2. ベル-イル敵群殲滅作戦

 

『ウーディク島よりキブロンへ。海中生体反応、十七個体察知』


『ウーア島よりキブロンへ。後続生体反応、六個体察知』



 窓のない輸送ヘリ機内、さっきから無機質なAI女声が次々と敵の個体数を増加・・させてゆく。誤差はあろう、しかし合計三十体は下らない。


 対してこちらは……。


 狭い機内の向かい席には、GGジェジェと同じく装甲鎧で全身を覆った、生身の人間がひとり座している。その脇に、俺同様の鋼の巨人……特合アルミニウム製“強化防衛兵”が一体。


 元はびかびかしていたのだろう、無数のかすり傷ひっかき痕のせいで今は鈍くしか輝かない銀色の左胸に、塗装のはげかけた青白赤の国旗がくっついていた。その横、識別番号に添えてHOPEと小さく記載されている。今の俺の呼称、WILLと同じくこれはコードネームだ。



『これだけの先鋒で立ち向かうのか? GG。援軍は、どう来るのだ』


「俺とお前で、担当十五体。妥当でないのかい、ウィル」



 そう、蓄積資料に触れればわかる……。ボルドー周辺の主戦場に対して、ここブルターニュ南部はただの副戦線だ。大西洋から湧いて出る“敵”を、本土上陸前に島嶼部に引き付けて殲滅せんめつする。


 地球温暖化にともなう森林火災多発の結果、砂漠化が進行してほぼ人間の住めなくなったアキテーヌ地方、そこへ付け入るように上陸・・を試みる謎の海洋生命体の大群。こんなものを秘密裡に片付けなければならないとは、現代フランス政府もご苦労なこった……。


 欧州随一を誇っていた出生率もこの二十年でついに低下、国家憲兵隊ジャンダルムリも人出不足である。そこで登場するのが“混成ドローン部隊”、若き兵士の穴を埋めるのはAI搭載ロボット防衛兵……つまり我々だ。人間の“相棒”と二人一組で、実戦を展開する。



「さあ、ベルイル上空。配置につくぞ」



 同僚部隊員、人間の方が明るくどなった。GGが顔面プロテクタを下げて、俺の後ろ……いわば突き出た背骨のような、固定ハンドルを握る。



『Allez-y, les gars』:やっちまえ、野郎ども。



 自動運転ヘリのAI音声が、平坦まぬけ調でがなる。


 さっと床が抜けて、俺とGGは落下した。





 もわんッ!!


 派手な砂しぶきを上げてやわらかく着地したのは、島の東部にある砂丘の上だ。眼前にひろがる砂浜を、広く見渡せる位置にある。どこもかしこも枯れきった草と樹木の死骸ばかり、砂漠以上に辛気臭い場所。美しきベルイルってのは皮肉か?


 ……いや、ほんの少し前までは名前の通りだったのだ。やわらかい海洋性気候に育まれた、淡い水彩画のような荒野と水平線。それらに取り巻かれた、南ブルターニュ特有の石造りの家々が寄り添う村を訪れる観光客が途絶えなかった。


 しかしアキテーヌ同様に乾燥化の影響を強く受け、さらに戦線になってしまった現在、全島民は退去して無人島となっている。


 かなしき廃墟だ……。けれど厚い雲の合間、わずかに垣間見えた空は青かった。本物の空。むちゃくちゃな状況ではあるが、願いがちょっとだけ叶ったということで、俺はすこし目を細めた(つもり……。今は強化アクリルのはまった孔だ)。



「戦略領域展開。アルエットひばりアンドゥは上空へ」



 GGの指示にそって、俺の両肩甲に装着されていたドローン二機がぱぱっと飛び立った。


 このヒバリたちの視点が、俺の副視界として流入してくる。GGもプロテクタ内部のスクリーンで見ているはずだ。



「アルエット1、UVバリア照射」



 灰白色の雲が低く垂れこめる中、ふわっと不釣り合いな紫色の光の幕が、俺たちの周囲に広がった。



「おーう、さっそく来やがったよ。ウィル、構えアン・ギャルド!」



 べしゃべしゃ、べしゃッッ。


 濡れそぼった音を立てて、波打ち際の方から二つの影が接近してきた……。



『何じゃぁぁぁ!? あの気ッ色わるい化け物はぁぁッッ』


「お前……ほんと今日は楽しいね? ほれ、電撃レーザー照射」



 わかっている。わかっているのだ、けど俺の魂が……俺の心が敵の実物を前に、引きまくっている。


 ずんぐり無骨な左右のアームを前方に向ける。その先の細まった刃孔から、紫がかった光の矢がそいつらの頭部めがけて飛んで行った……びゅあッ。



『ぎーーえーー』



 超圧のレーザー小砲で頭をふっ飛ばしても、残った部分のおぞましさに身の毛がよだつ! 思わずうめいてしまった。……いや、俺に毛はもうなかったのだっけ。



『魚が立って歩くとは、何ごとだ! けしからん、気持ち悪い、食欲うせるッ』


「うん、俺もさかな嫌いよ。≪進化深海魚人≫見て、寿司食えなくなっちゃった人は多い」



 頭をなくした人間型の魚……、全身を深緑と銀のうろこで固めた醜悪きわまる生きものは、地面にのびてぴくぴく震えていた。



『自分で焼いといて何だが、最悪に臭いぞッッ』


「有毒ガスだよ、あんまり吸うな。また来たぞー……アルエット2、左側一帯にオルカ音波トラップ発散」



 きひーん……!!


 人間の耳には聞こえない音域の“大騒音”を、上空のヒバリ二号がたれ流す。


 こちらにぐいぐいと進んできかけていた半魚人二体が、ふらっと左右に体を揺らがせた。同じく海洋生物、なかでも生態ピラミッドの高い方にあるものの声には、敏感に反応する奴らだ。



「いいぞ! びびってる所へウィル、今度はブレード直接攻撃。レッツゴー」


『……』



 俺の身体は、もはやの思うようには動かせない。俺のをのせて活動し続ける人工知能と、それを搭載した特合アルミニウム製の身体は、人間の“相棒バディ”の指揮によってのみ殺傷力を発揮することができる。


 ……相棒? ていの良い言葉だ、実際には奴隷と主人の関係じゃないか? 俺は道具ではないッ!



『くそったれ、二千年たってもローマ人みたいなのが出しゃばってやがるのかッ』



 ざん、ざざん!!


 胸くそ悪さをGGにぶつける行為は許されて・・・・いない。


 よって俺は、よろつきながらも縦に平たい口を開け、水かきの大きな前脚(いや、ひれ・・かも)を広げてむしゃぶりついてきた半魚人を、左右アームのレーザーブレードで10、と切る。


 まぁXと書くやつだ、こんなところまでローマ数字なのがむかつくぞ。……と呟きたい。


 と、さらに四つに切り分けた奴の後ろから、とび上がってかかってきた個体がいる!



「雷撃ランチャー、発動」



 俺の脳天より突きでし、触角がぴかっと白く光って小さな雷を放つ。


 じりっと半魚人の身体も輝き引きれて、そのままどさりと砂浜地面に落下した。



『嫌だぁぁぁ! よりによって、何で雷神タラニスの力を使わにゃならんのだぁぁぁ』



 俺はまたしても、見えないとり肌をたてた。怖いもの知らずのガリア戦士にも、唯一恐れる存在がある……!


 いや母親は別格として置いといて、一番怖いのは“天が落ちてくること”、すなわちカミナリ様の激おこ状態だ!!


 さすがに狼狽してぐるっと後退しかけた。そこでGGのすぐ背後に、別の小型半魚人が一体迫っているのが見える。


 オコゼ系の高密度神経毒を含んだ、前脚部分のひれ・・をかざして――!



『――GG、うしろだっ!』



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