第9話 あいのうさぎちゃんねる
「暑い……死ぬ……」
夏って、こんなに暑かったっけ?
それとも、仙台と東京の差?
空調の効いた部室棟にたどり着いた私は、額の汗を拭う。
蝉もめっちゃ鳴いてる。
蝉の鳴き声を聞くと、一気に夏感が増すなぁ。
テスト終わったら、海とか行きたいなぁ。
薫くんと2人で海デートとか。
薫くんの水着……ぐへへ。想像しただけで、ヨダレが出るな。
4階まで上がり、部室に顔を出す。
「あ、畑中さん、神崎さん、こんにちは!」
「おー、一之宮か。おつかれー」
畑中さんと神崎さん、新歓コンパのあとしばらく音信不通になってたような気もするけど、多分気のせいだよね。
「神崎、ここのところのセリフは、もうちょっとコンパクトにした方がいいんじゃないか?」
「うーん、そっすねえ。もしそこをイジるんだったら、コッチのセリフは……」
どうやら、畑中さんが、神崎さんに脚本のアドバイスをしてるみたいね。
「学園祭の映像コンペの脚本ですか?」
「うん、畑中さん、ウチのサークルで一番脚本上手いからな」
「就活も終わって時間もできたしな、最後のご奉公ってヤツだ」
「畑中さん、就職決まったんですね。おめでとうございます!」
「おう、ありがとう。とりあえずホッとしたわ」
畑中さん、しっかり第一志望から内定をもらったとのこと。スゴイなぁ。
さてと、薫くんは、来てるかな?
おや?
「……薫くん?」
見ると、部室の端のテーブルに、薫くんが突っ伏して撃沈していた。
「どしたの? 生きてる?」
横から薫くんのほっぺをつんつんしてみる。
柔らかで張りのある、薫くんのほっぺ。
ああ、最高だ! 生きててよかった!
「ううぅ……」
薫くんが、なにやら難しい顔をして、起き上がる。
「やほー、どうしたの? 難しい顔して」
「おぉ、来たか。実は、例の動画、島田センパイがレビューしてくれたんだがな」
なぬ。私たちの2か月の努力の結晶!
あー、でも、この薫くんの様子からすると……。
「結論から言うと、ゼロから作り直した方が良さそうだ」
ぐへ。
そりゃ、薫くんもヘコんでたわけだ。
「あちゃー、結構がんばったんだけどな。具体的には、どのへんがダメだったの?」
私的にも、結構くるものがあるな……。
「一番は、最初から完璧を求めるな、って言われたな。やりたいこと詰め込み過ぎになってるって」
「ううっ、痛いトコ突くなぁ」
でも、ダメ出しはしっかり聞いて、次に繋げないとな。
「私も詳しく聞きたいんだけど、島田さん、もう帰っちゃったの?」
「あー、えっと、去年の乾センパイの受賞動画と比較しながら、色々とレクチャーしてくれてたんだが」
薫くんは、私から目を逸らし、遠くを見る。
「どこからともなく現れた乾センパイに連れ去られて、そのあとは、帰ってきてないな」
「……」
「……」
部室が、沈黙に包まれる。
聞こえるのは、蝉の鳴き声だけ。
畑中さんと神崎さんも、なぜか固まっている。
うん、この件は、深入りしてはいけない。
「それはさておき、動画なんだがな」
「うん、そうだね。それはさておき、動画の話をしよう」
今日も平和だなー。
「やっぱ、動画の尺はもっと短くして、ネタも絞り込んだ方が良さそうだ。他にも色々アドバイスもらったんだがな。ちょっとこのメモを見てくれ」
「どれどれ……。うーん、そっかー。もっと視聴者のターゲットをハッキリさせなきゃいけないんだね。あと、インパクトのある分かりやすいセールスポイントが必要かぁ」
島田さん、こうして具体的に改善点を指摘してくれるの、めっちゃありがたいな。ホント、惜しい人を亡くしたもんだ。
「ああ、あと、これも大事だと思ったんだが」
薫くんは、難しい顔をして言う。
「どうやら、単発じゃ、どんなに気合いが入った動画でも、そう簡単には再生回数は稼げないらしい。やっぱ、チャンネル自体に固定客が付いてないと、厳しいみたいだ」
「なるほど、言われてみれば、そりゃそーだね」
「その点、乾センパイは」
薫くんは、周囲を警戒しながら、小声で話す。
「5月から11月まで、毎日、ダイエット動画をアップし続けたらしい。で、その最終回の、20キロダイエットが成功したのかどうかの結果発表の動画を、コンペに出品したとか」
「えええ! 半年以上、毎日!?」
「しっ! 声がデカい!」
「はっ! ごめん!」
ガチャッ。
その瞬間、部室のドアが開く。
「ヒイィぃ!」
神崎さんが悲鳴を上げた。あ、畑中さん、泡吹いてる。
現れたのは……。
「ん、どうしたんだ、そんなに驚いて?」
「か、会長〜」
あー、びっくりした……。
「お、脚本やってたんだ……って、畑中さん、なんで泡吹いてんですか?」
薫くんが私に囁く。
「なんとなーく、ここで話すのも身の危険を感じるし、場所変えないか?」
「そうね。なんとなーく、そうした方がいい気がするね」
そそくさと私たちは部室を後にする。
とりあえず部室棟を出た私たちを、7月の太陽は容赦なく照り焼きにする。
うー、暑い。
「しかし、乾センパイ、なぜか会長にだけは、絶対に手を出さないんだよな」
「あ、それねー! 私も思ってた! 会長が動画とか一発芸の話しても照れるだけで怒らないし、会長の公務とかもすっごくサポートしてるみたいだし」
ほんと、甲斐甲斐しくお世話してる感じなのよねー。
「ホント、謎……ん? あれ? ひょっとして……」
「ん? あっ! ひょっとして……! 薫くん、私と同じこと考えている?」
まあ、よく考えてみれば、それ以外ないよね。
「た、多分? ひょっとしたら、乾センパイ、会長のこと……? あー、いや、余計な詮索は野暮か」
「んー……うん、そうだね」
本音としては、めっちゃ気になるけど〜!
「ま、人の話は置いといて、動画の話の続きをしようぜ」
「そうだね。さて、どうしようかな」
私は、ちょっとイタズラ心を出して、薫くんの耳に、甘ーい声で、囁く。
「じゃあ、話の続き、私の部屋でしよっか? 2人っきりで……」
あ、薫くんが、赤くなった。
そういうとこ、ホント、カワイイなぁ。
え、オマエも赤くなってるって? はい、分かってます……。
「あ、えー、じゃあ、お言葉に甘えて……」
よっし! 照れっ照れの薫くん、萌えるわー。
でも薫くん、もっとグイグイ来てくれてもいいんだよ?
私の部屋に移動し、話を続ける。
エアコンは、もちろん最大出力!
薫くんにはソファーに座ってもらい、私は冷蔵庫からよく冷えた烏龍茶を取り出して、2つのグラスに注ぐ。
「で、乾センパイの話だけど、確かに上手いやり方だと思うんだよ、露出を高めて固定の視聴者を確保し、確実に出品作品を見るように誘導する……」
「そりゃ、最終回なら、それまでの固定客は絶対見るよね」
ソファーの前のローテーブルにお茶を出してから、私は寝室に向かう。
「ちょっと待ってね。パソコン持ってくるから」
寝室に続く引き戸を開いて、勉強机の上のPCを手に取る。
あ、なんか、薫くん、私の寝室を、すごく微妙な表情で見てるな。
もう、レディの寝室をのぞき見るなんて、マナー違反だぞっ。
今に戻った私は、2人掛けのソファーの、薫くんの隣に座る。
「ちょ……一之宮さん、近っ……!」
「えー、こうしないと、一緒に見れないじゃん」
ええ、決して薫くんとくっ付きたいとか、そういうやましい気持ちなんて、これっぽっちもありませんことよ、おほほ!
薫くん、赤くなってカワイイ……私もちょっと(どころではなく)ドキドキしてるけどな!
平静を装い、乾さんのチャンネルを検索してみる。
そこには200本近い動画がアップされていた。回を追うごとに再生回数が伸びていて、最終回では、16万再生を超えている。
「そ、そ、それにしても、すごい根性だよな。土日含めて、1日も投稿を欠かしてないし」
薫くんが、動揺を隠し切れてなくて、ちょっと笑ってしまった。
このまま薫くんを愛でていたいところだけど、ちょいと真面目に考えないとね。
「アイデア一発じゃなく、地道に積み重ねて固定客を掴むってところは、見習いたいね。私たちも、毎日とはいかなくても、できれば週一くらいで動画をアップして、チャンネルの知名度を上げとかないとだね」
そう考えると、一本作るのに2か月かかってるんじゃ、確かにお話にならないかー。
「うん。一本5分くらいの尺の動画を、週一以上。チャンネルのコンセプトをハッキリさせて、キャッチーかつインパクトのあるコンテンツ、それも繰り返し見たくなるような……うーん、難しいな」
「うー」
私は、腕を組んで考える。
キャッチーかつインパクトあるコンテンツ。
何がある?
薫くんも、難しい顔をして考えてる。悩んでる姿も絵になるなぁ。
ほんと、美少年は、365日24時間見てても飽きないね。一家に一人欲しいところだわ。
……ん?
あれ?
ひょっとして?
「ねぇねぇ、薫くん?」
「ん?」
「私たちさ」
「うん?」
「ひょっとして、とっくに持ってない? キャッチーかつインパクトあるコンテンツ」
「へ?」
「ほら、アレ。万バズした実績のあるコンテンツ」
薫くんが、当惑する。
「あ……! え、でも、アレ?!」
「そう、アレ」
「アレか……アレやんのか。うーん、悩ましいなぁ」
うーん、薫くん的にはどうなんだろう? 微妙なのかな、こりゃ。
「マジかよ……いや、でも、アレなら確かに、週一どころか、もっとハイペースの投稿も不可能じゃない。問題は……いや、もうすぐ夏休みだし、いけるか……? でも……」
薫くん、躊躇してるなぁ。やっぱりアレは、恥ずかしいのかな? それともちょっと気後れしてるだけ?
私は、しっかりと薫くんの目を見て、言う。
「もちろん、アレをやるの、薫くんが嫌だったら、止めとこう。楽しみながらやれないなら、そんなの、本末転倒だもんね。でも、もし……」
薫くんは、目を閉じ、少しの間、考える。
真剣な表情の薫くん、カッコいい。思わず見惚れてしまう。
しばらく逡巡したあと、薫くんは目を開く。あ、コレ、ハラを決めた顔だな。
「いや、いいアイデアだ。現実的だし、ウケそうな気もする。ぶっちゃけ、俺的にも楽しかったし」
おおお、薫くん、ステキっ!
「やったろうじゃん、うさぎちゃんのストリートピアノ巡り! 季節的にも、花火やら夏祭りやらに絡めて、ネタにできるかもしれないしな」
「うわ、それいいね。浴衣とか着て演奏とか、絶対ウケるよ! よっし、やろうやろう!」
うーん、面白くなってきたぞ!
「あとは、チャンネル名とかも考えないとな」
「あ、それ、私、付けたいチャンネル名、あるの!」
「ん? どんなの?」
「私、コレはちょっと自信あるよ!」
というか、私的には、コレしかない!
「『あいのうさぎちゃんねる』!」
「……?!」
また、顔を赤くする薫くん。
ホント、そういうとこだぞ、カワイイ私のうさぎちゃん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます