第15話 とっとと行け! ボケぇ!①
「見せたいもの?」
泣いていた亜依が、キョトンとした表情に変わる。
俺は、自分のスマホを取り出して、とある動画を再生する。
「ほら、コレ、見て」
「え……薫くん……コレって!」
そう、それは、「うさぎちゃんねる」のティザームービーだった。
「コレ、どうして……?」
「会長と乾センパイが、この土日で編集してくれたんだ。相談したら、あの2人、『自分達は金曜でテストは終わるから土日でやる』って言ってくれて」
「スゴイ……私が考えていた案より、ずっと良いものに仕上がってる!」
「サークルのみんなも、亜依のこと、すごく心配してくれてた。この先の『うさぎちゃんねる』の動画制作も手伝ってくれるって。みんな、亜依のこと、ちょっとでも元気付けられれば、って」
それを聞いた亜依が、また涙を流し始める。
「みんな……ありがとう……私……」
そうだよな、こんな目に遭ったんだ。いくらコイツがメンタル強くったって、色々不安だったに違いない。俺がしっかりして、少しでもコイツの支えにならないと。
「それでな、記念すべき『うさぎちゃんねる』の初投稿は、亜依にしてもらおうと思ってさ。ここ、クリックできる?」
「えっ、私が? いいの?」
「もちろん。コレは、俺と亜依のチャンネルなんだから」
俺は、真っ直ぐに亜依の目を見て言う。
「これからも、一緒にやってくんだ」
「薫くん……ありがとう……」
亜依は、左手で投稿ボタンをクリックした後、声をあげて泣き始めた。
「私、怖かった……怖かったんだよ、薫くん……こんな……こんな身体になっちゃったから、薫くんが離れてっちゃうかもって……怖かったの……死ぬことなんかより、そっちの方が、怖かったの……」
俺は、黙って亜依の左手を握った。
亜依は、ビクッと身体を震わせ、潤んだ瞳で俺を見つめる。
初めて握った亜依の手は、柔らかくて、少しひんやりしていた。
そのまま数分間、俺たちは、ただ見つめあっていた。
しばらくして、泣き止んだ亜依は、ひとつ深呼吸をして、口を開く。
「薫くん、あのね……私……薫くんのこと……」
「いや、待ってくれ。俺から言わせてくれないか?」
緊張で、喉がカラカラだ。でも、ここで日和るワケにはいかない。昨日もケンタに、「とっとと行け! ボケぇ!」って、蹴り入れられたしな。
「亜依、俺……俺、亜依のことが好きだ」
亜依の手を、強く握る。
亜依も、強く握り返してくる。
「俺、もっと早く、勇気出せてればよかった……遅くなって、ゴメン」
「薫くん……私も、薫くんのこと、大好きだよ……」
やべぇ、俺も泣きそうだ。
「ありがとう、亜依」
「こっちこそ……ありがとう、薫くん」
「ほんと、ありがとう、薫くん。亜依もよかったわねぇ」
ん?
んんん?!
ええええぇっ?!
その瞬間、俺と亜依の時間は、凍り付いた。
亜依が、左目を見開き、顔を真っ赤にして、金魚のように、口をパクパクさせている。
俺の全身からは、猛烈な勢いで、冷や汗が噴き出している。
恐る恐る、振り向くと。
「2人とも、お母さんは天井の染みかなんかだと思って気にしないで。さ、続きをどうぞ」
亜依の母親が、ニッコニコの笑顔で、病室の入り口に立っていた……。
「「ぎゃああああぁああぁあぁぁ!」」
ぐぎぎぎ……き、気まずい!!!
「おおおおお母さん、いいいいつからそこにっ?!」
「え? ほんのついさっきよ? あらやだ、私、お邪魔だったかしら?」
いや、ちょっと、マジで、ホントに、勘弁してくださいよぉぉぉ!!!
「でも、あなたたち、もうとっくに付き合ってると思ってたから、お母さん、びっくりしちゃったわ」
「おおおお母さん、ななな何を!」
「だってほら、亜依、LINEで、『脈あり!』とか『薫くん、チョロカワイイ!』とか言ってたから、てっきりもう……」
「わー! わー!! わー!!! ストップ! お母さん、お願いだから、もうそれ以上、何も言わないで!」
俺はジト目で亜依を睨む。
「亜依、オマエ、いったい何を家族に……」
ホントにもう……やっぱアホだな、コイツ……。
そして、こんなアホに惚れた俺も、相当なアホだな。
「かかか薫くん、ちちち違うの、ごごご誤解なの。全部濡れ衣なの! 私は無罪よ!」
いや、どう見ても有罪だろ。
「まあまあ、それはさておき。コレ、頼まれてた浴衣よ。一応、2着持ってきたけど」
サラッと話題を変えるなぁ。
「あ、あ、あ、ありがとう。か、薫くんに渡して」
亜依、まだ立て直せていないな。自分よりテンパってる人を見ると、なんか冷静になれるな。
「ありがとうございます、助かります」
「いいのよ。気にしないでね。薫くん、コレを着て、動画を撮るの?」
「ええ。8月に横浜でお祭りがあるんで、そこでコレを着て撮影しようかと」
「あら、良いわねぇ、お祭り!」
「ホントは、亜依さんと行きたかったんですけど……2人分、頑張ってきます」
「薫くん、メイクとかカメラとか、大丈夫……?」
ようやく落ち着いた亜依が、心配そうに聞く。
「ああ、今回に関しちゃ、木村と橋爪が手伝ってくれることになってる。亜依、なるべく都庁の時のメイクを再現したいこら、あとで、あの時どんな感じでやったのか、思い出せる範囲で教えてくれ」
「うん、わかった!」
メイクを教わったりなんやらで、結局、亜依の病室には、そのあと1時間くらいいた。
「じゃ、そろそろ失礼するな。亜依、また来るから」
「うん、薫くん、今日はありがとう」
病室の外まで、亜依の母親が送ってくれる。
「薫くん、私からもお礼を言うわ。本当にありがとうね」
「いえ、とんでもないです」
「あんな子だけど……亜依のこと、よろしくお願いね」
亜依の母親は、深々と頭を下げる。
「いえ、そんな! こちらこそ……できる限り、亜依さんの支えになれるように頑張ります」
俺も慌てて頭を下げる。
病院を出て、改めて俺は気合いを入れ直す。
まずは、亜依への励ましになるような、いい動画を作らないとな。
ティザームービーの再生回数は、24時間で2千回近くを記録した。無名チャンネルの一発目の動画としては、かなり上々の滑り出しと言って良いだろう。
次の動画では、コレを超える再生回数を狙う。
8月5日、今日は、みなとみらいのストリートピアノでの演奏を撮影する日だ。
俺は、夕方過ぎに部室でサークル同期の木村、橋爪と待ち合わせて、準備をする。
まずは、橋爪が、俺にメイクをしてくれる。やり方は、あらかじめ亜依に教わった通りだ。
「できたっと……。月野君、確認してくれる?」
橋爪は、姫カットの黒髪を揺らしながら、俺に鏡を渡してくれる。
「さんきゅ。うん、バッチリだな」
俺は、うさぎちゃんが完璧に再現されていることを確認し、橋爪に頷く。
「それにしても……」
橋爪が、半ば呆れた顔をして言う。
「コレ、とんでもないわね。もともと、月野君は顔が整っているとは思っていたけど……こんなの、完全に女の子じゃないの」
機材の確認をしていた木村も、メイクの終わった俺の顔を覗き込んで、のけぞる。
「なんだこれ……。オマエ、マジかよ。ドン引きするくらいの美人だな。これ、初対面だったら、絶対に男だなんて思わないぞ」
「きむりん、変な性癖に目覚めないでよね?」
「何言ってるんだ、はっしー」
木村は、橋爪ににっこり微笑みながら、右手を差し出す……と、その手には、一瞬で真っ赤な薔薇が握られていた。
おいおいおい、ずっと見てたのに、いつ出したのか、全く分からなかったぞ……? つか、木村よ、オマエは薔薇を常時持ち歩いてるのか?
「僕は、はっしー以外、眼中にないよ?」
木村は、片膝をつき、薔薇を橋爪に差し出しながら言う。
「いつだって、はっしーのことしか見ていないさ」
橋爪は、薔薇を受け取りながら、顔を赤らめた。
一体俺は、何を見せられているんだ……?
「もう、きむりんたら……しゅき♡」
木村のヤツ、クール系美女の橋爪をこれだけデレさせるとは……。
「女誑しめ!!」
木村は、余裕の表情で、クイッ!と直しながら受け流す。
「失礼だな、純愛だよ」
「それはさておき、月野君、浴衣の着付けは分かるの?」
橋爪よ、それ、さておいちゃうのか。
「一応、ネットで検索して調べてはきたけど、自信はないな。とりあえず着てみるから、おかしなところがないかチェックしてもらえると助かる」
「オーケー」
一旦、橋爪は部室から退出し、俺は浴衣に着替える。帯がやっぱり上手くできないな……。
戻ってきた橋爪が、「やっぱ、帯は難しいみたいね」と言って、帯を結び直してくれる。
「また、着る機会あるかもしれないでしょ? とりあえず、これが一番簡単な文庫結びね。憶えられそう?」
「ああ、なんとかなると思う。ありがとう」
「まあ、次もイザとなったら私が見てあげるから、安心して」
「すまん、恩に着る」
木村が、メガネを光らせながら、したり顔で言う。
「気にするな。一之宮のためなんだろ? 僕、そういうの、嫌いじゃない」
「そうそう、イチちゃんを励ましたいのは、私たちも一緒だから」
「2人とも、ほんと、ありがとう。亜依も絶対に喜んでくれると思う」
橋爪が、おや?という顔をして俺を見る。
「あれ、月野君、イチちゃんの呼び方、変えた? 苗字じゃなくて、名前呼び?」
「あ……えーっと、うん……。事故があったから、ってわけじゃないんだけど、俺たち、付き合うことにしたんだ」
「「はぁっ?」」
顔を見合わせ、ハモる木村と橋爪。
「オマエら、今まで付き合ってなかったの……?」
あー、コレ、言われるの、何度目だろう……。
「……ハイ」
「あんなにいつも、イチちゃんと一緒にいたのに?」
「……ハイ」
「オマエら、あんなにお互い、好き好きオーラ出してたのに?」
「あー、えっと、そんなモン出してるつもりはなかったんだけど……」
「でも、月野君、ずっとイチちゃんのこと、好きだったんだよね? 誰がどう見ても、バレバレだったと思うけど」
「あー、えー、ぐぅ……ハイ」
「そんで、月野、オマエ、4か月も引っ張ったワケ?」
「ぐぬぬぬ……ううぅ……ハイ」
「……月野君の、甲斐性なし」
止めてくれ、橋爪、その一言は俺に効く。
2人に罵倒されながらも準備を終え、俺たちはみなとみらいに向かう。
部室を出るときに、木村と橋爪には、身バレ防止等々のため外では本名で呼ばないよう頼むとともに、声で男とバレないよう近くに人がいるところではしゃべらないと断っておいた。
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