第14話 死にたい……
不思議な夢を見ていた。
何もない真っ暗な空間に、私は1人で漂っている。
いや、1人ではない。
もう1人、小さな女の子が私のそばに漂っている。
日本人形のような長い黒髪が印象的な、大人しそうな子だった。知らない子なハズだけど、どこかで見たことがあるような……?
彼女は、泣いていた。私はじっと、彼女が泣き止むのを待った。
どれくらい時間が経っただろうか。女の子は、泣き腫らした目で、私を見た。
「あなたは、悲しくないの?」
「悲しい? どうして?」
「あなたは、死んじゃうかもしれないんだよ?」
あー、そういや、そんなこともあったな。やべ、忘れてたよ。ということは、ここは三途の川的な何か?
「そりゃ、死んじゃうのはイヤだけど。でも、もしこのまま死んじゃったとしても、まあ、私の人生、けっこう幸せだったと思うから、悲しくはないかな」
彼女は、信じられないものを見るかのような目で、私を見る。あー、この目。腐ったこと言った時とか、よく薫くんにこういう目で見られてたなぁ。てへ。
「私ひとりだけ世界から取り残されて、辛くて、全部憎くて、死にたいって思ってたのに。でも、いざ本当に死んだら、こんなにも寂しくて、悲しくて、怖いなんて……」
女の子は、また、ハラハラと涙を流す。
「死にたかった私ですら、こんなに悲しいのに、どうしてあなたは、そんな平気な顔をしてるの?」
「いや、だって私、死ぬつもりないし。ほら、薫くんが呼んでるでしょ?」
遠くから、薫くんが私を呼ぶ声が聞こえる。
「ほら、『亜依、亜依、俺だ、薫だ! ここにいるぞ、亜依!』って」
女の子の表情が、悲しみから憎悪へと、変わる。
「そんなの、許さない。私だけが不幸だなんて、許さない」
大袈裟だなぁ。君より不幸な人なんて、世の中いくらでもいると思うけど。
大体、なんでこの子、私に粘着してんの? そもそも誰やねん、君。
でも、アレだな、きっと、この女の子に取り憑かれたら、いわゆる「あっち側」に連れてかれるパターンだな。こんなベタな展開、今どきラノベでもやらないぞ?
逃げようか……いや、それとも、いっそ、ぶちのめしちゃう? うん、殴り倒した方が、手っ取り早そうだな。
私の思考が分かるのか、女の子が、引き攣った表情で後ずさる。
やはり暴力……!! 暴力はすべてを解決する……!!
まぁ、とは言え女の子だし、顔はやめといてあげようか。うん、腹パンだな!
拳を握り締めたところで、女の子と私の間に、また別の人影が、フッと現れる。
新手かっ?! いや……!
浴衣姿の完璧美少女(男)、うさぎちゃん姿の薫くんじゃないですか!
私は、殺る気満々モードから、乙女モードに秒で切り替える。我ながら、振り幅すげえ。
薫くんは、私を守るように、女の子を無言で睨みつける。
すると、女の子は、悔しそうな、でも、何かホッとしたような表情をしたあと、スーッと消えていった。
命拾いしたな。あ、もう死んでるか。
それにしても、さすが私の薫くん! 完璧美少女(男)って、除霊機能も付いてたんだなぁ。知らなかったよ、素敵っ!
ああ、それにしても。
「薫くん、浴衣姿、カワイイ……」
眼福だ。私まで成仏しそう。
あ、でも、薫くん、メイクしてないじゃん。いかんいかん。私が薫くんを完全体にしてあげなくては!
「薫くん、お化粧して、もっと可愛くしてあげるからね? ぐへへ」
そうそう。死んでる場合じゃないや。薫くんと浴衣着て、お祭り行って、花火見て、動画も作って。楽しみだなー!
気が付くと、何もない真っ暗な空間は、色鮮やかな光に満たされていた。
あ、きっとコレ、私の生存フラグ、立ったっぽくない?
亜依さんのしぶとさ、なめんなよ?
え? ゴキブリ並み? 失礼だな。
ドヤ顔のまま、私の意識は、この「はざま」みたいな空間から離れていった。
「知らない天井だ」
私は、ぼんやりと天井を眺めている。
まだ、頭がうまく回らない。何か、夢を見ていたような気もするけど、思い出せない。
多分、ここは病院なのだろう。
ということは、私は生き延びることができたのかな。
あー、でも、残念ながら、私の右目と右手は、なくなっちゃったのか。困った困った。
私の意識が戻ったことに気が付いたのか、看護師さんが慌てたようにやってくる。
「一之宮さん、聞こえますか?」
「は……い……」
声がうまく出ない。
「自分のお名前は言えますか?」
「一之宮……亜依……です」
「生年月日は言えますか?」
「2004年……12月……7日……です」
「大丈夫そうですね。今、先生を呼んできますね」
看護師は、踵を返し、部屋を出ていく。
たったこれだけしゃべっただけなのに、疲労感がある。そりゃそうか。アレだけの重傷だ。我ながら、よく生きてたな。痛いのガマンして止血した甲斐があったってもんだ。
しばらくして、医師が部屋にやってきた。
「一之宮さん、麻酔が効いてるはずですが、もし痛むところがあったら言ってください」
私は、首を横に振る。
「一之宮さんの隣の部屋で、ガス漏れによる爆発事故があったんです。あなたはそれに巻き込まれて、怪我をされたんです。48時間ほど、意識を失っていました」
ガスの事故かー。正直、勘弁してほしい。酷い目にあったじゃないか。
「言いにくいことですが、怪我の程度はかなり重いです。いくつか、障害が残ることになります」
まあ、そうだよね。やっぱ、これからの人生、ハードモードになっちゃいそうだな。まあ、生きてるだけで丸儲けか。
「我々も、治療に全力を尽くします。リハビリ次第では、日常生活での支障を小さくすることもできます。がんばっていきましょう」
私は、小さく頷く。起きちゃったもんはしょうがない。やれることをがんばろう。
そんなことよりも、確認しないといけないことがある。
「薫……くん……無事……?」
「薫くん?」
医師には、心当たりはなかったようだ。そばにいた看護師が、答えてくれる。
「付き添っていてくれた、彼のことですね。大丈夫ですよ。彼は事故に巻き込まれていません。事故のあと、手術が終わるまで、ずっと付き添っていてくれたんですよ」
自然と、涙が溢れた。
「良かった……無事……」
ずっと、付き添っててくれたんだな。心配かけちゃったな。きっと、私が生き延びることができたのは、薫くんのおかげだ。
ああ、薫くんに会いたいなぁ……あ、看護師さん、もらい泣きしてる。この看護師さん、カワイイなぁ、お持ち帰りしたい、ぐへへ。
「1週間ほどは、ICUにいることになると思います。その間はご両親との短時間の面会を除き、面会謝絶です。一般病棟に移った後は、通常の面会もできますので、少しの間だけ我慢しましょう」
ん……? 両親……?
はっ! やべっ、完全に親のこと、忘れてた!
ゴメンナサイ、お父さん、お母さん。私、薫くんのことしか考えてなかったわ……。アカン、私、かなり親不孝者じゃね?
うーん、これは……うん、内緒にしておこう。そうしよう。内緒のまま、墓場まで持っていこう。まあ、ついさっきまで、本当に墓場に行きかけてたんだけどね。
それにしても、1週間かぁ……長いなぁ。そんなに長く薫くんに会わなかったら、禁断症状が出て、手が震えそうだ。
「意識が戻ったことは、ご両親にも連絡しておきますね。きっと、ご安心されるでしょう」
「は……い、ありがと……」
あぁ、ちょっとしゃべっただけで、なんか疲れちゃったな……眠くなってきた。麻酔も効いてるもんな……。とりあえず……生きてて……よかった……。
私はまた、深い眠りに落ちた。
結局、ICUにいた丸1週間のうち、私は半分以上の時間を眠っていたと思う。まぁ、やること、というか、できること、全くないしね。動けないし。
麻酔が効いていたので、覚悟してたよりは痛みは感じなかったけど、頭はぼーっとするし、すぐ眠くなるし、お風呂には当然ながら入れないし、ご飯もなしで栄養補給は全部点滴。お医者さんや看護師さんはとても良くしてくださったので大変申し訳ないんだけど、正直、快適とは程遠い状況だった。
2回目に意識が戻ったときに、ほんの数分だったけど、両親と話すことができた。お父さんとお母さん、泣いてたなぁ……言えねぇ、親のこと、忘れてたなんて言えねぇ……。心配かけてごめんね。
あ、お父さん、薫くんのこと、褒めてたな。優しい、いい子だって。へへへ、なんか、嬉しいな。私より先にお父さんを落とすとは、なかなかやるな、薫くん!
翌日にICUから一般病棟に移れるという日の面会の時、私はお母さんに、薫くんへの伝言を頼んだ。
「お母さん、薫くんに伝えてほしいんだけど……もし面会に来てくれるとしても、前期試験が全部終わってからにして欲しいって」
「あら、今、試験期間中だったのね。でも、薫くん、あなたにとても会いたがっていたけど」
ううぅ、薫くぅーん……。薫くん成分が枯渇して、禁断症状ががが。でも……。
「うん、私も早く会いたいけど、試験の邪魔をしちゃうのは申し訳ないし」
「分かったわ。そうね、そういう風に伝えておくわ」
「ありがとう。あのね、お母さん、私、前期試験受けられなかったから……ごめんなさい、いきなり留年、確定しちゃった」
「それは、しょうがないわよ。あなたのせいでもないんだし、気にしないで」
「ただでさえ一浪させてもらったのに、ほんとゴメン」
「それは心配しないで。今は、早く良くなることだけ考えなさいな」
ありがとう、お母さん。でも、親類とかでゴチャゴチャ言う人、絶対いるんだろうなぁ……。めんどくさっ。
「あ、そういえば、言い忘れてたけど、この間、現場検証が終わったとかで、あなたの部屋に物を取りに入る許可が下りたから、無事だった服とかは、こっちで私が借りているウィークリーマンションの方に移しておいたわよ」
ん? んん? 現場検証……? ってことは……見られたのっ?! 私の同人誌(R18)コレクションがっ! 警察のみなさまにっ?!! ヤバばばばば……い、違法なのはなかったはずだけど……恥ずかしすぎるっ!
「え、えーっと。お母さん? ひょっとして、見た……?」
「なにを?」
あ、これ、絶対分かっててイジワル言ってる顔だっ!
「え、えーっと……」
「あなたが何を心配しているのか、お母さん、さーっぱり分からないなぁ? あ、もーし、床に散らばってたマンガみたいな本を心配しているなら、ほとんどがバラバラになっちゃってたんで、悪いけど捨てておいたわよ」
ほっ……。コレクションがお亡くなりになったのは残念だけど、バレるよりはマシ、か。
「あ、そうそう。無事な本も何冊かあったから、お父さんが整理して、とりあえず仙台に送っといたわよぉ。お父さん、本を見ながら、なんか、『ほほぅ』とか、『そうくるかぁ』とか、ブツブツ言ってたわねぇ」
「ぎゃー!!!」
ち、ちち、父親に、R18のBL同人誌コレクションをチェックされてしまった……ッ。なんで私がこんな辱めを……。ダメだ、死のう……。もう生きていけない……。今回の被害の中で、これが一番手痛いかもしれない……。
傷心の私をニコニコと眺めながら、お母さんが言う。
「それでね、あなたのお洋服、薫くんが撮影に使う時は、貸してあげちゃっていいのよね?」
「あ、うん、それはもちろん。でも、私がこんなんになっちゃったし、薫くん、動画の製作、続けるのかなぁ?」
「あ、それは、彼、頑張るって言ってたわよ」
そっか。薫くん、頑張ってくれるんだ。自然と、私の表情は緩む。
「じゃあ、あなたのお洋服、トランクルーム借りてそこに入れて、鍵は薫くんに預けちゃうわね。その方が、彼も自由に使えて便利でしょう。あと、スマホとパソコンは壊れちゃってるみたいだから、新しいの買っておくわね。同じ機種でいいわよね?」
「うん、助かる。ありがとう、お母さん」
「ううん、気にしないで。あら、そろそろ面会の時間、終りね。じゃあ、明日また、手伝いに来るから」
「ありがとう、また明日ね」
はぁ……。今度お父さんに会ったとき、どんな顔すればいいんだ……?
死にたい……。
一般病棟の個室に移って5日。今日で薫くんの前期試験が終わる。試験が終わった後、お見舞いに来てくれることになっている。
お母さんは気を利かせてくれたのか、「ちょっと荷物を取ってくるわね」と言って、さっき病室から出て行った。
薫くんに会えるのは、もちろん、嬉しい。でも、不安もある。
こんな身体になっちゃったんだもん。きっと、もう、薫くんは、私のことを恋愛対象としては見てくれないんだろうな。それは、覚悟しておかなきゃなぁ。
うー、怖い……。
怖いけど、私が薫くんの足枷になっちゃ、ダメだ。そもそも、付き合ってた訳でもないし。
もし、距離を置かれたとしても……私はそれを、受け入れないと。
そろそろ、薫くんが来る時間だ。ちゃんと笑顔を作って、薫くんをお迎えしないきゃ。
数分後、足音が近づいてくるのが聞こえた。足音は私の病室の前で止まり、一瞬の間のあと、ドアが開く。
そこには……心配そうな顔をしている薫くん!
「亜依……!」
「あ……」
薫くん、薫くん! 薫くぅん!!
……あれ? なんで?
なんで、私、泣いてるの?
薫くんの姿を見た私は、抑え込もうとしていた感情が溢れ出てしまって、どうしようもなくなってしまった。
何も言えず、ただ涙を流す私に、薫くんはゆっくりと近づき、私の顔の高さに合わせてしゃがみ込む。
「大変だったな。色々ツラかったよな。でも、俺は、亜依が生きてて、本当に嬉しい。本当に、嬉しいよ」
薫くんは、おっかなびっくりな手つきで、私の頭をそっと撫でる。
ああ、やっぱり嫌だな。私、薫くんのこと、失うの、嫌だ。
せっかく、色々と覚悟していたのに。そんなに優しく頭ナデナデするなんて、反則だよ、薫くん……。
「薫くん、心配かけて、ゴメンね……動画も……」
なんとか、一言、言葉を無理やりひねり出す。
薫くんは、優しい表情のまま、首を横に振る。
「亜依が謝ることなんか、何もないよ。亜依は、何も悪くない」
薫くんは、私の頭をポンポンしながら言う。それ、女の子が惚れちゃうヤツだよぅ。
「動画も、心配しなくていい。実は、見せたいものがあるんだ」
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