2話 妹のお尻を足先でふにふにするぞ!

「帰ったぞ」


 一部屋しかない貧乏アパートの自室に帰った俺がドアを開けると、ベッドに寝そべっていた妹から「んー」という生返事。携帯ゲーム機から顔を上げようとすらしない。

 俺は妹の腰をお尻で押しのけてスペースを作って座る。


「返事くらいしろよ。くっそ寒いのにわざわざ遠回りしてアイス買ってきたんだぞ」


「んー。なんか言ってる? 聞いてないよ。いま忙しい」


「通学路の途中にあるそこのコンビニで、トラックにはねられそうになっている子供を助けたぞ」


「んー」


「聞けよ。アイス溶けるぞ」


「んー」


 ゲームに集中しすぎて、まったく聞こえていないようだ。俺は無理やりにでも反応させるため、スカートから伸びている太股に、いま買ってきたアイスを当てた。こんなに寒いのに、こいつ、よく足を丸出しにしているな。


「きゃっ! 冷たっ! わっ! あっ。馬鹿! 死んだじゃん!」


 悲鳴とともに、ようやく妹が起き上がった。

 おでこが広くて目がまんまる。鼻はちっちゃく、愛嬌のある顔をした妹。可愛い。妹じゃなかったから抱きついちゃうな。


「いきなり何すんの!」


「いきなりじゃないし、アイスが溶ける」


「……食べる」


 アイスは人類から言葉を奪う。俺達は暫らく、ふたり並んで無言でアイスを食した。

 俺としては、まだ四月になったばかりだから買いに行くのも食べるのも寒くて辛いんだけどな。でも、まあ、美味しそうに食べてくれたから、よしとするか。


「兄ちゃんのせいで死んだんだから、狩り手伝ってよ」


「招待送って」


「ん-」


「でもさー、言うて俺、狩りゲーはあんまり得意じゃないし。マフィアになって暴動する方が好きなんだが。ほい。参加したぞ。って、おい、ゲルモドスって最初の中ボスだろ。こんなので苦戦とかねーし。お前、ほんと、下手だな……」


「下手じゃないし。得意だし」


 妹は座ったまま不格好に、でしっでしっと俺を蹴ってくる。股関節やわらけえなあ! 猫かよ! スカートが短いせいでパンツが思いっきり見えてるし、少しは恥じらえよ。


 俺が妹のキックを振り払おうと手を振ったら、スキル『ラッキースケベ』が発動し、何がどうなったのか、もつれ合ってベッドから落下。

 倒れた俺の顔面に妹が座ってきた。


 むにゅんっ……。


 股関節やわらけえなあ!

 あ、いや、股関節というか股間……。ふごふご……。


「ちょっと! また『ラッキースケベ』使ったでしょ! 信じらんない! 動くな! 息止めろ! 失明しろ!」


 俺の顔面からささっと離れた妹はスカートを抑えながら何度も踏みつけてくる。


「待て! やめろ! 俺だってこんなスキルいらねーよ。けど、自動発動系のスキルなんだから、しょうがないだろ!」


 異世界でもこのスキルのせいで散々苦労したんだ。女魔将軍相手に発動して魔王軍の男から恨みを買うし、亜人街では一歩ごとに淫魔の胸に顔からダイブしたし。つうかこれ、スキルというより呪いじゃないのか?


 自動発動設定をオフにしても、気づいたら、オンになっているんだよな。最新Wind〇wsの〇ne Driveかよ。


 しばらくして妹はピタッと攻撃を止め、目を丸くして首を傾げる。


「これ以上やって、兄ちゃんが変な趣味に目覚めたらどうしよう」


「心配するな。顔を踏まれながらパンツを見たが、少ししか嬉しくなかったぞ。またこんど頼む」


「あっ、もう……」


「ほら、ゲルモドス討伐ミッション再挑戦するぞ」


「ん。今日の目標はソードラビット装備用の素材コンプだからね?」


「おう」


 俺は妹のステータスを確認して驚愕。思わず「げっ」と声を漏らしてしまった。

 通常はLv3くらいで突破する最初のステージなのに、Lv20まで上がってる。

 こいつ、どんだけ、ゲルモドスにやられてんだよ……。


 俺たちはクエストに必要な道具類を整え、ゲルモドスの生息地へと向かった。


「俺が前衛で敵を引きつける。攻略する楽しみを味わってほしいから、倒すのはお前だからな? 俺はタゲ取りとかお前の回復とかで援護するから」


「うん」


「よし。タゲ取った。このまま俺がヘイト買う。お前は安全なところでトラップの準備しろ」


「ん。了解。あ。そうだ。『ドラクリ』の中に入るスキルとかないの?」


「ゲームの中に入るとか、異世界に転移するとか? そういうのはないな」


 俺には最強無敵のスキル『スキル創生』という、スキルが勝手に増えていくスキルがあるから、そのうちそういうスキルも目覚めるかもしれないが、今のところはない。

 危機に陥るたびに、新しいスキルに目覚めるんだから、異世界での俺はほんと無敵すぎた。魔王軍との戦い、懐かしいなあ。七大将軍の半分とはまだ決着がついていないんだよな。魔王は倒したけど、今頃異世界はどうなっていることやら。


「あっ。あっ。早く回復! 遅い! 何やってんの兄ちゃん!」


「すまん。考え事してた。つか、待て。なんで前に出てきたんだよ!」


「だってメイス強いもん!」


「いやいやいや、振るの遅いし獣型相手だと不利だろ!」


「いける。いけるって。殴って殴って! 悲鳴上げてるじゃん! 死ぬでしょ、これ死ぬでしょ!」


「死ぬのお前だ! 俺が回復薬投げまくっているから死んでないだけだぞ!」


「いいから殴って殴って! ほら! ほら! やった! 倒した」


「マジかよ。ここ、トラップで足を止めて背後から急所を攻撃して殺すことを覚えるためのチュートリアルだぞ。正面からメイスで殴り殺す馬鹿、初めて見た……。つか、倒せるのかよ」


「もーっ。兄ちゃん、大好き!」


 妹はゲーム機をベッドの上に放り、俺の首に飛び付いてきた。さらに、ほっぺにちゅちゅ、ちゅっちゅと何度もキスをしてくる。


「お前、兄ちゃんのこと好きすぎだろ。ブラコンにもほどがあるぞ」


「はあ。違うし」


 驚異的な速度で離れた妹は鼻のてっぺんまで真っ赤に染まる。


「ゲルモドスの角が手に入って嬉しかっただけだし……」


 拗ねたように口を尖らせているのが、我が妹ながら可愛い。

 ――もし中学校に通っていれば、さぞモテたことだろう。


 頭でも撫でてやろうかと思ったら、スキル『千変万化せんぺんばんかの理想』の効果が切れて、妹は空気に溶けるようにして消えてしまった。


 ……ああ、そうだよ、妹なんていねえよ!


 俺が産まれてすぐに両親は亡くなっているから、妹も弟もいねえよ。


 スキル『千変万化せんぺんばんかの理想』は、俺が最初に覚えたスキルだ。

 異世界に転移して、ひとりぼっちで寂しくて、不安で怖くて「誰か助けてほしい」と願ったときに妹が出現したのだ。

 そういや、異世界でも妹はメイスで敵を殴ってたな。女騎士や女魔法使いがドン引きしてた。


 むなしい……。


 妹とイチャイチャしても、それはスキルで創りだしただけの存在だ。


「俺、強いし、もう一度くらいなら異世界を救ってもいいんだけどな。生き残りの七大将軍を倒すまで異世界に残っていてもよかったんだぞ? なんで日本に帰ってきたんだろう……」


 そんなことを考えていた翌日、俺は異世界に転移することになる。


 あまりにも唐突すぎたんだけど、朝、目が覚めたら部屋のドアが光ってた。

 窓からも朝日がサンサンで部屋が黄金郷の様に輝いている。


「は?」


 ドアは、いかにも異世界に通じているという雰囲気だ。

 前回は新米冒険者としてスタートしたけど、今回は強くてニューゲーム状態だから、異世界で無双チートできるのか?


「とりあえず、異世界に行く前に石鹸やマヨネーズの作り方を調べておくか」


 武力で解決できる世界に転移するとは限らないしな。前回はラノベ知識でマヨネーズを作ればいいと閃いたが、作り方を知らなくて苦労した。料理屋でも開いて金を稼ごうとしたが、料理なんてできないし。


 現代知識で無双するには何が必要だ?

 野菜の種でも持っていくか?

 図書館で軍事関係の本でも借りてくる?


「せっかくだし、準備はしておきたいよな。とりあえず顔でも洗ってから、じっくり調べるか。このドアを通ったら異世界だろうし、窓から外に出て玄関から入りなおすか」


 俺は光るドアを無視し、窓から一階に飛び降りた。

 そして、いつまで経っても地面に着地しない。


「しまった。窓の外も異世界に繋がっていたか……」


 こうして周囲は真っ暗になって、俺は長い浮遊感を味わう。どうやら二回目の異世界に転移するらしい。

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