が晴れたころには水蒸気が冷や汗と混じり、ねっとりと顔にまとわりついてくる。
「す、少しさました方が良いのでは」
「んー。わし、あっつあつのご飯が大好きなんじゃよ」
「そ、それじゃ、しょうがないですね」
「うむ。ところで、ほれ、みなにはサイズを聞いておったじゃろ? ワシにも聞いてくれんかの?」
「ち、小さい方と、大きい方、ど、どど、どっちにしま、しますか」
「んー? ワシ、耳、変かな。メニューが変わっておる?」
やっべえ。
声は明るいし、眉もにっこり曲線だけど、目が死んでる。
どうやら、微笑みのお花畑に咲いているのは食虫植物だったようだ。
ごっちゃんが俺たちのアホイベントに詳しすぎる。かなり早い段階から俺たちの様子を窺っていたのだろう。
これは、もう、握られない……ではなく、逃げられない。
「ちっぱい方と、大っぱい方、ど、どっちにしましょうか」
「ちっぱい方って、どれくらい?」
「え、えっと。お寿司、一貫くらいです……」
「ほう……。では、大っぱい方は、どれくらい?」
「特盛り牛丼のライス増し増しくらいです……」
「ふむ。ちっぱい方でええよ」
ごっちゃんがにこにこと俺の手のひらにパラパラと塩をふってきた。
こいつ、本気だ。
精神的プレッシャーを存分に与えただけでなく、俺の手に熱々のご飯を乗せるつもりだ。やばい。
だが、ちっぱい方ならご飯の量はたかが知れている。すぐに平たく伸ばして熱を逃がせば助かるはず。
ごっちゃんはオバ・チャンからしゃもじを受け取り、その、アツアツほかほかのご飯を俺の手に――。
「あっ、あっ、あーっ!」
熱い。さらにご飯粒は自らの弾力で形を変え、俺のてのひらにまんべんなく熱を伝えてくる。
手のひらで転がしたら駄目だ。手際よく形を整えて、左右の手に移し替えることによって熱を逃がすんだ。
「んー。待って、待って」
ごっちゃんはしゃもじでさらにご飯をすくった。
「え……。ちっぱい方だから、そんなに……」
「えー。もっと、ご飯、いるよね。もっと大きいよね? ごっちゃんの胸のサイズを再現するなら、もっとたくさんいるよね!」
「た、食べ物で遊んでは、い、いけない、かと……」
「うん。安心してええよ。ワシ、けっこうたくさん食べるから」
もちゃあっ……(ご飯追加の効果音)。
くおお……(俺の悶絶)。
冷めかけたご飯にさらなる熱々ごはんが追加されて、俺の手の中から炊飯中じゃないかってくらい湯気が噴きあがってくる。
進退きわまった俺は焼けるような手のひらで、おにぎりを握った。
ごっちゃんの見栄そのものであるみかんサイズのおにぎりができた。俺は当然、できたものをごっちゃんに渡そうとした。
まだおにぎりは熱いから、同じ苦しみを少しは味わえ!
「あっついから、お皿乗せて」
テーブルの上にはいつの間にか皿が用意されていた。オバ・チャンが持ってきたのだろう。
酷い……。
俺は何も悪くないのに、ごっちゃんの恨みを買ってしまった。
変態イベントを催したのはクラスメイトで、俺は巻き込まれただけなんだが、とばっちりで酷い目に遭った。
「ワシ、もう1個、食べられるよ」
まだ報復は終わっていなかった。
「まじっすか……」
「まじっす。あと、みんなもおにぎり1個じゃ足りないよね。ご飯たっぷりあるから、ほれ、みんなも握るのじゃ」
ごっちゃんが手先をくいくいして、クラスメイトを俺の後ろに並ばせようと誘導していく。
「海苔を持ってきてあげるからね。みんな、握り飯にして食べるのじゃ」
こうして俺たちは全員、熱々のご飯を握って手を真っ赤にする羽目になったのだ。
自業自得だから、甘んじて罰を受けよう。
ごっちゃんがストレスを発散できれば、少しは機嫌を直してくれるだろうし。女の子の可愛い悪戯みたいなものだ。この程度で許してもらえるなら、むしろ、ラッキーだし、けっこう楽しかったし、ご褒美だ。
そう。期待したんだ。
翌日からはまた和気あいあいと楽しい学校生活が始まると……。
――翌日は曇天だった。
ごっちゃんの機嫌は晴れなのか雨なのか、天気みたいにハッキリしない。
とはいえ、ごっちゃんの機嫌に拘わらず、授業で板書するときは俺が腰を支えるしかなく、スキンシップの機会はそれなりにあった。
ただ、まあ、俺がクラスメイトに嫉妬の燃料を注ぐには十分だったともいえる。休憩時間にやたらと握手を求めてくるクラスメイトにうんざりだ。
みんな気づけ!
俺の手から伝わるのはごっちゃんの腰の体温じゃない! 俺の体温だ!
握手会の行列がバレたら、またごっちゃんに怒られるのに、みんな懲りないなあ。
午後になる頃には、ごっちゃんもおっぱいもみもみのことを水に流してくれたのか、忘れてしまったことにしたいのか、普通に話してくれるようになった。
俺とごっちゃんは教師用の広い机を使い、1つの椅子に並んで給食を食べている。ひとつの席に座って給食時間を一緒に過ごせば、会話がないのも不自然で「ごめん」「別に」といった短い会話を何回か繰り返した。
ごっちゃんは俺を避けたりふてくされた態度をしたりすることが次第に馬鹿らしくなったのだろう。
しかし、午後の授業では、ちょっとした変化もあった。
いちゃいちゃすることによってクラスメイトの訓練意欲を掻き立てるという方針だったはずだ。なのに、ごっちゃんは近寄ってきて、俺に触れようとする寸前で顔を赤くして離れていくようになってしまったのだ。
残念なことに、肌の触れ合いは減ったのだ。
……本当に、残念だ。
「いや、兄ちゃん、残念って、本気で言っておるのかな?」
授業が終わった夜、俺は自室のベッドで妹と並んで座っている。隣の部屋に声を聞かれると不味いので、ひそひそ話をするから俺たちの距離は近い。
妹はクラスメイトに誤解を与えたのもしょうがないくらい、ごっちゃんにそっくりだ。というか、能力を使って妹を創り出した俺ですら違いが分からない。俺が能力を使用するたびに、ますます似てきている。
「ワシがごっちゃんに似ているのは……。あー。もう、喋り方まで、変わっちゃったし……。じゃなくて、ワシがごっちゃんに似ておるのはな。兄ちゃんが、それだけごっちゃんのことを」
「分かっている。照れくさいから言わないでよ」
「それ」
「どれ」
「照れくさいってやつじゃよ。ごっちゃんも、兄ちゃんのことを意識しだしたから、照れくさいんだよ?」
「まさか……。俺なんかを」
「俺なんかじゃないよ。兄ちゃん、もう少し自信を持つのじゃよ」
「でも、まだ会って3日くらいしか経ってないのに」
「兄ちゃんだって、ほぼ1目ぼれなんじゃろ? 意識しまくりなんでしょ?」
「そりゃ、お前に似ているから気になるよ」
「え。なになに、妹に似ている人が好みなの? 兄ちゃん、やばいのじゃー」
「あー。もうっ」
妹は俺の能力で創りだした以上、知識は俺と同等だし、俺の深層心理が言動に影響を与えているはずだ。
つまり、「ごっちゃんが俺を意識しているかもしれない」というのは、妹の思いではなく俺自身の深層心理なのだ。
「なあ、妹よ」
「なあに」
「俺、ごっちゃんのこと好きなのかな」
「だと思うよ」
「そっか」
「でも、辛いね……」
「何が?」
「だって、異世界転移訓練学校は一時的な訓練の場なんでしょ? いつか兄ちゃんは召喚された世界に行っちゃうんだよ。そうしたら、ごっちゃんとは……」
「うん」
だから、好きになったらいけない……。
異世界転移訓練学校で過ごす日々は、異世界に転移する前に訓練するために、ちょっと寄ってただけの世界だ。訓練が終われば、この世界から出て行かなければならない。
ごっちゃんは異世界への旅の途中で偶然出会っただけなのだ。
俺たちが仲良くなって、一緒に長い時を過ごすことはない……。
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