第5話 入れ替わってるぅ?

私は、薫くんを連れて、入学式の日に行ったスタバに移動する。一発芸はサプライズが命。他のサークルメンバーにネタを悟られるなんて、そりゃ悪手だろ。


「で、一之宮さんのアイデアって?」


「聞きたい? 聞きたいの? 薫くん、そんなに聞きたいのかな、かな……?」


「そんなことは特に無い」


「嘘だッ!!」


私は鬼の形相で、薫くんに詰め寄る。


「聞きたいよねっ?! ねっ!!?」


「えっ? あー、うん……はい」


「よろしい」


あ、薫くん、なんかすっごくめんどくさそうな顔してる。連れないなぁ。だが、それがイイっ!


「で、一発芸なんだけどね」


「うん」


「『君の名は。』をパロった入れ替わりコントなんてどうかな?」


「つまり、一之宮さんが男装、俺が女装して、コントをやると?」


「そうそう、絶対、薫くん、似合うと思うんだっ!」


その瞬間、薫くんの目に、微かな失望の色が浮かんだことに、私は気付けなかった。


「……まあ、いいんじゃないかな。確かに、ウケはしそうだ」


あれ、薫くん、もっと嫌がるかと思ったけど、意外にあっさりOKしちゃったな。嬉しいけど、なんか、ちょっと肩透かしを食らった気分。


説得する材料を、45510パターンも用意してきたのにっ。


「じゃ、決まりだね! 私の方で、いろいろ準備するから、週末にウチでリハーサルしよう!」


「あー、うん……わかった」


あれ、薫くん、なんか言いたそうだったけど、そのまま黙っちゃった。ま、いいか。

こりゃ、忙しくなるぞー!



というわけで、あれやこれやと準備しているうちに、あっという間に週末を迎えた。


「薫くん、いらっしゃいませ!」


「お邪魔するね」


わーい、薫くんだ! もし私が犬だったら、千切れるくらい尻尾を振っていたところだ。


「ウチに来るのはあの時以来だねー」


「だな。2週間くらいしか経ってないけど、結構久しぶりな感じするな」


「もっと頻繁に来てくれてもいいのよ?」


あ、薫くん、ちょっと赤くなった。かわいいのう。


「あんま、揶揄わないでくれ。で、とりあえずは、衣装合わせ?」


「そうそう。お願いしてた高校の制服は、持ってきてくれた?」


「おう、実家から送ってもらった」


「私も、送ってもらったよ! ウチの高校の制服が三葉ちゃんの制服と似ててラッキーだよ」


「ホントだ。結構近いな」


「それっぽい髪型のウィッグも用意してあるから、まずは合わせてみようよ! 先に私が着替えてくるから待っててね」


「ああ」



私は、薫くんの制服を持って洗面所に向かう。今から薫くんの制服を着るかと思うと、ちょっと興奮するなぁ。


私は、手早く薫くんの制服に着替える。予想通り、サイズはピッタリだ。入学式の日に思った通り、私と薫くんの体型は、ほとんど同じみたい。


つまり、私の服は、ほぼ全部、薫くんに着せることが可能と言うこと!


あ、いかん。想像したら鼻血出てきた。


溢れる妄想をなんとか抑え込み、私はウィッグをつけて鏡をチェックする。


おお、思ったよりイケてるじゃん。


早速、リビングに戻って薫くんに見てもらおう!


「じゃーん! どう? 東京のイケメン男子に生まれ変われてる?」


薫くんの前でくるっ!と一回転し、男子の制服姿を披露する。


「おー、なかなか瀧くんしてるじゃん! 一之宮さん、身長もあるし、イケメン男子に見えるな」


わーい、薫くんに褒められた〜! コレはテンションが上がるってもんですよ!


よし、このままの勢いで、本日のメインイベントと洒落込もうじゃあないですか!


「じゃあ、薫くんも、衣装合わせしてみて! きっと似合うと思うんだ!」


薫くんは、私の制服を手に、一瞬、何か逡巡するような表情を見せる。が、すぐに覚悟を決めたのか、洗面所に向かい始める。


「じゃ、ちょっと着替えてくる」


そう言う薫くんの声色は、少し元気がないようにも思えた。


やっぱりちょっと恥ずかしいのかな?


「きっと似合うから、心配しなくていいのに」


問題は、むしろ似合いすぎることなのだが、この時の私は気が付いていなかった。


数分後、薫くんがリビングに戻ってきた。


一目見て、悟った。


薫くんは、私の想像力の限界を、軽々と飛び越えてくれる。


なんだよ、この美少女……。


女子の制服を着てウィッグをつけただけで、ここまでの美少女に化けるとはっ!


謝れ! 全国6千万人のリアル女子に謝れっ!!


「えーっと、なんか変か?」


一言も発さず呆然としている私に、薫くんは、おずおずと聞く。


私は、首がもげる勢いで、横に振る。


「薫くん……すご……ホント……かわいい……」


圧倒的な美少女を前に、私は単語しかしゃべれなくなる。


薫くんは、私の反応が照れ臭かったのだろうか、憂いを含んだ表情で、私から目を逸らす。


その様子が、私の目には、あまりにも艶っぽく映る。


あかん、完全に、心臓を撃ち抜かれた。


「まぁ、予想はしちゃいたけどさ、やっぱこうなるか」


薫くんがなにかぼそっと言うが、私の耳には届かない。


私は、遠のく意識を繋ぎ止めようと、深呼吸する。


ひっ、ひっ、ふー。


「いや、それ、ラマーズ法な」


ナイスツッコミ。おれはしょうきにもどった!


「いや、それにしてもすごいね、薫くん。正直、想像以上だよ!」


私の称賛に対し、薫くんの表情は浮かない。


「いや、それに関しては、問題もある」


「え?」


「確かに、自分で言うのもなんだが、びっくりするほど違和感なく女子に見える」


「うんうん、完成度高いよ!」


「しかし思い出せ、俺たちは、コントでウケを取るためにコレをやるんだよな」


「うん、そーだね」


薫くんは、平板なトーンで淡々と言う。


「コレじゃ、驚いてはもらえるかもしれないけど、違和感なさすぎて、ウケは取れないと思うんだよ」


「……」


「……」


私たちは、数秒、無言のまま、立ち尽くす。


「確かにっ!」


くっ、まさかそんな落とし穴があるとは。どうしたもんか。


「うーん、一之宮さん、コレ、メイクで崩すとかできる? いかにも男子が女装しました、みたいな感じに」


「なるほど、それはできるかも! ちょっと試してみていい?」


「ああ」



さっそくメイクの道具を用意する。薫くんにはダイニングの椅子に腰掛けてもらい、私は正面から向かいあう。


あー、いかん、コレ、直視したら意識持ってかれるな。美少女、恐るべし!


私は目を閉じて、精神を集中する。


落ち着け、完成形をしっかりイメージするんだ!


イメージするものは、常に最強の……そう、保毛尾田保毛男! おっとこれ、令和の世では炎上するヤツだ。


だが、わたしは一向にかまわんッッ!


私は、試行錯誤しながら、イメージした完成形に向けてメイクを作り込んでいく。


しかし、美少女をこうやって崩していくのって、なんか背徳感があって興奮するなぁ……ハァハァ。


悪戦苦闘の末、私はついにメイクを完成させる。


「どやっ!」


文字通り、ドヤ顔で、薫くんに鏡を渡す。


「ぶっっっ!」


見た瞬間、薫くんが盛大に吹き出す。うんうん、いいリアクションだ。余は満足じゃ。


「すげえな、コレ。一之宮さん、100点満点の出来だよ」


「お眼鏡に適って何より。でも、本番でもっと手早くメイクを仕上げるためには、もうちょい練習したいな。付き合ってもらっていーい?」


「りょーかい」


薫くんにメイクを落としてもらい、私がメイクを施す、というのを2回繰り返す。


「よし、所要時間、5分切れた! これくらいでやれれば十分かな!」


「おう、お疲れ。あとは、ネタ合わせだな。内容的には、『君の名は。』の予告PVの再現、ってことでいいんだよな」


「そうそう。実際にPV見ながら練習しよう」



30分ほどの練習で、動きまで含め、大体マスターできた。


「入れ替わってるぅ?」のハモリも完璧だ!


「よし、これでオッケーだね! 薫くん、お疲れさま!」


「うん、一之宮さんもお疲れ」


達成感に包まれた私に、ちょっとしたイタズラ心が忍び寄る。


「あ、薫くん、最後にもう一回メイクの練習したいから、もう一度、メイク落としてきてくれる?」


「わかった」


メイクを落とし、椅子に座って目を閉じる薫くんを前に、私は笑みを隠し切れない。

薫くんの真のチカラは、こんなもんじゃないはず。


ガチの愛されメイクで、薫くんを完全体へと進化させてあげようじゃあないですか!


「まずは肌の下地だね」


私は、保湿効果のあるプライマーを指で軽く伸ばし、頬から額、顎まで丁寧に塗り伸ばす。


「あれ? さっきとやり方、変えた?」


おっと。勘のいいガキは嫌いだよ。


「ちょっと違う方法を試してみたくって」


「そっか」


バレてないから、ヨシ! 作業続行!


続けて、リキッドファンデーションをスポンジでポンポンと押し込みながら、均一に塗る。やはり、薫くんの肌、キレイだなぁ。ファンデのノリがイイ。


次は立体感を出していく。ここ、大事なところだから、しっかりね!


鼻筋には細くハイライトを入れ、頬骨にはブラウンのシェーディングを入れて陰影を強調する。指でふんわりぼかし、自然な陰影が生まれる。


これで、もともとキレイな薫くんの鼻のラインが、さらに一段と映える。


さて、次は一番大事な目元のメイクだ。


薫くんの目元に、淡いピンクのアイシャドウをさっと塗り、その上からブラウンを重ねる。目のキワにはアイラインを薄く引き、目尻を少し跳ね上げることで、優しさと少しの小悪魔感を演出。


更に、白のペンシルで涙袋の輪郭を取り、指で軽くぼかす。


うんうん、いいじゃないか。


眉は、元の形が綺麗だから、あまりいじらなくていいな。


ブラウンのペンシルで、ほんの少し眉の端を整え、柔らかい印象に仕上げる。


最後はリップだ。


私はナチュラルピンクのリップを取り、口元に塗り広げる。軽くグロスを重ねて、潤い感をプラス。ふっくらとした、健康的な唇を作る。


完・璧・だ。


これは、芸術だ。私は、自らの手で美を造形する喜びに、魂から打ち震えた。


今の私なら、ミケランジェロやダヴィンチの気持ちすら理解できる! 多分。


私は、少し震える声で、薫くんに告げる。


「できたよ」


薫くんが、ゆっくりと目を開け、迂闊にも、私はそれを直視してしまう。


やばい、こんなん、おしっこ漏れちゃう。


何も言わずに、私は薫くんに鏡を渡す。


何も知らない薫くんは、そのまま無防備に鏡をのぞき込んで ──── 。


完全に、フリーズした。

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