4話 異世界転移訓練学校

「説明、聞いておらなんだろ。じゃじゃん! マイ・パッドじゃ」


 ごっちゃんがポシェットから取り出したのは、でかいタブレット端末だ。A4ノートくらいのサイズだけど、ポシェットよりデカない?


 ごっちゃんは自慢するように角度を何度も変えながら見せつけてくる。


「ほれ、ほれ。にぎがのだいようりょうの、はいてくめかじゃ。見たことある? 見たことある?」


 発言がひらがなっぽい……。自慢げだけど、それ、もう三年くらい前に見た機種だわ……。

 っていうか、2ギガってしょぼ……!

 俺が中学時代に中古で買ったタブレット端末でも20ギガ以上あった気がするぞ。


 俺達が話し合っていると、周囲にいた男子達が群がってきた。


 それを、ごっちゃんが「お主たちは寮に荷物を置いてから教室に集合じゃ」と追い払う。


 どうやら、大半の生徒たちは移動しているようだ。


 俺のクラスだけが残っていたようだ。すまん。俺が団体行動を乱してしまったようだ。


 ん? というか、ナチュラルに「俺のクラス」とか考えていたけど、ここにクラスという概念がある? ここ、やっぱ学校なのか?


「いまの説明な。むーびーに撮ったのじゃ。遅刻者のお主に見せてやるんだよ。むふーっ」


 発音がむー(↑)びー(↓)だったし、操作する手つきがたどたどしい。


 ディスプレイにはかなりでかいアイコンがあるのに、ごっちゃんの指はタッチする時間が短いのかスライドするのが早すぎるのか、なかなか目的の操作をできないでいるようだ。

 いったい、なんなんだろう、この状況。

 ごっちゃんの頭にある銀細工の鳥が焦ったように、わたわたと体を揺らしているのだけが異世界っぽい要素。銀細工の鳥は、ごっちゃんの感情と連動しているのだろうか。


「むう……。待っておれ。すぐむーびーを再生するからな。こんなめか、ワシにかかれば、ちょちょいのちょいじゃからな。心配するでないんだよ」


 ごっちゃんは笑顔だが、口の端がややひきつっているし、こめかみのあたりから、脂汗がうっすらと浮かんでくる。上手くいかずに焦っているのか、指がぷるぷる震えて、ますます操作がおぼつかなくなっている。


「む。むにゃー。く、くにょー」


「あー。ごっちゃん、ちょっと、貸して」


「ごっちゃんです!」


「ごっちゃんです!」


 元気よく言われたから、思わず鸚鵡返ししてしまった。


「その機種なら、使い方が分かるから貸して」


「む。むむ。そんなに、このはいてくめかを触りたいというのなら、特別じゃ。壊しちゃ駄目じゃぞ。大事じゃからな。ういるすとかすぱむとか駄目じゃぞ!」


 タブレットを持ち上げてしまったらごっちゃんが覗けないだろうと思い、俺は運動場に座ることにした。尻が汚れるけど気にしない。


 ごっちゃんが俺の両肩に手を置いて真後ろから覗きこんでくる。髪の毛が垂れてきてくすぐったい。

 あ、桜の花みたいないい匂いがする……。っと、嗅ぐな、嗅ぐな、痴漢か。


「さっき撮った動画を再生するんだよな?」


「うん。校長の説明を撮ったむーびーがあるのじゃ」


 タブレット端末なんてどれも操作方法は同じだろうし……こうすれば……ほら、動画があった。

 再生した動画には、ごっちゃんの顔が映っていた。


「あれー? なんで、ワシ、映っちゃった?」


 あー。前面カメラと背面カメラを間違えて録画したのか。俺も同じ失敗したことある。


『ここは異世界転移訓練学校である』


 映っているのはごっちゃんだけど、おっさんの声がした。ごっちゃんが「校長じゃよ」と補足する。


『諸君は異世界に召喚された若者だ。異世界に行く前に、ここで一か月間、教育と訓練を受けてもらう。これは、諸君が最初に遭遇したザコモンスターに殺されないようにするためでもあるし、飯すら買えずに餓死したりせんようにするためでもある。異世界に召喚されたら、努力しなくても強いなんてことはない。覚醒して強くなるための下地は、この異世界転移訓練学校で訓練して身につける必要があるのだ! お主達は、今は何処にでもいる平凡な若者だ。だが、一か月の訓練の後に、世界の救世主になれる資質を秘めておると、私は確信する!』


 細かいことは担任に聞くのだという締めの言葉で動画は終わった。

 上から覗きっぱのごっちゃんにタブレット端末を返す。


「異世界に行く前に必要な教育と訓練をしてくれるっていうのは分かった。で、何で学校なんだ? ここ、日本の学校っぽいけど?」


「うむ。ここは異世界に召喚された者の中でも、日本人専用の教育施設じゃからな。お主らに過ごしやすいような外観や内装になっているのじゃ。隣には、社畜用の学校もあるが、デザインはオフィス風なのじゃ」


「なるほど」


 うーん。ごっちゃんの容姿は年下っぽいんだけど、言動から察するに、どうもこの不思議な学校の教師っぽい。

 もしかして、年上なのかな? 教師っぽいし、敬語を使った方がいい? 年下の女子のような気もするし、つい、敬語とタメ口が混ざってしまう。


「少し移動すれば、悪魔やモンスターがうじゃうじゃぎょーさんたむろしておるところもあるのじゃ」


「悪魔? 悪魔やモンスターも生徒なのか?」


「うむ。奴等も人間と同じように召喚されたり転生したりしておるでな。ここのライバル校で、魂と力とを交換する契約の概念やら、種族ごとの戦闘方法などを教えておるんじゃよ。なんでも最近はオークやゴブリンの実技授業が大人気で、教師も大変らしいのじゃ」


「ゆっくり教育なんかしていたら、俺たちを召喚した人は困るんじゃないか? 訓練期間、一か月って言ってたよな?」


「問題ないのじゃ。この世界は時間の流れが非常に遅いんだよ。他の世界に比べると、ほとんど止まっているんだよ。みんなは召喚された時間に異世界へ行くことになるんだよ! 記憶が消されるので、主観では召喚されたら即、異世界になるから、この世界などなかったことと一緒じゃ」


「じゃあ逆に訓練が一か月って短くない?」


「学校全体に訓練効率が上がる魔法がかかっているから問題ないのじゃ。それに、人によってはこの世界にいるうちに神様とコネを作って、とんでもチートスキルを貰ったりするのじゃ」


「ごっちゃんは小っちゃいのに偉いなー」


 俺がごっちゃんの頭をなでなでしていると「やめるのじゃ!」と手を叩かれた。


 やばい。妹と似ているから、つい手が出てしまった。あまり怒っているわけではなさそうなので、一安心。


「もう、教師の頭なでなでなんて、厳重注意じゃよ?!」


 ……ん?

 異世界に転移する人間が事前に訓練するっていうなら、もしかして俺って、記憶が消えているだけで、この世界は二回目?


「二回も異世界に転移する人っています?」


「普通は一回じゃよ? 特に最近は異世界に住みついちゃうパターンが多いしのう……。お主みたいに日本に帰る方が激レアじゃ」


「みんな普通の高校生?」


「そうじゃよ。ワシはA組、通称「何処にでもいる普通の男子高校生」クラスの担任じゃ」


 なるほど。二週目の俺が学校でチートする展開か。

 よし、俺が既に世界を救えるくらい強いことは実技の授業まで内緒にしておこう。


「うむむ。お主、自分だけ二週目で楽ができるとか、考えておるであろ。そうはいかぬのじゃ。成績優秀者は学級委員長として、わしのお手伝いじゃ」


「分かった。美少女の頼みは断れないし。手伝うよ」


 こうして、俺は異世界転移訓練学校の模範生徒として通うことになったらしい。

 ワンチャン、授業の準備をするときに教師と二人きりになってちょっとエッチなイベントが……。わくわく。

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