14話 女騎士クッコロの訓練

「あ、あのですね。クッコロさん、名前が……」


「私はクッコロではない」


「うぐっ……。すみません」


 ずいっと迫ってきた。なんかいい匂いする。レモンみたいな爽やかさが鼻の奥をくすぐってくる感じだ。

 うわー。まつ毛、めっちゃ長え。

 瞳、金色だよ。俺たちの目と違って、紋章みたいなのが浮かび上がってる。伝説のなんとか一族的な複雑な能力を秘めているに違いない。


「えっと、ですね……。あの……。その……」


 さすがに言いづらい。


「ううっ。タイム。ごっちゃん、せめて、ごっちゃんにだけは先に説明させて」


「うむ?」


「むっ……」


 女騎士が睨みつづけているから、俺はぺこぺこ頭を下げながら、ごっちゃんと一緒に壁際にまで移動した。


 あー。

 やっぱ落ち着くなあ。

 ごっちゃんは俺がスキルで創った架空の妹にそっくりだから、何も警戒する必要がない安心感がある。


「何で、流星はさっきまでおどおどしていたのに、急にニヤニヤしているのじゃ?」


「あ、いや、ニヤニヤというか、ニコニコだと思うんですけど」


「やー。ニヤニヤなんだよ。まあ良い。ほれ、なんじゃ? 聞くぞ」


 耳に手を当ててくいっと首をかしげる仕草がまた可愛いな、おいっ。


「えっと……。多分、世界が違うから単語が違うとか、文化が違うとか、そういうことだと思うんだけど」


「何をもったいつけておるのじゃ」


「あー。いや、あの、ね。クッコロさんの名前が、俺たち日本人の男子高校生にとっては、女の人のいるところで口にするだけで恥ずかしくて顔が赤くなっちゃうというか」


「んー?」


「ああ、いや、人の名前でそういう連想をしちゃうのは失礼なことだって、分かっているんだよ」


「むむむ。流星が言っていることはよく分からないんだよ。じゃが、発音に何か問題があるようじゃのう。どれ」


 ごっちゃんはポシェットからタブレット端末を取りだした。


「じゃじゃーん。マイ・パッドじゃ。うりうり。こんなちっこいのに、むーびーが撮れる凄いやつなんじゃよ」


 まーた自慢してきた。

 俺だって初めてスマホを買ってもらったとき、めっちゃハイテンションだったから分からなくもないけどさ。でも、それ、生徒用のに比べると三年くらい前の型落ちだぞ。

 ただ、細かい傷はあるものの、きちんと磨いているらしく、指紋ひとつ無くキラキラしている。指紋と指汗でべとべとの俺のゲーム機とはえらい違いだ。

 

「日本の言葉でクリストリスを検索……。なになに……。あー。そっかあ……」


 ちらっと上目遣いからの「えっち」は、ぐさっと俺の心臓に刺さった。


「うっ……」


「クリストリスの名乗りや、ワシが名前を呼ぶのを聞いて、変な想像しとったの?」


「うっ……。いや、否定はできないけど、別に俺ひとりが悪いわけじゃ……」


「もう、えっちなんだからっ」


「うぐうっ」


 鼻先をピンッと、指ではじかれた。

 笑っているから呆れたり怒ったりしたわけではなく、単に俺をからかって遊んでいるだけだろう。


「ま、しょうがないかー。ワシがクリストリスに説明するんだよ」


 というわけで、俺はごっちゃんとともに女騎士の元に戻る。

 ごっちゃんが耳打ちしてひそひそしていると、次第に女騎士の顔が紅潮していった。


「くっ……! 貴方がたは、私をそのような目で見ていたのですか」


 女剣士はキリッとした切れ長の目でクラスメイトを睨みつけた。


「言葉が似ているだけで、このような屈辱を受けるとは……! くっ……!」


「そ、そういう表情と発言が、クッコロと言われる原因の気が。いえ、何でもありません」


 こええ……。

 睨まれただけで、インフルエンザのひきかけみたいな寒気がブワッと背中を走るよ。

 異世界転移訓練学校の講師を任されるだけあって、やはりクッコロさんも異世界の一つや二つくらい救えるような戦士だ。纏っている気迫が明らかに違う。


「せっかくじゃし、クリストリスのあだ名はクッコロということでいいんでない?」


「護国殿がそう言われるのなら、致し方ありません。ですが……。本日の訓練、多少、手元が狂っても宜しいでしょうか」


「うむ。殺さぬ程度にな」


「もちろんです。殺さないくらいに鍛え上げて差しあげましょう」


 怖っ。美人の口だけの笑顔って、怖っ。

 背中の震えからくる、おしりのムズムズが治まらない。


 というわけで、クッコロ先生による剣術訓練は生徒のみんなが本物の殺気を味わうという、実に貴重な時間となった。

 木製の剣をつかった実践的なかかり稽古で、すべての生徒が一刀の元に打ち倒されていった。


 クッコロ先生は、クッコロ発言の元になった醤油を特に怨んでいたのか、もう悲惨だった。殺気にあてられた醤油は遠目でも分かるくらい顔を真っ青にしてガタガタ震えていたし、一度尻もちをついたら、もう膝が震えるだけで立ち上がることさえ不可能になっていた。


 くっころさん、大人げねえ……。まあ、実際に若い娘だしね。


 でも、授業最後の講評でクッコロ先生が語った内容は、やはり、教師だった。


「貴方たちはクズです。戦闘能力は皆無ですし、私を侮辱するようなまなざしで見つめたし、生きる価値もないようなクズです。ウジ虫すら貴方たちの例えに使われるのを嫌がるでしょう」


 辛辣な罵倒のような気もするが、生徒の一部、というか醤油は涎を垂らしながら恍惚とした表情で聞いていた。疲労の顔だよなこれ……。まさか、しごかれすぎて変な趣味に目覚めてしまったのか?


「――ですが貴方たちは私の殺気を感じました。その感覚を忘れないでください。恐怖は貴方たちの剣を震わせる欠点ではありません。敵の剣気を察知し見きるための強力な武器です。恐怖心を鋭利に磨き上げてください。そして、制御するのです」


 さすが、教師らしく胸に響くこと言うじゃん、クッコロ先生。


 俺は教師のアシスタントという立場なので、クッコロ先生の高説を背後に立って聞いていた。形の良いお尻を眺めながら。


 薄いドレスはよく見れば、お尻の形が見えているのだ! 下着を穿いていないんじゃないかってくらい、お尻の谷間もくっきり見えて、エロい! 背後の俺からはエロ柔らかく引き締まったお尻が、じっくりと観察できる。


「ところで。赤井。いいことを教えましょう。私レベルになると背後の視線も感じることができるのです。貴方には特別な課外授業が必要なようです」


「ひえっ……」


 このあと滅茶苦茶しごかれた。

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