第7話 甘々ボイス

うさぎちゃんの衝撃のTikTokデビューから、はや1週間。いまだに伸び続けるいいねの数は、3万を軽く超えている。


薫くんは、最初、頭を抱えていたけど、1万いいねを超えたあたりで、身バレはしないと割り切ったのか、開き直って状況を楽しみ始めている。


「それにしても、ハマったときのSNSの拡散力は恐ろしいな」


赤坂の街を歩きながら、薫くんが呟く。


「うさぎちゃんのビジュアルの良さと演奏の熱が、ピタッとハマったんだろうね。選曲も、流行りモノど真ん中だったし」


「ギャラリーがノってくれたのも大きいよな。おっと、ここかな?」


目的の中華料理店にとうちゃーく!


今日は、映像研の新歓コンパだ。


一発芸の仕込みもバッチリ! 楽しむぞー!



会場に入ると、すでに半分くらいのメンバーが集まっていた。就職活動で忙しいであろう4年生の先輩も来てくれている。初めてお会いする先輩もいたので、薫くんと2人で挨拶して回る。


やがて開会時間になり、会長が乾杯の挨拶を始めた。


「皆様、本日は、お忙しい中、映像研の第35回新歓コンパにお集まりいただきありがとうございます。今年は、ありがたいことに7名の有望な新人が当研究会に加わってくれました。歓迎します。今日は気楽に、仲間との親睦を深めてもらえればと思います。では、ご唱和ください、乾杯!」


「「かんぱーい!」」


25名ほどの映像研メンバーが、一斉にグラスを掲げる。


さあっ、見せてもらおうか、赤坂の一流店の実力とやらを!


小手試しのつもりで、点心を口に放り込む薫くんと私。


次の瞬間、顔を見合わせる。


「「うんまぁい!」」


近くにいた3年生の神崎さんが、笑いながら教えてくれる。


「そりゃそうだ、この店、本来なら学生が来れるような値段の店じゃないからな。この店が赤坂に移転する前の無名店だった頃から、30年以上ずっと新歓で使わせてもらってて、その誼で特別に安く食べさせてもらってるんだよ。代々の先輩方に感謝だな」


「そうなんですね、こう言う縁、私たちも大事にしないと!」


「おう、頼むぜ。ここのオーナー、結構映像研のこと、可愛がってくれててな、学祭の映像コンペも見に来てくれたりするんだよ」


「おぉ〜、ありがたいですね」


「ああ、毎年、楽しみにしてくれているみたいでな。特に去年は、乾のダイエ……ヒッ?!」


そこまで言いかけた神崎さんは、なにか恐ろしいモノでも見たかのような表情で、突然動きを止める。


恐る恐る、神崎さんの目線の先を追うと、そこには、全く感情のこもっていない笑みを顔に貼り付けた乾さんが、(おそらくお肉を切り分けるために用意されたであろう)ナイフを握りしめて、ゆらぁ、と立っていた。


「おやぁ、神崎はん、新入生と楽しそうにお話ししてはりますなぁ。ええですなぁ、どんなお話しやろか? ウチとも、ちょっとあっちでお話ししまへん? ええ、大丈夫どす、ほんのちょっとだけやさかい」


乾さんの瞳からはハイライトが失われている。


これは、「やる」人の目だ。


神崎さんは、笑顔を貼り付けたままの乾さんに、なす術もなく引きずられていく。


私と薫くんは、神崎さんのご冥福を祈りながら、そっと目を逸らした。


「薫くん。私たちは、何も見ていない。いいね?」


「もちろんだ。何も見ていない。何も」


うん、今日も平和だなー。


「さーて、じゃあ、そろそろ新入生は、一発芸大会の準備をしてくれるかな?」


会長の声に、先輩達が歓声を上げる。


「おぉ、楽しみにしてるぞー!」


「頑張れよ!」


「去年は、乾に全部持ってったからなぁ。あのブルゾンちえみは中々超えられ……ヒッ?!」


「あらあら、島田くん、どうしはったんどす? 体調が悪いんやったら、あっちでちょっと休みはったらどないどすか? ささ、遠慮せんといてな。ゆっくり休んでおくれやす……永遠にな」


私と薫くんは、島田さんのご冥福を祈りながら、そっと目を逸らした。


「薫くん。私たちは、何も見ていない。いいね?」


「もちろんだ。何も見ていない。何も」


さ、一発芸、がんばろ。



新入生7名は、3組に分かれて芸を披露する。


事前のくじ引きの結果、私たちは、トリの3番目になった。


それぞれお手洗いで衣装に着替えたあと、宴会場の袖の衝立の陰で、薫くんのメイクに取り掛かる。


宴会場では、1組目の芸で、ドッと笑いが起きている。


星村くんたち、イイ感じで盛り上がってるなぁ。


新入生同士で事前に何をやるか情報交換はしてないけど、雰囲気からして、どうやらYOASOBIの「アイドル」に合わせてオタ芸パフォーマンスを披露しているみたい。


「星村たち、上手いことやってるみたいだなぁ」


「ちょっとのぞいてみる?」


一旦メイクの手を止め、袖から星村くんたちの様子を伺う。


「うおっ、すげえな」


「3人の動きが、あり得ないレベルでシンクロしてる……」


MMDのダンスと比べても遜色ないシンクロっぷりじゃない、コレ? 人間技じゃないよね。


フィニッシュと共に、大きな拍手が湧き起こる。


「ちょっと引くレベルで極まってたな」


「こりぁー、次にやる木村くんたち、プレッシャーだねぇ」


幕間に、手早く薫くんのメイクを完成させる。


「さて、木村と橋爪さんは、何をやるのかな」


見ると、木村くんはシルクハット姿、橋爪ちゃんはメイド服姿だ。


「コレ、橋爪ちゃんがアシスタント役で、木村くんが手品をやるっぽいね」


木村くんは、星村くんたちのパフォーマンスにも全くプレッシャーを感じていない様子で、余裕の表情。


そして実際、彼の手品は圧巻だった。


「うぉ? カードが消えた?! 全然分かんなかったぞ?」


「えっ、嘘? あの薔薇、どこから出てきたの!?」


「マジかよ、シルクハットからハトが飛び出してきたぞ……」


「私、学生の余興の手品でハトを出す人、初めて見たよ……」


木村くんと橋爪ちゃんの2人が手品を終えると、会場は割れんばかりの拍手で包まれた。


「これ……なんか、私たちの芸が一番普通じゃない……?」


「いや、むしろアイツらがおかしいだろ……。ここ、映像研だよな? オタサーとか奇術研じゃないよな?」


私も、ちょっとここが何のサークルだか、自信なくなってきたかも……。


「まぁでも、前の2組がアレだけ突き抜けてると、むしろ気楽かも。アレよりウケなくても当然だもん」


「それはそう」


よし、覚悟を決めて、一丁やったろうじゃないですか!



私たちは、顔が見えないよう、観客側に背を向けたまま舞台に上がる。


パチパチパチ。


先輩たちは、暖かく拍手で迎えてくれる。


私と薫くんは、体格はほぼ同じ。後ろ姿だけでは、男女が入れ替わってることは分かるまい。


打ち合わせ通り、薫くんのセリフからスタート!


「あの日、星が降った日。それはまるで ──── 」


「 ──── まるで夢の景色のように」


「「美しい眺めだった」」


RADWIMPSの「前前前世」が流れ出すと同時に、私たちは観客側を向く。


みんなはそこで初めて男女が入れ替わっていることに気が付き、次の瞬間 ──── 。


薫くんの顔を見て、大爆笑した!


いや〜、普段が超絶美少年なだけに、このメイクとのギャップはインパクトでかいよね!


「放課後? わりぃ、俺、今日これからバイト」


私は、イケメン面して、瀧くんのセリフを言う。


「もうこんな田舎ヤダよー、こんな人生ヤダ。来世は東京のイケメン男子にしてくださーい!」


薫くんが、保毛尾田保毛男の顔芸をかましながら、三葉ちゃんのセリフを言う。


再び爆笑に包まれる会場。薫くん、何気に芸達者だな!


このままの勢いでいくぞー!


「コレって……コレってもしかして ──── 」


「俺たちは夢の中で ──── 」


「「入れ替わってる!?」」


ハモリ、完璧!


「あなたは、誰?」


「お前は、誰だ」


「「君の名は。」」


曲が終わるのと同時に、タイトルコールして、フィニッシュ!


そして、先輩たちからの拍手!


よかった〜、丸滑りしなくて、ホントよかった〜。


健闘を讃え合おうと、私たちは、自然と目を合わせ ──── ようとしたが、まだ顔芸をやっている薫くんに、私は盛大に吹き出してしまった。



結局、今年の一発芸大会の優勝は、木村くんたちのペア。私たちは残念ながら、ドベの3位だった。


4年の畑中さんが、私たちを慰めてくれる。


「でも、お前たちのもメッチャ面白かったぞ。いや〜、今年はレベルが高かった! 去年は乾の一人勝ちで……ヒッ?!」


私と薫くんは、畑中さんのご冥福を祈りながら、そっと目を逸らした。


「薫くん。私たちは、何も見ていない。いいね?」


「もちろんだ。何も見ていない。何も」


宴もたけなわなところで、閉会のお時間。前会長の4年の吉岡さんが挨拶をし、最後に一本締めで締める。


あー、楽しかった!


途中で3人ほどいなくなったような気もするけど、誰もそのことには触れない。うん、きっと気のせい。



散会後、薫くんと私は、銀座線で渋谷に出て、東横線に乗り換える。


「いやー、楽しかったねぇ! 木村くんたち、凄かった!」


「あとで木村に聞いたんだけど、アイツ、高校の時、ガチで奇術部だったらしい。ちなみに、ハトは、お店の人にめっちゃ怒られたらしい」


「そりゃそうだよねー、飲食店の中でハトを放ったら、普通に怒られるよねー」


薫くんの降りる駅は、中目黒。渋谷からたったの3分。もうすぐ、お別れだ。


無情にも、電車は、あっという間に中目黒に着く。


薫くんは、一瞬、迷うように目線を泳がせたけど、結局は、「じゃ」と言って電車を降りた。


なんか、名残惜しいな。


その瞬間 ──── 。


私は、薫くんを追って、反射的に電車を降りてしまっていた。


驚く薫くん。


私は、固まっている薫くんの耳に顔を近づけて、私史上最高の甘々ボイスで、囁く。


「またデートしようね、うさぎちゃん」


発車ベルが鳴り始めた電車に飛び乗る私。


振り返ると、まだ満ち切っていない十三夜の月の明かりに照らされ、顔を真っ赤にした薫くんが立ち尽くしていた。


私の顔も、同じくらい真っ赤だけどな!


バイバイ、また明日!

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