15話 異世界でも妹といちゃいちゃって、どういうことなんじゃ?

 女騎士の戦闘訓練が終わった後、今後のことをぼんやりと考えながら寮の自室に戻った。


「ただいまー」


「んー。お帰りー」


 妹が気の抜けた返事をすると、寝そべっていたベッドからのそのそと起き上がる。

 異世界の生活に少しでも潤いを持たせたくて、俺は部屋に入る直前にスキル『千変万化の理想』を使ったのだ。


「なに。兄ちゃんニヤニヤしすぎててキモいんだよ。妹、見つめすぎなんだよ」


「あー。いや、だってさ……」


 妹は水色の服を着ていて、蝶々のような銀色のアクセサリを付けていた。ごっちゃんの格好とそっくり。というか、三年分くらい成長している。

 俺がスキルを使う時、もろに、ごっちゃんのイメージを反映してしまったのだ……。


「うーむ。ごっちゃんに似すぎている……」


 お目目ぱっちり、おでこが広くて長い黒髪。愛嬌のある笑顔。

 もう、違いが分からない……。


「えー。なになに」


 ずいっと近づいて顔を覗き込んできた。

 たしかに日本にいた頃からスキンシップを頻繁に求めてくる妹だったけど、会話のために、ここまで顔を近づけてくることはなかった。

 まるで、ごっちゃんが話しかけてくるときみたいだ。


 妹は、にこっ、3割笑顔を浮かべた。

 え、もしかして、と俺が期待していると――。

 ぱあっと十割笑顔が花開いた。周囲が一面の花畑になり空からプリズム光線がキラキラと降り注いでいるかのようだ。


 可愛い。

 俺のスキルなんだし、抱きしめてもいいかな。

 

 いや、でも、逆に知り合いとそっくりすぎて、触るのがめちゃくちゃ緊張する。ダメだ。触ったらダメだ。


「あー。兄ちゃん、顔、赤くしてるのじゃー」


 おまけに語尾に「じゃ」をつけてきた。


 俺がベッドの隣に座ると、妹は体重を預けてきた。


 やばい。

 こういう仕草も日本にいた頃はなかったはずだ。それこそ、ゲームでレアアイテムをゲットして嬉しくてハイテンションになった時に飛びついてくるくらいだ。

 二の腕が温かく、柔らかくて気持ちいい。以前は隣に座ったからといって、もたれかかってくることなどなかった。


「んー。どうしたの、さっきから様子が変なんだよ?」


「あ、いや。お前にそっくりな人がいるんだよ」


「えー。なになに、兄ちゃん、もしかしてその人のこと好きなんだ!」


「いや、別にまだ、そういうわけじゃ」


「うわ。まだって言った。まだって。うりうり」


 肘でぐりぐりしてきた。これ、ごっちゃんもやってきたやつだ。

 やばい、俺、かなりごっちゃん意識している。


「な、なあ、そんなことより、今日はごめんな。ずっとひとりで待たせて。退屈しなかった?」


「したよ。ちょー、退屈。寝ることしかやることないんだもん。だからね、えへへ。お兄ちゃんのベッドに私の匂い、しっかりつけておいたよ」


 ぐはうっ。

 ごっちゃんそっくりの顔で、その発言は破壊力ありすぎる。ハンマーでぶっ叩かれたみたいに、心臓がドキッと脈打った。

 実際に妹が肉体をもって行動できるのは数時間だけだが、俺の脳内妄想を反映した記憶を有しているのだ。つまり、これ、実際にごっちゃんそっくりの妹がいたら、ベッドに臭いをつけてほしいと俺が望んでいるってことだ。


 やばい。顔面の血流が倍速になって、ぽっかぽかして、きっと顔真っ赤だ。妄想の妹相手に不味いだろってくらい、俺、いま異性を意識している。

 何事もなかったかのように平静を装おう。


「暇はかわいそうだよなあ。あ、そうだ。ちょっといい?」


「んー?」


 ごっちゃんそっくりの服だから、もしかしたらポシェットの中にタブレット端末があるかもしれない。というか、俺が、そのように想像したら実現するのだ。


 身を乗り出したタイミングでスキル『ラッキースケベ』が発動し、俺の手はポシェットの紐に引っかかって、妹を押し倒す形になってしまった。


「お、お兄ちゃん……」


 妹は顔を真っ赤にして呆然としている。


 俺の左手はベッドについて、右手はお約束どおり妹の胸(ちっちゃい)の上に乗っている……。


「……いいよ」


 いいよッ?!

 何がッ?!


 妹は首を横に向けて黙り込んでしまった。


 ドッドッドッ!


 右手に、激しい音と振動が伝わってくる。


 同じくらい俺の心臓も激烈に暴れくるっている。


 ……俺は自分のスキルで作った妹と初体験するのか?


 はあはあ。


 最初に何をすればいいんだろうと俺が脳内検索をしていると、ドアの方から「赤井君、ちょっと失礼するよ」いきなりノックもせずにガチャリと開く音。


「あッ! 赤井君、何しているのかな。ちょっと、みんなを呼んでくる!」


「待て、これは違う!」


 バタンとドアは閉じて、塩はいなくなった。

 共用廊下の方から「総員戦闘配置! 赤井を処刑せよ!」と叫び声が聞こえる……。


「わー。びっくりしたー。兄ちゃんが妹を襲っているって勘違いされちゃったんじゃない?」


「妹よ。事態はより一層深刻だぞ……」


 塩の目には俺がごっちゃんを部屋に連れ込んで襲っているように映ったことだろう。

 廊下を走ってくるドタドタ音がいくつも聞こえるから、俺はスキルを解除。


「またあとでな」


「うん」


 バーンと再びドアが開き、塩、ケチャップ、ソース、醤油がなだれ込んできた。


「赤井、出てこい、おらあああっ!」


「ごっちゃん押し倒したってどういうことだぁぁぁっ!」


「や、やあ、みんな、そんなに慌てて、いったい何を?」


「え?! あれ。いま、確かに……」


 不審がる塩。

 調味料四天王による家宅捜索が始まったが、無駄だ。何の痕跡もないはずだ。


「赤井君、詳しく話を聞きたいな」


 塩が黒く微笑む。

 あー。もう、めんどくせえ。

 俺はスキル『気絶するチョップ』で四人の首を背後からトンッと叩く。

 昏倒した四人を引きずってそれぞれの部屋に放り込んだ。

 目が覚めたら、すべて夢だと思ってくれ。

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