12話 授業中に物を投げないで!

 ガラッ!


 教室前のドアが開いた。


「席につけ」


 女教師がハイヒールをカツカツ鳴らして教室に入ってくる。

 理知的な三角眼鏡の銀縁をキラーンと光らせる、タイトミニの女性。


 ごっちゃんだ。


 調味料四人衆は俺を解放すると、ささっと自分の席に戻っていった。

 ちくしょう。覚えていろよ。実技訓練でお前たちと組んだらボコすからな。


「今日は、異世界のお金について学習するわよ」


 ごっちゃんは黒板のかなり下の方にチョークででっかくGと書いた。背が低いから上まではチョークが届かないらしい。


「これは異世界のお金の単位『じー』よ。表記は基本的に、どこの異世界でもGなの。発音が『じー』でない場合でも、ごーるど、ごるごる、ごっずなど、お金を連想するような言葉になっていることが多いわ」


「何で、何処でもGなの?」


 あ。しまった。

 俺、助手ポジションなのに、つい質問しちゃった。


「良い質問ね」


 ごっちゃんは、しめたと言いたげに唇の端を吊り上げた。


「異世界は無数にあるの。その中には他の異世界と交流している世界もいくつかあるのよ」


 ごっちゃんが手招きしている。ジェスチャーを読み解く限り「黒板の上の方から書きたいから、腰を持ち上げてくれ」だ。


 俺は下心満載で、言われたように腰を持った。

 ほっそ……。俺の太ももを触っているんじゃないかってくらい、ほっそい。


「魔神の力を借りる魔法や召喚魔法では、毎回毎回、異世界とゲートを開くのは手間よね。異世界毎にゲートの利用方法が違うのも面倒なの。だから、統一機構ができたの。転移や召喚や言語などを統一しておけば、召喚される側に都合が良いの」


 女教師口調なのに、俺に高い高いしてもらっている状態なのがギャップ萌えだ。

 なるほど。ごっちゃんの腰、柔らいかなあ。掴みどころがないから徐々にずり落ちてきて、俺の両手がだんだん腰から胸へと近づいていく。

 

「この規格統一をしている団体は異世界スタンだあどおーがにぜーしょん。頭文字をとって、あいえすおーよ。異世界の実に八割が加盟しているの」


 なんか途中から発音がひらがなになってた。

 ごっちゃんはカタカナ苦手なー。

 ごっちゃんが「んっんっ」と両肘をパタパタするから、降ろした。あとちょっとで合法的に胸に触れられたかもしれないのに!


 両手に残る温もりの余韻に浸りたいのに、生徒の方に向きなおった瞬間、ものすごく殺意あふれる視線がいくつも突き刺さってきた。


 くそ、これで何度目だ。ごっちゃんに触れるたびにクラスメイトに刺されていたら、そのうち俺はアニメのチーズみたいに穴ぼこになっちゃうぞ。


 授業はその後、ISOが管理している規格についての説明になった。

 武器や防具など、俺たちが特に準備をしなくてもよい物が分かった。無数に在る異世界が、まさか裏で繋がっていて、規格の統一団体があったなんて……。

 異世界にじゃがいもが普及していたり、マヨネーズを作る材料がそろっていたりするのは、ISOのおかげらしい。もちろん、ステータスオープンもだ。

 銅貨100枚、銀貨10枚、金貨1枚のレートもISOらしい。頑張ってんなあISO。


 助手ポジションだけど、まあ実際の俺は単なる生徒だし、授業に聞き入ってしまった。


 俺とごっちゃんが黒板を向き、生徒たちに背中を晒していると、消しゴムの欠片というか、まるごと消しゴムが飛んできた。


 俺はこうなることを予期していたので事前にスキル『リフレクトテリトリー』を使用しておいた。

 闘気が薄く俺の全身を覆っている。

 これは、一定の攻撃力以下の遠距離攻撃を相手に跳ね返すというスキルだ。一般兵の放つ弓矢くらいなら、そっくりそのまま跳ね返せる。


 背後から「ぐあっ」というケチャップの声がした。犯人はお前かよ……。やたらとごっちゃんの幼い容姿に並々ならぬ関心を抱いていたからな。


 いや、犯人はひとりだけではなかった。

 連続して消しゴムが飛んできた。


「うぐっ」


「ぐあっ」


「ぎひいっ」


 次々と背後から汚いダメージボイスが聞こえてくる。


 おいっ! 何人が俺に物を投げつけているんだよ!

 というか、みんなガッツあるな。最初のひとりがカウンターを喰らった時点で、諦めろよ!


「くっ! 跳ね返ったコンパスの針が額に突き刺さったくらいのことで……ッ!」


 誰だよ! スゲえガッツだな、重傷だろ!

 その闘志は、異世界で発揮しろよ。使いどころは今じゃねえよ。


「みんな、力を合わせるんだ。ひとりひとりの力は弱くても、俺たちの力を一つに集めれば、どんな凶悪な敵だって倒せるはずだ! 同時攻撃でアイツの反射スキルを打ち破るんだ!」


 聞こえてるぞ!

 さすが異世界に召喚されるだけあって、随分と立派な協調性だよ。それを、なぜ、俺に向ける……!


「――というわけよ」


 ごっちゃんが板書を終えて振り向くのに合わせ、俺も、何も気づいていないそぶりで生徒たちの方を向く。ギリギリのところで一斉攻撃は中止になった。


 うわー。ひくわー。


 醤油はでっかいたんこぶが額の中央に膨らんでいた。どんだけ全力で消しゴムを投げたんだよって感じだし、額にコンパスが刺さったロリコン野郎ケチャップには、もう何も言うまい。


 みんな何かしらの被害を負っているようだが、塩だけは無傷だ。俺の視線に気づいてにこにこと笑っている。


 俺がごっちゃんに救いを求める視線を向けると、事情を察しているのか、いないのか。


「うむ、元気でよろしい」


 ごっちゃんは満面の笑みを浮かべた。

 よろしくねーよ。学級崩壊じゃねーか!

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