第4話 深さ、3センチ

「伊藤と言います。東京出身です。二浪なんで、みんなよりは大分おっさんですが、仲良くしてやってください」


老け顔の男子学生の挨拶に、クラスは、軽く笑いで満たされる。


オリエンと新歓が終わり、授業が始まった。今日は、フランス語の授業の初回だ。


顔合わせと言うことで、全員が一言ずつ自己紹介をすることとなった。


ちなみに、亜依とは結局、別のクラスになった。地団駄を踏んで残念がっていたが、おそらくヤツの言う運命力とやらが足りなかったのだろう。


「片岡千恵です。埼玉から来ました──── 」


やっぱ、首都圏出身者が多いな。今のところ、同郷のヤツはいない。


「千葉です。神奈川出身だけど、名前は千葉です。千葉に引っ越す予定はありません。よろしく」


俺の前の、日焼けした金髪の男が自己紹介を終えた。俺の番だ。


「月野です。金沢出身です。まだこっちにほとんど友達がいないんで、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」


無難に挨拶を終えて、俺は席につく。こういうのって、ちょっと緊張しちゃうよな。


最初の授業は、ほぼ自己紹介で終わった。


前の席の千葉が、振り向いて話しかけてくる。


「月野君、って言ったっけ? せっかくだし、昼メシでも一緒にどう? 高瀬君も来るってさ」


千葉の前の席に座っていた大柄なイケメンが、笑顔で頷いている。


「お、いいね。行こうか」


ほぼボッチの身としては、こういうお誘いはありがたい。



千葉、高瀬と連れ立って、学食の一角に腰を落ち着ける。


「改めまして、月野薫。カオルでいいよ」


ここのチキンカレー、結構美味いな。ちょうど俺の好みの辛さだ。


「千葉健太。ほんじゃ、俺はケンタと呼んでくれ」


ケンタは生姜焼き定食か。なかなか美味そうだ。


「どうも、高瀬真。大体いつも、マコトって呼ばれてるかな」


マコトは、カツ丼大盛りか。身体がデカいだけに、食う量も多そうだ。


「マコト、随分とガタイいいけど、なんかやってるの?」


「ああ、バスケやってる。体育会バスケ部」


「おおっ、すげえな。ウチの大学の体育会でやれるって、相当なモンだな」


ケンタが、生姜焼きを一枚口に放り込みながら感嘆する。


ウチの大学は首都圏でも有数のマンモス大学だ。体育会に入れるのは、ごく一握りの、全国レベルの猛者だけ。マコトも、亜依と同じようなフィジカルエリートなのだろう。


「カオルは?」


「俺は運動はからきし。なんで、サークルも文化系にした。映像研ってとこなんだけど」


「映画とか作るの? 面白そうだな」


すでにカツ丼を完食したマコトが、興味深そうに俺を見る。つか、マコト、食うのめっちゃ早いな。


「うん、そんな感じ。ケンタは?」


「俺は高校まではサッカーやってたんだけど、サークルはテニスにしたわ」


そーなんだー、と、俺とマコトは相槌を打つ。平和だったのは、この時までだった。


「彼女が、良さそうなサークルみつけたんでな、一緒に入ることにした」


ガタッ。


その瞬間、俺とマコトが、凄い勢いでケンタに食いつく。


「オマエっ! 彼女いるのかよっ!」

「マジかよ、オマエ、羨ましすぎるぞ!!」


あ、ケンタがドン引いてる。


「え? えっ? いるけど、そんな騒ぐことじゃ」


「オマエ、田舎の中高一貫男子校の出会いのなさを舐めんじゃねぇぞ!」

「俺なんて、寮生活で、6年間バスケしかしてないんだぞ! 俺の青春を返せ!」


「知るかっ!」


それはそう。


「まあ、2人とも、大学ですぐ彼女なんてできるだろ。知らんけど」


「俺、中学も高校も、朝練から早弁しての昼練、放課後は午後連、晩メシ食ってウエイトトーレニングやって戦術ミーティングやって寝る、の繰り返しだぞ。365日、6年間! むさ苦しい筋肉ダルマどもに囲まれて!! もっと人間らしい生活させてくれ!!!」


あ、おい、マコト、泣くな。


「オマエ、イケメンだし、バスケも上手いんだし、モテたんじゃねーの? 知らんけど」


確かに、マコトはいかにも爽やかスポーツマン!って感じのイケメンだ。さぞかし高校時代、モテたのではないか?


「寮生活で、24時間、部活の連中と一緒なんだぞ。ちょっとでも抜け駆けしようもんなら、寄ってたかって潰されるわっ!」


なにそれこわい……。そこらの独裁国家より相互監視が行き届いてるな。


男泣きするマコトを横目に、俺もボヤく。


「俺も、あまりに経験不足過ぎて、女子との距離感すらわかんねぇや。そもそも、小学校以来初めてしゃべる女子があれじゃあ……」


ケンタはニヤリとする。


「その物言いからするに、カオル、気になる子がいるのか?」


そう言われて、改めて、亜依の笑顔が浮かぶ。


「図星か」


「なんだよ、カオルもいい感じなのかよ。裏切り者め」


マコトが恨めしそうに俺を見る。190センチ近いオマエに睨まれるとか、マジで怖いんだが。


「いや、そういうんじゃない、と思う……多分 」


確かに、アイツは俺と、仲良くしてくれている。ぶっちゃけ、距離感がバグってるんじゃないかとも思う。


でも。


でも、あいつが俺を見る目。あの目には、見覚えがある。「男」を見る目ではない。「可愛いモノ」を見る目だ。


アレと同じ目をした野郎から、何度か告白されたことがある。男子校あるあるだな。悪いが、俺はノンケだ。


正直、俺自身、容姿には恵まれているとは思うが、どうせなら、こんな女顔じゃなく、マコトみたいな、男っぽいイケメンが良かったなぁ。


「まあ、どんな相手か知らんけど、男がビビってたら、恋は進まねーぞ。迷ってる暇があったら、まずは当たって砕けて木っ端微塵になってこい!」


ケンタが爪楊枝でシーハーしながら、言う。くっそ、恋愛強者め。簡単に言うな。


「あー、俺も恋してぇなぁ」


嘆くマコトの肩をケンタが叩く。


「これからチャンスなんていくらでも来るって、な? 知らんけど」


俺にも、「男」として見てもらえるチャンス、あるのだろうか?



2人と別れた俺は、ボーっとしながら、部室に向かう。


「あ、薫くんだ! やっほー!」


すでに部室に来ていた亜依が、俺に手を振る。


コイツ、何食ったらこんなにキラキラできるんだ? ホントに俺と同じ生物か?


「どうしたの? なんか、ボーっとしてない?」


コイツ、中身は残念だけど、凄いハイスペック女子なんだよなぁ。中身は残念だけど。


それに対して、俺は、何を持っているんだろう?


うーん、なんもないな。多分、俺はコイツに釣り合わない。


「うん、持てる者と持たざる者の格差について考えてた」


「なるほど、深いね」


すまん、深さ、3センチくらいしかない。


「あらぁ、月野君、一之宮さん、こんにちはぁ」


「乾センパイ、ちわっす」


「乾さん、こんにちはっ!」


乾さんは、ニコニコしながら、何やらチラシのようなものを、俺と亜依に手渡す。


「これ、あとでメールでも送るけど、新歓コンパの案内やさかい。ぜひ来てな」


「おー、新歓コンパ! 4月21日ですね。了解です」


「わー、楽しみ! 場所は……赤坂ですか。あ、これ、めっちゃ有名店じゃないですか!」


「去年もその店やったんよ。代々、新歓コンパはそこ使わせてもろてるみたいやわ」


「へー、そうなんですね」


「あ、そうそう」


乾さんが、何かを思い出したように、ぽん、と手を打つ。


「新入生には、挨拶代わりになんか一発芸やってもらうことになっててな。そない気合い入れんでもええし、気楽になんか用意してきてな。1人でやってもええし、誰かと組んでやってもええから」


俺と亜依は、顔を見合わせる。一発芸か。


「ちなみに、乾センパイは、去年なにやったんですか?」


「 ──── ブルゾンちえみ」


「は?」


「えっとね、ちょっと古いんだけどね、ブルゾンちえみのね、35億ってネタ……」


乾さんは、耳たぶまで赤くして、ボソッと言った。いや、つい先日、似たような光景を見た気がするんですが。


「ウチね、中学校のとき、ブルゾンちえみ、好きやったんよ。ほんでな、去年の今頃は、ウチもまだぽっちゃりしてたし、35億のネタやったら、ウケるんちゃうかって思て……。ほらな、ウチも大学に入ったばかりでテンション上がっとったし、せっかくの新歓コンパやから、絶対盛り上げたろ、って思て」


両手で顔を覆い、恥ずかしがりながら、乾センパイは教えてくれる。うーむ、この人、恥ずかしがり屋のクセに、攻めるとこはトコトン攻めるな。


「君らは、黒歴史になるような無理は、せえへんでええからね」


乾センパイ、目が完全に死んでますよ。


「ねえねえ」


つんつん。亜依が、満面の笑みを浮かべながら、俺をつつく。


「こりゃー薫くん、ついに私たちのコンビ芸を披露する日が来たようだね!」


ついに、ってなんだ。心当たりねーぞ。


「一之宮さん、なんかネタのアイデアあるの?」


亜依は、自信ありげに、ふふっと笑う。


「こうしたこともあろうかと、長年温めてきた薫くんとのコンビネタがあるのだよ。薫くんにピッタリのヤツ。まあ、大船に乗った気で任せてよ!」


長年って、俺とオマエ、知り合ってまだ1週間だろ。


コイツ、絶対ロクなこと考えてないな。不安しかねぇ。

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