二章:クッコロ先生登場だよ……!

13話 異世界最強クラスの女騎士じゃよ!

 俺はごっちゃんと「らぶらぶ給食。嫉妬の視線和え」を堪能し、休憩時間に調味料軍団に襲撃された。


 主に精神的な苦痛を被ってから、午後の授業が始まる。


 ジャージに着替えて体育館で剣術の訓練だ。

 やはりというか当然というか、授業は戦闘訓練の比率が大きい。


 重い鉄製のドアを開けると、体育館の中央で待ち構えていたのはドレスのような白い装束に身を包んだ女剣士だった。

 女剣士が振り返ると、ドレスが白薔薇のようにふわりと広がり、僅かに遅れて長い金髪がさらりと揺れた。

 金髪だ! 背が高い!


 というか、ごっちゃんじゃない!


 だ、誰だ。

 20歳くらいだろうか。外国人的な顔立ちだし、いかにもファンタジー世界にいそうな、気の強そうな女剣士だ。


 モブ生徒達も動揺しているらしく、ざわついている。


 というかあの白いドレス、透けてね?! めっちゃエロい!


 凛とした美しい女性に気圧されているのか、全員が入り口に固まってしまい、中に入っていく者はいない。


「我々A組全員が時間割を見間違えたとも思えない。……状況的に考えて、彼女は一つ前の授業を担当していた講師だろう」


「舞ちゃん先生もあんなスケスケの白いドレスを着てくれるのかな。ちっぱい、見えちゃうよぉ」


 どうやら醤油とケチャップも困惑しているようだ。

 俺達が体育館の手前でまごまごしていたら、校舎の方からごっちゃん先生がやってきた。


「んー。みんな、どうして入らないの?」


 初日に着ていた水色のドレスで、さらっとした黒髪には銀色の蝶々を模した銀細工を付けている。

 ごっちゃんがここに来たということは、俺たちが授業の場所を間違えたわけではないようだ。


「ごっちゃん、授業と関係ないけど、質問をしてもよろしいでしょうか?」


「んー。なあに?」


 ちくしょう。可愛いな。

 3割笑顔数瞬停止からの満面笑顔、何度見ても破壊力が高すぎてヤバイ。

 さらに首を傾ける仕草が子供っぽいから、ケチャップみたいな変態ファンが生まれるんだよ!


「知らない人がいるんですけど」


「今日はなんと、ゲスト講師がいるんだよ! 全員、体育館に入って整列」


 クラスメイト達は、ごっちゃんの手拍子に弾かれて、我先にと体育館に駆け込んだ。

 俺も最後尾からついていく。


「みんなの授業に協力してもらうため、数多ある異世界の中でも最強クラスの女騎士に来てもらったんだよ!」


 ごっちゃんが促すと、女騎士が美しい仕草で一歩前に出る。


「クリストリス・ドッホ・コロイスです。よろしく頼みます」


 ドレスのような白い衣装に身を包んだ女騎士が、凛とした声で名乗ると、クラスメイトはざわつきだし、そのうちの何人かは「クッコロだ」と呟いた。


「なんじゃ? なんで今、みんなざわついたのじゃ? くっころとはなんじゃ?」


 ごっちゃんがきょとんと首を傾げると、挙手して一歩前に出たのは醤油だ。


「クッコロとは『くっ、殺せ』の略です。プライドの高い女騎士が戦いに敗れて、敵に捕ったときに悔しそうに呟く台詞です。服はあちこち裂けて露出が高い状態になっており、辱めを受けるくらいなら死を選ぶ覚悟で『くっ、殺せ』と言うのです。転じて、気が強くてプライドの高そうな、高貴さ漂う女騎士のことをクッコロと呼ぶようになったのです」


 醤油は四角眼鏡をくいっとして、キラーンして力説を終えた。


「貴方たちはいったい何をわけのわからぬことを。私は、けして、そのくっころとやらではありません……。うっ。じろじろ見ないでください。うぐっ……」


「と、このように、羞恥心に耐えきれず、つい『くっ、殺せ』などと言ってしまうのが特徴です。女騎士に限らず、ラブコメヒロインでも、例えば主人公にぬいぐるみ集めなどの可愛い趣味がばれたり、子犬に赤ちゃん言葉で話しかけているところを目撃されたりして、テンパってしまったときにもクッコロ属性は発動します。自説なのですが、クッコロの本質とはけして『くっ、殺せ』というセリフにあるのではなく、どうしようもならない事態に対して、顔を真っ赤にして『ええい、どうにでもなれ』とやけっぱちになることこそが本質だと思うわけです」


 眼鏡、くいっ、くいっ、キラーン、キラーン!


「なるほどー。くっころかー。クリストリスはくっころなん?」


「護国殿! 何を言うのですか。断じて違います! 確かに祖国に捧げた私の剣には誇りを持っています。ですが、いえ、だからこそ、たとえ虜囚の身に落とされようとも辱めを受けようとも最後まで諦めずに闘います。死など選びません!」


「うむ。そうじゃよな。そう簡単に諦めてはならぬのじゃ。お主たちもクリストリスのように、けして諦めぬ強靱な闘志を抱くのじゃ! ……ん、なんでお主ら微妙に顔が赤いのじゃ?」


 生徒たちの大半がざわざわするだけで誰も応じないでいると「あの」と塩が遠慮するように挙手し、ごっちゃんが「なんじゃ」と応じた。


「それで、ゲスト講師? 女騎士さんのことは何と呼べばよろしいのでしょうか」


 この質問には女騎士が胸を張って、一歩前に出て応じた。


「クリストリスと呼んでくれて構いません。ドッホ・コロイスは、コロイス王国に仕える騎士という称号です。貴方たちの名前とは意味合いが違います」


 またざわつく生徒たち。

 いや、うん、俺にもみんなが微妙にうろたえている理由は分かるぞ。クリストリスとは呼びにくい。年頃の男子高校生は違う物を連想してしまい、言い間違える怖れがある。

 どうするんだ。初対面の異性をクリスみたいな愛称で呼んでもいいのか、誰か聞けよ。


「なんじゃ、なんじゃ、お主ら、変じゃぞ?」


 ソースが隣の生徒に「だって、なあ」と声をかけ、そいつがまた隣に「なあ」と声をかけていく。

 全員がごっちゃんの追求するまなざしから逃げるようにして隣にスルーしていき、右端にいた俺のところまでやってきた。

 ごっちゃんが「なにを隠しておるんじゃ」と首をかしげている。

 女騎士も無言で「いいから答えなさい」とプレッシャーをかけてくる。


「あ、いや……」


 うっ。

 並んだふたりが少しずつ俺の方に寄ってくる。

 俺は左にいた塩を向いて「なあ」と逃げ場を求めた。だが、塩は首を正面に固定したまま視線一つ動かさずに俺をガン無視した。


 というかクラスメイト全員、軍人みたいに綺麗に背筋を伸ばして顎を引いて直立不動だ。

 完全に俺に押しつける気だ。


 くそっ。たまたま俺が端にいたからって、何でこんな目に遭うんだ。


 俺はじりじりと下がっていくが、ふたりは逃がすつもりはないようで、つかず離れずついてくる。


 らちが開かないから、正直に言うしかない。

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