第21話 その前におやつを食べよう
「なあ、ユキ。怒ってないか?」
「怒る? 私が? どうして?」
「いや、どうしてかはわからないが……」
「だったらいいだろう。私は怒ってないんだから」
絶対怒ってる。ナギの呟きを無視して、ユキは大股で土を蹴り上げ進んでいく。
無論のこと、自身の浅慮な行動がそもそもの原因だとは彼女も理解している。だから、怒っても仕方ない。そう納得しようとすると、何も考えていない駄犬の顔が目に入り『いや、半分はこいつのせいじゃないか?』と考えてしまうのも已む無しだろう。
「ユキ」
しかし、その怒りも鋭いナギの声で一気に冷える。こちらの態度が腹に据えかねた、というわけではない。ここから先は、命のやり取りをする場だと警告をしているのだ。振り返ると、彼女はしゃがみ込んで地面を撫でていた。
「……何か見つけたか?」
「ああ、尖ったものを刺したような跡が続いている。それもキチッと測ったみたいに」
「ここから急に現れた?」
「いや、見つけたのがここだけってところだろう。たぶん、来た道を逸れたら他にも見つかるはずだ」
「なるほど……けど、それは重要なことじゃない。これが続く先に何があるかだ」
「そうだな。気をつけていこう。変な匂いはしないが、そういうのが通じないのがスキュラだ」
立ち上がったナギの言葉にユキは頷き、ホルスターから銃を引き抜く。シリンダーを露出させ、6発の弾丸が込められていることを確認し、元に戻す。ケレスの骨から削り樹脂で固めた弾丸は、訓練に使用した木製のフランジブル弾の数倍以上の威力と貫通力を発揮する。値段は数倍ではきかないが、命より高い弾丸など存在しない。
問題ない。特訓は十分にやった。冷静に構え、撃つだけでいい。両手で保持した銃を見つめるユキに、
「前と上はナギが気にするから、ユキは後ろを気にしてくれればいい。それなら、背中を撃つ心配はいらないだろ?」
「……ん、そうか。そうだな、お前に任せた方が安心できる」
無意識に力を込めていた手を緩め、買い物袋を持つような気楽さで銃を握る。一人でやっているわけでもないし、出来るわけでもない。このために相棒が居るのだから。
「じゃあ、行くぞ」
ナギは、刀を抜くことはしないが左手は鞘に添えられており、いつでも抜刀できる姿勢だ。それでいて不要な力を体に込めることはしていない。
先導する彼女に倣ってユキも試してみるが、体に込める力と周囲への警戒のバランス配分は思った以上に難しい。一点を注視すれば全体が疎かになり、全体を俯瞰しようとすれば一点がボヤける。こればかりは、経験と環境の差だろう。
そうして歩くこと1時間。そろそろ休憩を提案すべきかと、ユキが額の汗を拭ったときだった。ナギが無言で制し、前方を指差す。
「アレじゃないか」
彼女が指さした先にあったのは、一見すれば木々と蔦に覆われた岩山。だが、洞のように開いた暗闇。何よりも光を照り返す板が傍に落ちている。そんな自然物は――滅多にはないだろう。
「少なくとも何かはある……行こう」
先へ進もうとするユキだが、ナギが広げた腕に妨げられる。なんだ、と彼女を睨むと、
「その前におやつを食べよう。中に入ったらそんな暇はないかもしれない」
こんなときに、と言いかけたユキは口をつぐむ。こんなときだからこそ、休むことが重要なのではないか。そもそも、自分だって休憩を提案するか考えていたはずなのだ。それを忘れるくらい焦った状態で遺跡に潜ったところで、ロクな結果にはなるまい。
「……はあ。こういうときはお前の方がよほど冷静だな」
ユキは、倒木に腰掛けたナギの隣に腰を下ろす。自然と吐き出される息に、ようやく疲労を実感する。張り詰めていた糸をゆっくりと緩ませ、空を見上げる。うっすらとだが、月が見えた。
「ほら、ユキ。美味いぞ」
ナギが差し出したのは、黄金色の飴だった。包んでいた紙を剥がし、口に放ると蜂蜜の優しい味がじわりと広がっていく。
「確かに、美味いなこれ」
「だろう? けど、一日に2つまでしか食べられないんだ」
「どうして? 高いのか、これ」
「いや、ババァが言っていたんだ。『1つなら良い。2つでも良い。けど3つは駄目だ。ハチを割り切れないと、腹の中で暴れ出す』って
「……お前、それって」
真剣な顔で言うナギに、ユキはそれ以上言えなかった。彼女だっていつかは気がつくだろう、子どもではないのだから。例え子ども用の言い包めを信じ切っていたとしても。
「休憩は飴が無くなるくらいがちょうどいい。頭いいと思わないか?」
「……そうだな」
偉いだろ?と言いたげなナギに、ユキは生返事で答える。
休憩を終えた二人は、狭い入口を滑り込むように入っていく。光石が切り取った闇の先には、緩い下り坂が続いていた。そこへ一歩踏み出したところで、
「ッ!?」
一瞬にして真夜中から昼間へと変化したような明るさに、ユキは思わず顔を覆う。罠か、と焦る右手で銃を正面に構えながらゆっくり目を開いていく。
「これは……なんだ?」
柄に手を掛けるナギは、呆然と周囲を見渡していた。その問いには、ユキも答えられない。見たままにいうなら、周囲の壁すべてが光を放っている。先程は驚いたが、落ち着いてみれば眩しさは感じる光量ではない。ランプをじっと眺めるよりもよほど目に優しい。
とりあえず、危険というわけでないようだ。ユキは、構えていた銃を下げてナギに言う。
「これが何かはわからんが……好都合ではある。ランタンで片手が塞がらないし、不意打ちもされづらいはずだ」
「それもそうだな。けど、気をつけたほうがいい。急に点いたってことは、急に消えることもあるだろう」
「まあ、あり得るな。そうなったらどうする?」
「ナギは向いている方を警戒する。ユキは後ろを任せる。それでいいんじゃないか?」
「わかった。それでいく」
二人は頷きあうと、ナギの後ろをユキがついていく形で明るい通路を進んでいく。暗い遺跡も落ち着かないが、先々まで見通せるほど明るいというのも同様だった。
この壁も床も何故光るのか。硬いブーツの底でも音が立たない床を踏みつけながら、ユキは疑問を抱く。ガラスの下に光石を置いている――なんて単純な構造ではないだろう。未知の技術で作られているようだが、それが今はどうして埋まっているのか。それを作った者はどうなったのか。当たり前すぎて考えなかった疑問に、ユキは訊ねる。
「なあ、こういう遺跡を作った人……でいいのか? そういうのはどこに消えたんだ? こんな技術があったのに、ほぼ残っていないのはどうしてなんだ?」
「それはわからない。ナギが馬鹿だからじゃないぞ。アカデミーの連中でもわかってないって、ババァが言っていた」
「何もわかってないのか?」
「んー……祖先、先祖。そういうものが存在していたのは間違いないらしい。今使っている文字と似た文字が使われていたから。けど、全部読めるほどはわかっていない……だったはずだ」
「つまり」
「ああ、ナギ達が考えることじゃない。頭の良いやつに遺物を渡せば考えてくれるだろう」
めんどうくさいし、と割り切ったことを言うナギに、ユキは肩を竦める。とはいえ、彼女の言うことも正しくはある。考えることは無意味ではないが、役割というものがある。下手な考えで眼の前が疎かになるくらいなら、考えないほうがマシということもあるだろう。
ユキは抱いた疑問を棚上げし、周囲の警戒のみに意識を集中させる。背後だけなく高い天井も時折見やりながら、体感では十数分。実際には5分も経っていないところで、ナギの足が止まった。
「大部屋だ。とりあえずここから見てみるか」
僅かに開いたドアの隙間に手をかけると、ナギは力を込め――あっさりと開いたドアの勢いに転びかける。なんだこのドア、と彼女は八つ当たりにドアを蹴って足早に部屋へと入る。吹き出しかけたユキは、咳払いで誤魔化して後に続く。
「ここは……食堂か?」
部屋を見渡すユキが思い浮かべたのは、朝の食堂だった。部屋中に散乱しているのはおそらくは椅子と机だろう。目立った汚れのない椅子を置き直し、座ってみる。ぐらつくこともないし、曲線を描く背もたれも背中にフィットする。体重を移動させるたびにガタつく食堂の椅子よりも遥かに上等だ。
ナギは、椅子と一緒に机も置き直してユキの対面に腰を下ろす。何があるかわからない遺跡の中だというのに、メニューだけを横目に通り過ぎるカフェにいる気分だった。
「これ、いいな。持って帰れないか?」
「それはいい考えだけど……まずは、全体を見ないとな。どのくらいの大きさがあるかもわからないし」
「ここが食堂なら、かなり大きいんじゃないか? 本部のレストランよりもずっと広い。100人は余裕そうだ」
「そこを二人でか……気が滅入るけど、何かはありそうだしな……座って休むにはまだ早いか」
「それはそうだな。まあ、休むにはいい場所が見つかったと思えば悪くない」
二人は立ち上がり、軽く中を探索してから部屋を出る。ざっと見た程度だが、今は蜘蛛に関する情報――もっと言えばユキに繋がるものを何よりも見つけたかった。詳しい探索は後から出来るのだ。
廊下に出て、再びナギを先頭に歩き始めようとしたその時だった。
「ナギ!」
昼間から真夜中へと急激な転換。ナギの背中を見ていたユキは、銃を抜いて背後へと構える。見えるのは照準に塗布された赤い光のみ。否、赤い光はもう一つ。暗闇の中に浮かぶ霊魂のような赤が揺らめいたかと思うと、足音を吸い込む廊下でさえ抑えきれない早鐘のような金属音が近づいてきている。
ユキは、小さく息を吐いて接近する赤のみに意識を集中する。吐いた息の代わりに周囲の魔力を肺に取り込み全身に循環させ、混ぜあった魔力を掌から銃へと伝導させる。握りしめるグリップと手が溶け合い一体となった錯覚のままに、ユキは引き金を引く(命ずる)。
体を震わせる銃声とともに放たれた3発の弾丸は、正確に赤い光を穿つ。それだけに留まらず、重く硬い弾丸は目標の体内に食い込み、全身に破壊力を伝播せながら吹き飛ばす。けたたましい金属音は廊下に響き、そして一気に静まり返る。
赤い光が消えた先に銃を向け続けてたユキだが、再び昼になったところで構えを解く。その視線の先にあったのは、身じろぎもしない蜘蛛だった。あの時、自分を殺そうとしたものの同型。それを自分が、倒した。
「なんだ、あっけない……」
ホルスターに銃を戻し、ユキは呟く。それは率直な思いであり、強がりでもあった。記憶の中に巣食っていた蜘蛛は、もっと恐ろしく強大な存在だったが、武器があれば対処できる存在でしか無い。
だというのに、本能的な嫌悪感は拭いきれない。すでに動かなくなった残骸を見るだけで、背中が総毛立つ。
「ユキ? どうしたそんなに気を張って。もういないぞ?」
ナギに肩を叩かれ、ユキは慌てて振りかえる。気遣うような目をするナギに、ユキは首を横に振る。
「なんでもない。ただ、ちょっと考えていただけだ。こんな気持ち悪いものはどこから生まれたのかって」
そう言ってユキは、ナギの傍らに転がる真っ二つになった残骸を示す。その断面から覗く中身からは、白い液体が血のように溢れ、金属の何かが複雑に絡み合い血管と内蔵を思わせる。
どう見たってまともな生物じゃない。だから、落ち着かない気分になるだけだ。そう自分を納得させようとするユキだが、
「殺されかけた相手だ。怖いと思うのは普通じゃないのか?」
「……お前も、そういう気持ちになるのか?」
情けない考えだと意図的に思考から外していた考えを指摘され、逆にナギへと問い返す。
「いや? まあ最初の1回は怖いが、相手を殺してナギが生きているならナギの方が強い。だから、怖がる理由はない」
「お前……」
こいつにマトモな感性を期待するのは間違いだった。呆れたユキは、振り返ってそのまま歩き出そうとし、
「けど『カタチがこうだから』『まともじゃないから』を理由に殺す相手を選ばないほうが良い。殺すのに必要な理由は『死にたくない』で十分だろう」
背中越しに掛けられた声に足を止める。叱咤でもなく、苦言でもなく、ただ『こういう考えがある』と諭すような静かな声。一般論を語っているのではなく、自身の経験に基づく生存術を彼女は伝えている。
「……覚えておく」
ナギの言葉を胸に留め、二人は再び歩き出す。動かない蜘蛛の死体を乗り越えた先にも、道は続いていた。
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