19話 おっぱい再現おにぎりを作る
俺が夕食を採ろうと寮の食堂に入った瞬間、クラスメイトたちは雑談を止めた。
数秒前までドアの外まで賑わいが溢れるほどワイワイと騒いでいたのに、急にしんとした静寂が訪れてしまったのだ……。
俺が入った瞬間これかよ。
嫌だな、この空気……。
みんな、ちらちらと見てくるし。
俺は気にしないように努め、お盆を持ってカウンターに向かう。食堂のおばちゃんオバ・チャンさんから夕食を受け取り、みんなとは離れたテーブルにひとりで座る。
夕食だというのに、ごはん、卵焼き、ウインナーと野菜の炒め物、朝食のようなメニューだ。
(ん、でも、夕食でも通用するメニューか? あー。誰かと、朝食談議できたら楽しいだろうなあ。地域によって朝食の定番が違ったりするのかな。というか、みんなの出身地もまだ聞いていないなあ)
交流を深めたいという気持ちはあるが、この教師に叱られた直後みたいなしんとした空気じゃ無理か……。
誤解だというのに、連中は俺がごっちゃんを部屋に連れ込んだり、無理やり胸をもみしだいたりしたと思いこんで根に持っているのだろう。
部屋に連れ込んだのは俺が能力で創った架空の妹だし、胸を揉んだのは不可抗力だし、あれはクッコロさんが悪い。
まあ、別に気にしないけどな。すぐに誤解は解けるだろうし、解けなくても構わん。クラスメイトが俺を疑おうとも、ごっちゃんだけは真相を知っているのだから俺を嫌ったりしないだろう。
クラスではぶられたとしても俺はごっちゃんとたまに会話できるだけで十分満足して、一ヶ月の訓練生活を送るさ……。
ん?
食堂にいたクラスメイト達がトレイを手にして立ち上がった。入室したときに見えた限り、みんなのトレイにはまだご飯が載っていたはずなのに。
というか、俺は食堂が開いてすぐに来たのだから、当然、あいつらだって、まだ食べ始めたばかりのはずだ。
(おいおい、俺と同じ部屋では食事も採りたくないのか。そりゃあ確かに、持ち出しは禁止されていないけどさ……)
さすがにここまで嫌われているとは思いもしなかったから、少し凹む。
ん?
みんな退室するのかと思いきや、俺の周りにやってきた。
「おい、赤井……」
ケチャップが視線を合わせずに、低い声を絞り出した。
「な、なんだよ」
「おにぎり……作ってくれないか?」
「……は?」
俺の聞き間違えか?
おにぎりを作るように頼まれた気がするんだが。
「頼むよ。作ってくれよ、おにぎり」
聞き間違いではないようだ。でも、なぜ、おにぎりを俺に頼む?
俺だけが味付けのりを食べているからか?
これはおばちゃんに言うとくれるやつだぞ。
それとも、俺のテーブルにしか食塩がないのか?
「別に、構わないが……。じゃあ、手を洗って来――」
「いや、待て。そのままで良いんだ。それ以上、薄めるな」
「ん、ん? なあ、いったい何がしたいんだ? お前たちは俺を、誤解なんだけど、ごっちゃんの胸を触ったから、恨んでいるんだろ?」
「それを水に流すって言っているんだよ」
「え?」
「いや、違う、それは水に流しちゃいけないんだ」
「どっちだよ」
「いいか、ごっちゃんの胸を触った手で握ったおにぎりを食べれば、それは、ごっちゃんの胸に間接キスしたことになると思わないか? いや、なるんだよ」
「なっ……」
な、なんという変態的発想!
いや、でも、パイタッチといっても服越しだぞ。ごっちゃんは着物だし貧乳だから、ふくらみはほとんど分からなかったぞ?
まさか、こんなくだらないことを頼むのが言いだせなくて、妙な態度だったのか。てっきり、俺を避けていたものとばかり……。
「なあ、返事を聞かせてくれよ。頼むよ、おにぎり、握ってくれよ」
「あ、ああ。でも、俺、もうトイレに行っちゃったし……」
ざわつく変態紳士集団。
変態紳士のひとりが「手を洗ったのか?」と訊くから「ああ、もちろん」と返す。
すると別の変態紳士が「小便をするとき、お前は、アレを握るのか?」と、食事時に相応しくない発言。ウインナーを食べようとしていた俺に言うなよ……。
「握りはしないが……」
具体的に説明する気にはなれないからぼかす。
「そうか。なら、ギリギリセーフだな」
ケチャップは白い歯を見せて満面の笑顔だ。
「赤井、お前の手にはまだ、ごっちゃんの胸の温もり成分が残っているはずだ。頼む。握ってくれ」
「ま、まじか」
「今日のことは、それで水に流すから。な、みんな?」
ケチャップの問いに変態紳士達は「ああ」と声を見事に1つにした。
「あの時の柔らかさを再現してくれ。赤井」
「分かった。そういうことなら、握ろう」
こうして、俺が変態紳士のためにおにぎりを握るという、訳の分からないイベントが開催されることになった。
行列の先頭はケチャップだ。
「可能な限り、ごっちゃんの胸のサイズと柔らかさを再現してくれ」
「難しい注文だな。せんべいみたいに平ぺったくなるが、良いのか?」
「ああ、構わん」
「分かった」
列のふたり目は醤油だ。眼鏡をキラーンしながらあれこれ注文してきた。
「私は、このようなことには反対なのだが、クラスの団結を深めるためにも参加しないわけにもいかないから仕方なくな。ところで赤井は護国先生の胸を触る前に、不可抗力とはいえ、クリちゃんの胸を触ったそうだな」
うわぁ。この変態眼鏡、本人がいないところではクリちゃん呼ばわりかよ。
「ああ。それがきっかけで要らぬ誤解を生んだんだ。彼女の生まれた地では胸に触ることは――」
「そんなことはどうでもいいから、俺はクリちゃんの胸のサイズで握ってくれ。ダブルで!」
「しょ、正気か。かなりでかいぞ。ゆったりとしたドレスみたいな服だから分かりにくいかもしれないけど、あの人、巨乳グラビアアイドル級だぞ。茶碗山盛りでも足りないぞ」
「ああ。問題ない」
「分かった」
こうやって俺はひとりひとり、サイズや固さや塩加減などの要望に応えていく。
ウインナーの先端がおにぎりから少しだけはみでるように握ってくれという注文をした塩が、さりげなく最も紳士だった。
そう、俺たちは異世界を救うために召喚された救世主的な存在なのかもしれない。だが、その前に、何処にでもいる普通の男子高校生なんだ。
異世界を救うのではなく、チートスキルでのほほんとしたスローライフを送るためだけに転生する奴もいるのかもしれないな。
多少、変態が多いようだが、健全な男子なんだ。修学旅行の就寝前のノリで、こういうちょっとエロい馬鹿なことに真剣に取り込みたい年頃なんだ。
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