4章

第20話 二人いるんだから二つ頼むべきじゃないか?

 相変わらず騒々しい食堂と白いパンの味にも慣れてきた朝のことだった。


「で、街の東で見つかった遺跡はヤバいんだって。なんか鉄の蜘蛛が歩いてるとかでさ」


 普段であればガヤの一つに過ぎない隣のテーブルの会話が、ユキの耳に届く。彼女は、パンを噛みながらちらりと視線を送る。若い男女の二人組は、年季の入ったオーバーオールを着ており、少なくとも冒険者ではない。つまり、冒険の相談でもないただの日常会話をしているだけだ。


「いいのか?」


 視線を正面に戻すと、ナギがそう訊ねる。対してユキは、肩をすくめて答える。


「ただの噂だろ。冒険者でもないのに、アレのことを知っているわけがない」


 目覚めたばかりの自分を襲った鉄の蜘蛛。アレがなんだったのかわからないが、自分の過去に繋がる可能性はある。だが、それこそ蜘蛛の糸よりも細い可能性だ。今はそれよりも、今日は何をするか考えるほうが重要だろう。


 そう言うと、ナギは少しムッとした顔で言う。


「嘘をつくことはないだろう」

「嘘って……なんだよ」

「気になってるし、調べてみたいんだろう? なら、行けばいい」

「……どうしてそう思った?」

「隣を気にするなんてらしくない。いつもなら騒がしいから無視しているだろう」


 ナギの指摘に、ユキは押し黙る。じっと見つめるナギから逃れようと椅子を引くと、彼女は身を乗り出して責めるような目で見続ける。それに耐えきれなくなったユキは、わかったと言うように両手を上げて溜息をついた。


「お前の言うとおりだ。私は、何かあるかもしれない遺跡を調べたかった。けど、『あるかもしれない』遺跡を探すのは面倒なんだろう?」


 本心を見透かされた悔しさからユキは、過去の言動を当てこする。我ながら子供っぽいと自嘲するが、しかしナギは堪えた様子もなく、


「ユキがやりたいことはナギがやりたいことだ。少なくともナギがそれを見つけるまではな。だから、やりたいことをめんどうくさがったりはしない」


 真っ直ぐな目と言葉で返されてしまい、言葉に詰まってしまう。それは、ズルいだろう。どうしてそんな都合良く言ってほしいことを言ってくれるのか。非常識が尻尾つけて歩いているような奴なのに。

 熱くなった顔を手で覆い隠したユキは、何度か深呼吸し、顔を上げる。


「わかった、わかった。じゃあ、遠慮はしない。何の得もないかもしれない冒険に付き合ってもらうからな」

「ああ、そうする」


 満足そうな顔をするナギ。俯いたユキの囁きを聞き届けた耳も、同じように揺れていた。ユキは、もう一度深呼吸して立ち上がる。


「お食事中のところ申し訳ありませんが、ちょっとお訊ねしたいことが」


 声を掛けられた男は、丸くなった目をユキへと向ける。この場に似つかわしくない丁寧な口調だったことか、それともディスプレイから抜け出したような風貌にか。どちらが理由にせよ、男は呆けていた顔から一転して気取った態度を取り繕う。


「おや、美しいお嬢さんがこんなところに何の用かな? 貴方には舞踏会場がお似合いだ」

「あー、こいつの言うことは気にしないで。ただの馬鹿だから」


 男の向かいに座る女は、呆れるでもなく言ってコーヒーを口へと運ぶ。少し引いていたユキは、その言葉に気を取り直して続ける。


「東の遺跡付近に鉄の蜘蛛が歩いていた、と聞こえました。その話を詳しく聞かせていただきたいです」

「なに? そんなことを訊くとは……もしかして冒険者か?」


 驚く男は、ユキの格好を上から下まで眺めて半信半疑という目を向ける。


「ええ、探しものが見つかるかもしれませんので」

「ふむ、教えてもいいが……タダというわけにはい……き、ます」


 余裕ぶったニヤついた顔をした男の顔色が、尻すぼみになっていく言葉に比例して青ざめていく。その理由は、


「あまり勿体ぶるな。面倒なのは嫌いなんだ」


 気怠げに言うナギは、いつの間にか男の背後へと回り込んでいた。催促するように男の脇腹に当てた柄頭を押し込んでいく彼女に、ユキはやめろと目で制する。何故か意外そうな顔をする彼女に溜息をつき、震える男へ声を掛ける。


「こちらも最初からタダで訊くつもりはありません。役に立つ話なら礼くらいはします」

「そ、そうですか……だ、だけど大した話じゃない……ですよ」

「構いません。それはこちらで判断します」

「で、では……今朝、ギルド本部に配達に行ったとき耳にしたんです。街の東に蜘蛛がいたと」

「配達?」

「私達は畑を持たない雇われ農家でね。ちょっとでも稼ぐために卸先へ配達もやってるのさ」


 怯える男の話に女が補足する。こちらのほうが話が早そうだと、ユキは男に申し訳なく思いながらも女に先を促す。


「今朝はギルド本部のレストランがそうだった。そこの職員が深刻そうにしていたのさ。冒険から帰ってこない奴らは、鉄の蜘蛛の餌になったんじゃないかって」

「……その噂の根拠は、ありますか」

「さぁね。言った通り耳に挟んだだけだ。根拠までは知らない。けど、噂になる以上『そう見えた』何かはいたんじゃないのか?」


 女の言葉に、ユキとナギは顔を見合わせる。女の言う通り、それらしい何かが居た『らしい』という精度の低い情報だが、東の遺跡に鉄の蜘蛛が居たという事実は身を持って知っている。そこから離れた遺跡に同じものがいるというのは、十分にありえる話だ。

 これは、調べる必要がある。逸る気持ちを抑え、ユキは頭を下げて言う。


「ありがとうございます。参考になりました」

「こちらこそ。あんたみたいに礼儀正しい奴ばかりなら楽なんだけどねえ。それで? 急かすようでは悪いけど、何で礼してくれる?」

「えっと……」


 とくに考えていなかったユキは、慌てて思考を巡らせる。手っ取り早いのは現金だが、今はカードしか手元に無い。代わりになるような物品も持ち合わせていない。どうすべきか、と悩むユキだったが、テーブルに置かれたメニュー――その中でも一際大きく書かれた文字が目に入り、それを指差す。


「では、この厚切りベーコンをご馳走させてください」


 これくらいならお互い気を使わなくて済むだろう。そう思っての判断だったが、


「えっマジ!? いいのか!?」


 背後に立つナギに震えていた男が、いきなり興奮した声で身を乗り出す。その反応を怪訝に思うユキだが、脳裏にちらつく出来事が前にもあった。それは、値段を見ずに買い物という今に至る始まりの出来事だ。まさか、と冷たい指先をずらして値段を確認する。

 桁が二つ違った。ギルド本部のレストランよりも高い。悲鳴を上げなかったことを褒めてもらいたい。


「豚のベーコンなんてここに来る前の子供のとき以来だ! まさか食えるとは思わなかった!」

「こっちじゃ豚を育てる場所も無いからねえ。大陸から運んでくるのも大変だし、値段も比べ物にならないからね」

「そ、そうなんですね……で、ではこれを一つ……」


 やっぱり無し、などと今更言えるわけもなく、間違ってないかと言いたげな店員に告げるユキ。大丈夫だ、高いが致命傷になる金額ではない。この服のほうがよほど高かった。そう必死で言い聞かせダメージを抑えようとするユキだったが、


「ユキ、二人いるんだから二つ頼むべきじゃないか?」


 ナギの間違いなく何も考えていない善意の提言に、虚しくガードは吹き飛ばされる。余計なことを言うなと心中で叫ぶユキは、引きつった笑顔で言う。


「ええ、二つ……お願い致しますね。ええ、ええ。二人いるのだから、ね?」


 その後、二人を見送った男女曰く、その足取りは決意と悲壮感で満ち溢れていたという。

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