3. ウィルとGG

 

『――GGジェジェ、うしろだっ!』


「え、……」



 瞬間、俺は現在三本に増えた脚の一本、右足を上げて、相棒バディの左肩すれすれに圧縮空気を噴射した。GGに……人間のいる方向にレーザーを向けることは、何をどうしたってできないように設定されていると別装付属のAIが吠えたてたが、それを俺はねじふせた。なら構わんだろ!?


 GGの肩をつかみかけていた半魚人は、その空気弾を首にくらって、ぐらりとよろめいた。


 そこに振り返りざま、半透明の長い防御盾をくるッと回して、GGはそいつに押し付ける。


 びき、びきびきびきーッ!


 盾表面に通した電線から発される高熱に瞬時に焼かれ、体内の水分を沸騰させられた進化深海魚人はくずおれた……ずるり。



「いけね、背後視点ずれてた……。どうもありがとう、ウィル」



 冷静を装って・・・いる。けれど心拍数呼吸音その他もろもろの生体データがつながっているGGの緊張と焦燥は、俺にはまるわかりだ。



――なーんだ、上司ぶってても青くさい奴。しかし……?



 AI搭載兵器……道具として認識しているだろう俺に対し、真顔でmerci beaucoupと長く言ったこの若僧に、俺はちょいと首を傾げたくなる。その時、外部通信が入った。



::GG、やたらに囲まれちまった! こっちに来てくれるか!?



 緊迫した人間の声が、俺の脳内とGGのヘルメット内に響く。



「おっと! ポール達がやばい。助けに行くぞ、ウィル」



 同僚隊員ポールと彼の強化防衛兵は、6km先の砂丘にいる。頭の中には、彼らの視界も流れてきていた。本当だ、……ずいぶん多くの半魚人に囲まれて善戦している、しかもその背後には十数体の生体反応が後続しているではないか!?


 GGが背中からのばした安全帯の端を、がちゃりと俺の腰ソケットに固定させた。続いて背骨のハンドルを握る。



「ポール隊の配備地点に向けて、飛翔」



 ぶわッ!


 脚部に取り込んだ外気を瞬時に圧縮して噴出、俺は上空に向かってGGごと飛び出す。三ツ脚の下の砂が一挙に丸く取りのかれて、どもえの渦巻きを描く……。自分じゃわからんが、今の俺は下から見るとちょうど三脚巴トリスケル文様だ。


 6km飛翔はあっという間。20mの上空から見下ろせば、砂丘のてっぺんに強化防衛兵と生身の兵士がひとりずつ。二人は、敵の気ッ色悪い円環に取り巻かれていた。しかもその円環は二重ときている……! 俺は思わずうめいた。



『何てことだ、小規模ながらアレシアの再現ではないかッ。一刻も早く、敵の包囲を解いてやらねばッ』


「はぁ? アレシアって……何で“ガリア戦記”が出て来るんだよ、ウィル?」



 俺の背中で、GGが首をかしげている。



「布陣がってこと? ……あ~、全ガリア統一めざしたヴェルサンジェトリクスが、カエサルセザールのローマ軍に囲まれて負けちゃったやつかぁ」


『ちがーうッ、俺は“ウェルキンゲトリクス”じゃあぁッッ』



 現代フランス語版の俺の名を呼んだGGは、ヘルメット内部できょとーんとする。俺はたまらなくなってぶちまけた。



『言いたいことはわかるッ。あれほど兵数大差があったのに、何をどうしてけちゃったのかと、よく分かっとらん一般人に笑われているのも知っているのだッ。しかしだな、あの時代に数十万のなじみなき軍勢をまとめて、ローマの熟練兵に対抗するのがどんだけ大変で困難だったのかは、経験したやつでなければわからんのだ!」



 ふは~、GGは開けた口と鼻から息をついた。興奮しているらしい。



「すげえ……一体どういうバグなの、これ。でも面白い……ほんじゃあ、ウィル・・・キンゲトリクス王。どうやってこの敵の厚ーい壁を突破して、ポール隊と合流しよっかね?」


『何だ、俺をあっさり王と認めて賛同するのか、お前? 異民族顔だと言うに』


「堂々レイシストっぽい発言してんじゃないよ、俺は日系フランス人だ。オーベルニュ出身だから、お前の話はよく知ってる。おらが町のもじゃもじゃ英雄としてな」


『……本当か?』


「ほんとほんと」



 俺はインターフェイス内のGGを見た。


 こどもっぽい顔が、まじめに見返してくる。それはローマの貴族どもが見せた目つきとは全く異なっていた。道具や、奴隷を見る目ではない。……信頼してよい顔だと、俺のの直観が言う。


 そして生まれがオーベルニュ……、俺の部族にちなんで後世つけられた地域圏名。緑の山々が連なる、この俺の故郷……同郷、ということは。



――そうか。こやつGGは一応、俺の子孫の末端なのだ……。つまりはガリアの一部、守る部分に含まれている。



『……ようし。それでは、めちゃめちゃ悔しかったアレシア包囲戦・敗北をふまえた、俺のすてきな作戦を聞け』







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