~小顔で小柄な妻~『夢時代』より冒頭抜粋

天川裕司

~小顔で小柄な妻~『夢時代』より冒頭抜粋

~小顔で小柄な妻~

 或る日を境に小さな躰と顔を保(も)った可愛い女性(おんな)が僕に現れ、次第次第に氷が解け行き体温(おんど)が芽生え、白壁(かべ)が崩れて彼女は僕の家内に成った。始め彼女は知らずに芽生えた友人に在り、昔の旧友何人かと一緒に遊ぶ内の一人に在った。そこで知り合い始めて春夏秋冬、幾朝・昼・夕、通り過ぎ行き、互いに互いの表情(かお)と思惑(こころ)を知り合う内にて友人以上の絆が生れ、この世で、この地で、〝生涯揃って添い遂げよう〟など知己の情緒も芽生えながらに躰が透り、僕達二人は体(からだ)が繋がる程度の合致をした為、相対(あいたい)して行く他人(ひと)の背中に如何(どう)でも浮んだ肢体(からだ)を宿して転々(ころころ)転がり、他人を偽る防御の術など携え終えつつ人間(ひと)の嫉妬(ねたみ)を糧へと変え大きく寝そべる夢遊を知りつつ自然の立場を要所に射止めた。そうした経過を徐々に歩いて地均しして行き、二人の土台は岩に立ち行く未来を携え新鮮と成り、互いに誓った未来の歯車(くるま)は大をも小をも兼ねる迄にて思惑(こころ)を宿し、僕達二人は結婚をした。

 二人の住まいは京都に具わる小さな丘にて昔は此処に大きく拡がる塚が根付いて幽体と成り、今では見えない死者の霊など浮遊するのが或る狩人達には透って見えて、二人は変らず無感であった。そうした霊の類(たぐい)を何も感じず独歩(ある)いて来る内、二人が揃った土台の夢想(ゆめ)では現行(いま)の在り処を仔細に形成(つく)って具体が表れ、伝えられ得た二人の躰は白く流れる白雲(くも)の態(てい)して二人を見下ろし落ち着いて在り、二人の新居は過去から現在(いま)まで躰を透した怜悧な様子に仔細に暴れて静かに鳴りつつ、次の機会を二人に呈して硝子細工をこの世で繕う丈夫な仕草を認(したた)めている。しかしこうした新居に過去から吹き行く暑くも寒くも感じられない静かな風など続けて流行(なが)れて二人の思惑(おもい)は無感に喫する内にも懐かしくもある過去の大風(オルガ)が暫く生れて「俺」だけ捕え、家内(かない)は家屋で何か細々、朝な夕なに内職(しごと)の分業(ノルマ)を熟(こな)して行くけど矢張り透った閑静(しずか)に在って二人の体動(うごき)は暴露(ぼうろ)され行き、京都に移って来る以前(まえ)、俺が密かに幼少頃から暮らし始めた小さな影響(はへん)が所彼処(ところかしこ)に此処にも具わり、俺の〝幼少期(こども)〟を久しく隠した古巣の小都(みやこ)は此処から隣府(となり)の賢く生き得た大阪にて活き、小風(かぜ)を起した夕日の背中に紅(あか)が芽吹いて白体(はくたい)と成り、京都の新居は大阪(むかし)に芽吹いた社宅を想わせ緩々身構え、二人に対して淡く建ち活(ゆ)く故習を呈して沈着していた。二人の未熟(あお)い活気が間髪入れずに日毎に頷き小事(しょうじ)を携え迎えて来るので、二人の姿勢はそれでも嬉しく〝負けまい〟とした若い向上(きりょく)が十分上向き忙(せわ)しく流転(ころ)がり、新居の体(てい)とは一国主(いっこくあるじ)の城の態(てい)より二人が落ち着く小庭が適して相応(そうおう)しい、等、如何(どう)にも衒った若輩(わかさ)が飛んで白日夢の下(もと)、一居(いっきょ)は別の表情(かお)して次第に微睡み、大阪(むかし)に咲き得たマンション等へと変って行った。間取りの広さはアパート程にて昔の巨体は小さく畳まれ、外見(そとみ)を気にした二人の姿勢(ようす)は此処(ここ)でも具に照明(あかり)を点(つ)け出し他人(ひと)を呼び付け、自然の内にも初春(はる)が芽生えて秋風が活き、小じんまりした二人の広さはアパート程の小さな間取りに落ち着き入(い)って、新婚夫婦が丈夫に寄り添い暮らして行くにはこれと言って不足の無いまま経過(とき)が成り立ち二人の世界は誰から知られず幸福(しあわせ)だった。

 俺の心身(からだ)に異変が起り、心は澄んで現(ここ)に在るのに、対人して行き喋って居ると、両脚(あし)が地からふっと浮くような感覚(かんかく)に見舞われ、見舞われるまま気を許して居ると、そのまま左右の何方(どちら)か、椅子から転落しそうな恐怖が成った。彼の心はそのまま自体を按じ、誰と居るのも気分が乗らずに臆して行ってとにかく人目が飛び交う人群(むれ)から離れて自室に居ようと、疲れを怖がり自然に在っても俺の心身(からだ)は自室に在った。何時(いつ)しかこうして自室に在っても物思いのまま自身の置かれた状態等を連々(つらつら)想って鞣して行くと、如何(どう)にも解(げ)せない未開の様子が自身に備わり根付いていると新たな不安が恐怖を呼びつつ叫んで来るので、俺はとうとう堪え切れずに新居も空想(おもい)も棄てて現実世界と泳いで行って、二月の寒い日、最寄りの院へと入って行った。診断書には〝自律神経の乱れ〟と記されて、その院の内でもDrから一々諭され丁寧成るまま諭され続けた経過(じかん)に於いて幾度かふらふら失神しそうに成っては居たが、その度その度ぐっと堪えて足場を固め、精神薬(くすり)を三種貰って帰路へと就いて、帰る迄にも早々(さっさ)と歩いて自分の用途を済ませる為にと丈夫な表情(かお)した隣人達が変らず在って、それ等を観るたび俺の精神(こころ)は俄かに騒いで空を睨(ね)め付け、彼等の居所(いどこ)に自分も何時(いつ)かは還元されると執拗(しつこ)く嘯き車を走らせ、自由気儘に生活して行く。厳寒以上の酷寒(こくかん)成るまま京都に根付いた二月の最中(さなか)を俺の心身(からだ)は温度を低めて自活を図り、生き抜く術など見付ける為にと人間(ひと)の最中(さなか)を深々(しんしん)降り行く雪に見立てて音の鳴らない環境(かこい)を見付けて埋没して行く。そうして辿った自宅は今でも、これまで独歩(ある)いた京都の姿勢(すがた)に温度(ぬくみ)を献じて立たされて在り、俺の還りを静かに喜び落着していて、二重写しに自体を着飾る妄想(ゆめ)の御殿へ意識を取られて優柔不断に徘徊して在る。次第に晴れ往く高空(そら)の居場所が酷寒(さむ)さに悩んで居場所を探し、探した序(ついで)に俺の精神(こころ)を奇麗に睨(ね)め付け見付けた贈物(たから)と次第に喜び俺へと跳び付き、高空(そら)が環境(まわり)を構築したのか、御殿の周辺(あたり)は奇麗に並んだ木々が色付き木々は疎らに隣家へ化(か)わって涼風(かぜ)が吹き行く住宅地(まち)の内には俺へ跳び付く人間(ひと)の勇気が軋々(きしきし)鳴りつつ俺の個室へ迷って這入る。

 自然と時流の二つが並んで俺を呼び込み、俺の心身(からだ)は自然に透って流行(はや)りを欲しがり、時に適った嗜好の限度に俺と人間(ひと)とが共存して行き、俺の言動(うごき)は人間(ひと)を止まらす小枝の様(よう)に儚く誘う対象(オブジェ)を見せ得た。実際これまで俺の元には徹底するほど誰も寄らない空白(空き室)が具わり孤独だけが来て照明(あかり)を換え行く不変の一定(ルール)が活きつつ人間(ひと)の還りは無かったのだが、結婚した後、嫁の効果か影響なのか、波及して行く流行(はやり)の如くに嫁の魅力は抜群成るまま新居から洩れ、釣られた来客(きゃく)など薄笑み浮かべて転々(ころころ)転がり、遥か彼方の遠方(いなか)からでも、嫁の魅力に一目逢うため身を粉にさえして〝来客(きゃく)〟と成るのを切望して居た。始めの内には来客なれども肩を並べて薄い絆に集った仲間を装うように、何人かで来る団体(かたち)を呈した来客(きゃく)であったが、次第に俺と嫁とに解け合う内に各自は自ら付き得る情(なさけ)など見て隙間など見て、各自は各自で自活して行き気丈を呈し、予想通りに俺へは付かずに嫁へと付き行く自信(おのれ)の丈夫に物を言わせて悦を欲しがり、無い物強請りの権化と化し行く各自の身元は俺の新居を足掛かりとして、右往左往に進歩して居た。次第次第に新居(いえ)の小庭へ降(お)り付き小鳥の純朴(すなお)が逃げ去るくらいに新居の内では沢山集った来客(らいきゃく)達が嫁を掲げて喝采して居り、老若男女が何時(いつ)も居座る狭い〝我が家〟へ新居の形成(かたち)は益々遠退き俺を眺めて、嫁一人で成る、来客(きゃく)一人で成る、逃げた小鳥の一匹で成る、淋しく冷たい新居の体(てい)へと付かず離れず俺から独歩(ある)いて自生を手に取り、行先(さき)の見えない開かずの間なども新居に居座り涼風(かぜ)を吹かせて、来客(きゃく)と嫁との匂いを以て充満して行く淡い新居へ身を化(か)え始めた。俺の予想は独歩に在って何時(いつ)も冷静足るまま沈着して在る来客(きゃく)の姿勢(すがた)を射止められずに嫁との関係(あいだ)を始終気にした不安が立ち行き、幾度か手にした不倫に対する疑惑の陰にも何にも無いのが常と成りつつ俺は萎え行き、明りが差し込む狭い居間には母性を奪(と)られた小さな男児が褒美を強請って沈着して在る。来客(らいきゃく)の内には知己とも呼べる教会から来た人達が居り、俺の狙った淡い平和が出来得る一つの形成(かたち)に、飽和を呼び込む気色も並んで幸福(しあわせ)だった。

 俺は時折り自分が大人だと言う事を忘れ、子供の頃に知り合った男の友人(安尾、平尾)と程好く遊んだ。安尾は元々俺の自宅(いえ)から数歩離れた隣家に棲み付き、又、俺が唯一喧嘩で勝った友人であり、平尾は少し離れた他所の地域に居を構えて在って、他人顔して生意気であり、高校頃からすくすく伸び得た手足を拾ってやんちゃと成り着き、俺の目前(まえ)から何時(いつ)しか失(き)え得た冷たい体(てい)した友人である。そうした彼等と気構え失くして程好く遊んだ男児の肢体(からだ)は遠(とお)に芽吹いて季節を仰ぎ、四季を無視して大空(そら)を妬んだ幼稚な醜態(ぬくみ)を慌てて隠して無音を鳴らし、俺の表情(かお)には彼等が解(ほつ)れて情(じょう)の綻ぶ小さな男児が興(きょう)を忘れて未熟を引き出し、出元(でもと)と成り得た自然の主(あるじ)は到底届かぬ高空(そら)の彼方へ還って行って肢体(からだ)を寝かせ、俺と彼等が程好く遊んだ四季の香りを涼風(かぜ)に乗せつつ逃がして在った。俺と彼等は昔に憶えた英雄(ヒーロー)を知り、〝ウルトラマンごっこ〟で心身(からだ)を火照らせ笑ったようで、俺は内(なか)でも〝ウルトラセブン〟をピックアップして採り、彼等が遊ぶ悠々自適を自然に還(かえ)して無感と成り着き、彼等の四肢(てあし)が自由に跳ぶのを細目に捉えて保温を憶え、彼等の遊戯(あそび)を傍観するまま俺の四肢(てあし)は静かに在った。そうする最中(さなか)に自然は遊泳(およ)いで弱体と成り、俺の眼(まなこ)は弱り果て行く微細を捉えて彼等に当てて、四季の経過(ながれ)に遊泳(ゆうえい)して行く彼等の稚体(みじゅく)を宵に捉えて弱体を知り、人間(ひと)の弱身(よわみ)が何処(どこ)を如何(どう)して流行(なが)れて行くのか自然に引かれる〝自活〟を知りつつ俺の心身(からだ)は無欲を欲しがり、田舎に芽吹いた〝思う葦〟等、到底適わぬ天空(そら)の思惑(おもい)に四肢(てあし)を延ばして独歩を按じ、安き束の間、慌てふためくテレビの音声(こえ)など涼風(かぜ)に運ばれ俺の耳内(もと)へと素直に転がる。彼等かテレビか区別の付かない幽体めいた無機体(パフォーマー)が、茶稚(ちゃち)な過去(むかし)に色付けられつつ男児の興味を了(りょう)して廻った足取り付かない極致に達した特撮で、俺の拾ったウルトラセブンを放映しながら熟(じゅく)して在ったが、そうして形成(かたち)を射止めた特撮機構は足取り付かずの幽体離脱を何度もし掛けて自体を貪り、遂には見えない遊歩を憶え、〝ウルトラセブン〟はその撮影時に自身を晦ます被(かぶ)りを知らずに挑戦して行き、そのとき丁度見付けた〝ウルトラの母〟の衣装を纏って自体として居た。頭頂から高空(そら)へ目掛けてにょっきり突き出る〝アイスラッガー〟の代わりに、左右の耳から延び得たピッグテイルが矢鱈に目に付き、白雲(くも)を眺めて〝母〟を観た時、俺の眼(め)からは白い涙がほろほろ流れて不出来の自身を誘い上げつつ、遥か遠くにゆったり寝そべる青い寝床(ベッド)へ俺の自信は独歩(ある)いて行った。

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~小顔で小柄な妻~『夢時代』より冒頭抜粋 天川裕司 @tenkawayuji

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