一章:ごっちゃん先生登場だよ!

3話 ごっちゃんです

 界境の長いゲートを抜けると学校であった。世界の果てが黒く染まっていた。

 俺は黒い行列の最後に現れた。黒いのは学生服だ。


 このように、つい、中学時代に習った川端康成を思いだしてしまうくらいには、ゲートを通る時間は長かった。落下していたはずなのに途中からは、前に引っ張られているような感触すらあった。

 そして、不思議な光景が一瞬で、高校の朝礼といった景色に変わったのだ。


 空は明るく空気は澄んでいて朝っぽい雰囲気で、校舎や体育館らしき建物が在る。

 運動場には、大勢の学生が並んでいるから、朝礼にでも紛れ込んだのだろうか。


 というか、俺もいつの間にか制服を着ている。よく見ると、通っている高校の制服とはデザインが違う。なんだ、これ?

 異世界の学園に転移した?


 でも、異世界感がまったくないのだが、もしかして、日本に転移したのか?

 前回は森の中で、ゴブリンに襲われている馬車の目前に転移したから、いかにも異世界だったんだけどなあ……。


 運動場にいるのは全部で三百人くらいだろうか。

 みんな何をしているのかと思えば、前の方で誰かが喋っているのを聞いているらしい。やはり朝礼か。


 行列の隙間から窺う限りでは、教師っぽい人が何人かいるようだが、人垣のせいではっきりしない。


「というわけで、解散。各自、担任の指示に従うように」


 俺が聞き始めたのはちょうど終わりがけだったらしい。


 んー。

 異世界に来たんだよな?

 俺の通っていた高校とは違うけど、なんか、ここ『学校』と聞いたら頭に浮かんでくるような、典型的な日本の学校にしか思えないぞ。


 何か異世界から召喚された的なノリだと思うんだけど、違うのか?


「こら。そこの遅刻者。いったい、どれだけワシを待たせれば気が済むのじゃ」


 背後から女の子の声が玉のように弾んできた。

 耳をくすぐる声に惹かれて振り返ってみるが、誰もいない。

 そりゃそうだ。俺は列の最後尾に現れたんだし。


「そういう、お約束のボケはいらんのじゃ。お主を呼んだのはワシじゃ」


「ん?」


 ちょっと低い位置から、愛嬌たっぷりの潤んだ瞳が見上げてきた。

 その姿を見た瞬間に俺は軽く混乱したからスキル『並列思考』で、「驚愕と混乱をする思考」と、「少女を観察する思考」に分ける。


 少女のを一言で表すならソシャゲのロリキャラ。

 空色のドレスには、白いフリルがたっぷり。

 銀細工のリボンだろうか。髪飾りにしては大きい銀色の蝶が頭部で、陽を反射している。どういう仕掛けなのか、蝶の羽は飛び立ちかねないほど元気よくパタパタと動いている。

 というか、蝶のアクセサリと服装以外は、非常に見覚えがある。

 並列思考の方の混乱も治まってきたから、改めて、少女の第一印象について考えよう。


 俺の妹そっくり。

 JK版って感じだ。

 妹が三年くらい成長したら、この子になる気がする。


「ごっちゃんです」


 力士っぽい挨拶をしてきたので、俺も反射的に「ごっちゃんです」と返す。

 いや、それにしても、雰囲気が似ている。


「ごっちゃんはワシじゃ」


 もしかしてさっきの「ごっちゃんです」は挨拶じゃなくて自己紹介だった?


護国ごこくまいじゃ。護国じゃから、ごっちゃんです」


「ん、ああ、俺は赤井あかい流星りゅうせいだ。赤い彗星とは間違えないでくれ」


「間違えるわけないのじゃ。赤井流星、十六歳じゃろ。赤井だから、赤ちゃんじゃ」


「それは、違うな」


「じゃあ、流星と呼ぶのじゃ」


 ううむ。何で俺の名前を知っているのかとか、ここは何処とか貴方は誰とか、お嬢ちゃん可愛いねパンツ何色とか、いろいろと聞きたいことがあるのに、つい相手のペースに乗ってしまう。

 だって、ごっちゃんが喋るたびにニパッと微笑むから、ついこっちも頬が弛んでしまうのだ。

 出会ったばかりなのにもう気づいたんだけど、ごっちゃんは先ず三割くらいの笑みを作ってほんの数瞬停止する。そして、十割のふわふわ笑顔が花開く。

 なんというか「あ。笑顔になりそう」とこちらが期待する時間が強制的に作られてしまうのだ。

 で、期待通りの笑顔を見れて俺がほんわかしている間に話しだすから、なかなかこちらから口を挟みにくい。


「遅刻じゃー。とんでもない遅刻じゃよー」


「えっと、すみません?」


「まあ、お主は知らないことじゃから、あまり強く責めるわけにもいかんしのう」


「だよな」


「なんじゃ、さっきから妙にそわそわして。ワシが可愛すぎて緊張する?」


「えっと……」


 図星です。

 だって……俺の架空の妹は、理想の女子の外見を妄想していた。スキル名だって『千変万化の理想』というくらいだし。

 ごっちゃんはまさに俺の好みすぎるから、緊張しちゃうのだ。異世界で何人もの女性に迫られても平然としていられたのに、どうもごっちゃんが相手だと調子が狂う。

 二段階笑顔とか、至近距離からの上目遣いとか、喋るときにちょこんと首を傾げるところとか見ていると、もう抱きしめたくなってくる。結婚してくれ……。


「なんかニヤニヤして、気持ち悪い顔になっておるぞ」


「あ、いや、ごめん。念のための確認だけど、ごっちゃんは俺のスキルでできた妹じゃないよな?」


「何を意味不明なことを言っておるのじゃ? ……というか、妹を作るスキルって何?!」


 不味い。誤解されたら変態だと思われる。

 とりあえず話をそらそう。


「あのう。それで、俺、遅刻しちゃったから……。いったい何の話をしていたのか分からないんですよ。というか、ここにいても良いのかすら分かっていないというか、なんというか。ここ、何処?」


「しょうがないのー。しょうがないのー」


 ごっちゃんは得意げな笑みを浮かべてから俺の真横に張り付き、脇腹を肘でぐりぐり押してくる。

 ほんと、ちっこいなー。俺のあごより下に頭があるぞ。

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