第10話 この程度で日和ってる奴いる?

今日はなんか、コイツにドギマギさせられっぱなしだな……。


ケンタの「行け!」という言葉が頭に浮かぶ。そんなにサクッと簡単に行けたら苦労しないっつーの。


深呼吸をひとついれて、心を落ち着かせる。


よし、立て直した!


「さて、そうと決まったら、早速、一発目の動画の企画だな」


やる以上は、キッチリ良いものを作りたい。


「どうせなら盛り上げたいから、ギャラリーの多い日時も考えないとな」


前のTikTokの動画がバスったのも、ギャラリーが盛り上がってくれたのが大きい。


亜依も頷く。


「そうだね。あと、そもそもの動画自体の構成も考えなきゃいけないね。まずは、メジャーな演奏系ユーチューバーの動画、研究しなきゃだね」


いくつか、構成のテンプレを把握するために、メジャーなチャンネルの動画を見る。


PCをのぞき込む、俺と亜依。


肩が触れ合う。ち、近い……。


なんか良い香りするし。


まったく集中できないんだが?


「大体の構成は、みんな同じだね。」


「ああ、冒頭にダイジェストっぽいのがあって、ちょっとトークが入って、演奏して、って感じだな。うさぎちゃんはしゃべれないから、トークは一之宮さんに任せるしかないな。それでも大丈夫?」


「任された! あと、決めなきゃいけないのは……場所と曲? それと衣装かな?」


「うーん、思ったより考えなきゃならないこと、多いな。前期試験は……29日までか。最低でも、撮影に1日、編集に2日と考えると……やっぱ7月中の初回動画アップは厳しいかな」


ここから2週間くらい動けないのはキツいが、しゃーない。さすがに、1年の前期から単位を落としまくる訳にはいかない。


俺自身もそうだが、それ以上に、亜依にそんなリスクを負わせるのは絶対ダメだ。


「うー、映像コンペまでにちょっとでも固定客を増やすことを考えたら、1日でも早く、チャンネルを開設したいよね」


「うーん、でも、まずは前期試験優先だろ。単位を落とすリスクとは、天秤にかけられないよ。そう考えると、どうやったって7月中はキツいって。演奏の練習時間も取れないし」


亜依が小首を傾げて考え込む。


「ねぇ、薫くん、ちょっと思いついたことがあるんだけど」


「ん?」


「初回の動画はさ、都庁の演奏を流用して、ティザームービーみたいにしたらどうかな? それなら素材はあるし、私が編集して、それっぽくテロップとかエフェクトもつけるよ。それだけなら、テスト明けてから作業をスタートしても、31日にはアップできると思うの。その間に、薫くんは、次回動画用の選曲と演奏の練習に集中してもらう。どうかな?」


「なるほど……それならなんとかなるか? でも、一之宮さんの負担が大きくない? 大丈夫?」


「演奏部分は薫くん頼みだからね。それ以外の部分は、おねーさんにがんばらせてちょうだいよ! あ、でも、念のため、元の動画データは編集用の共有ストレージに入れとくねっ」


おおっ、なんてイケメンな! いかん、惚れちゃうだろうが。てか、もう手遅れだけどな!


「でね、次回動画のロケーションなんだけど、こことかどうかな?」


「みなとみらい?」


あそこにも、ストリートピアノがあったのか。知らなかった。


「うん、8月5日にみなとみらいでフェスがあって、花火とかも上がるみたいなの。でね、フェスに合わせて期間限定で、ランドマークプラザにストリートピアノも置かれるみたいなんだ」


いつの間に調べたんすか。亜依、有能すぎぃ!


「前に、夏休みになんか楽しそうなイベントないかなー、って思って探したことがあって」


「おー、なるほど!」


「うん、薫くんと行けたら楽しいかなー、って……」


心臓が止まりかける。


そういう不意打ちはやめてくれ。死ねる。


と、思ったら、亜依も自分で言っといて真っ赤になってんな。


「そ、そ、そうか、フェスの風景や花火の様子を前フリとかに使って、演奏に繋げる構成か。いいじゃん!」


「そそそ、そうそう、2人で浴衣とか着てさ!」


どもりまくるふたり。


しかし、浴衣って、やっぱ、女物……ですよね……。


さすがにちょっと躊躇われるが……えぇい、毒喰らえば皿までだ! やると決めた以上、やってやる!


「それで夏のお祭り感も出して、選曲もそれっぽいのにしてさ!」


「オッケー、それで行こう。そうなると、曲はどうしようか……? 夏っぽくて、花火やお祭りにも合って……しっとりと聴かせる曲がいいか、それともノれる曲の方がいいか……」


「うーん、そう言われて真っ先に思いつくのは、やっぱとり『夏祭り』かな。比較的最近の曲で行くなら、『surges』か『青と夏』あたり?」


「うん、悪くないな」


どれも、好きな曲だ。でも、「surges」と「青と夏」は、ちょっと練習しないと弾けなさそうだなぁ。


「あとは……広く知名度のある曲でいくと、『夏色』とか『Secret Base』とか? 『天体観測』なんかもいいな」


「あ、あと、夏ならサザンとかもアリだね。『希望の轍』とか『真夏の果実』とか『TSUNAMI』とか」


そのへんは、大体弾けそうな気がする。


「確かに。サザンはアリだな。あとは、花火に絡めるなら、『打ち上げ花火』なんかも……いや、アレをストリートピアノの一発勝負で聴けるレベルの演奏に仕上げるのはキツいか」


「実質的にチャンネル初の動画になるわけだし、勢いのある曲がいいよね」


確かに。そうすると、しっとり系よりは、ノれる曲かな。


「動画映えして、勢いがあって、俺が自信を持って弾ける曲……さっき出た中だと、『夏祭り』、『夏色』、『天体観測』、『希望の轍』あたりかなぁ」


「どれも良いと思うよ」


「実際に弾いて、感触を確かめたいな。その上で、決めさせてもらって良いか?」


やっぱり、弾いてみた感触って重要なんだよね。


「もちろん! 最終的な判断は、薫くんに任せるよ!」


「おし、じゃあ、帰ったらちょっと弾いて確かめてみるわ」


「これで、場所、スケジュール、曲はいいとして……衣装は、浴衣でいい? よければ、実家から2着送ってもらうけど」


もう、覚悟は決めた。


「オッケー、頼むわ」


「うへへ……うさぎちゃんの浴衣姿、楽しみだなぁ。さっそくお母さんにLINE入れとこ」


あー、よだれを垂らすな。


俺は、オマエの浴衣姿の方が楽しみだけどな……って、俺、なにシレっと考えちゃってんだよ?!


自然と、心の中に浮かんでしまった感情。


うん、知ってたけど、再確認。


俺、コイツのこと、好きだわ。


「よっし、お母さんに、浴衣2着、送ってくれるよう頼んどいたよ! 楽しみだねぇ!」


「まぁ、その前に試験があるんだけどな……」


とりあえず、誤魔化すように会話を繋ぐ。


「ぐへぇ……」


まだ告白できるほどの勇気はないけど。


怖くて逃げ出したいけど。


せめて、ここで一歩だけでも、前へ。ちょっとでいいから。


「さて、そんじゃ、そろそろ帰るわ。試験勉強しないとだし、曲も一通り弾いて確かめてみたいしな。『亜依』も、試験勉強、がんばってな」


立ち上がりながら、サラッと、言ってみた。


言って……みた……あああぁー! 言っちゃったよぉぉぉ!


心臓は、バクバク言ってる。


亜依の顔は、見れない。


くっそ、下の名前を呼んだだけじゃねぇか……この程度で日和ってる奴いる? いねえよなあ!!?


「薫くん、いま……?」


その反応、どっち!?


「どどど、どうかした……?」


ひぃ〜、前言撤回! やっぱ怖い!


「いま、私の名前……」


それだけ言って沈黙しないで、頼むからぁ!


「嫌、だったか……?」


なけなしの勇気を振り絞って、亜依を見る。


亜依は、驚きと照れの混じった表情で真っ赤になっていた。


「あ、えっ、えっと……ううん……すっごく、嬉しい……」


亜依は、それ以上何も言えずに、目を逸らす。


やっべ、こんな亜依、初めて見た。


めっちゃ……カワイイ。


「……そっか。よかった」


「……」


いかん、俺もそろそろ恥ずかしさが限界だ!


「じ、じゃあ、俺、失礼するな!」


「……うん」


「じゃ、亜依、また明日!」


亜依が、ようやく顔を上げて、か細い声で答える。


「……うん、またね、薫くん」


照れ臭さに耐え切れなくなった俺は、そそくさと亜依の部屋を後にする。

これ、ちょっとは前に進めたのかなぁ。


まだ明るい空には、新歓コンパの日と同じ、十三夜の月が浮かんでいた。

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