第22話 何かあるか? あると言ってくれよ
明るい遺跡というおおよそ矛盾した場所で、二人は下へと降り続ける。当初はどれだけ探索すれば良いのかと不安になる広さだったが、下っていくほどにそれは解消されていった。
「ここも行き止まりか……」
「ここのドアも駄目だな。すんとも言わない」
深い階層になっていくと、瓦礫で物理的に通れない通路や歪んで開かないドアが増えていく。それにつれて全体の光量も落ちていた。ランタンをつけるほどではないが、本を読むには乏しい程度の明るさの通路で、ユキは次の道へ向かおうとし、
「ん、こっちのドアは開きそうだぞ」
ナギの声に足を止める。彼女が指差すドアは、力を込めると微かにだが揺れている。
僅かに開いたドアの隙間に手をかけたナギは、反対側のドアを足で押し出しながら力を込める。歯を食いしばる彼女がうめき声のような息を漏らすたびに、徐々に隙間は広がっていく。一人がすり抜けられる隙間が出来たところで、彼女は手を離す。
「っ……ふぅー……はぁ……何かあるか? あると言ってくれよ」
肩で息をするナギは、縋るような目で部屋を覗き込むユキを見やる。室内は通路から差し込む明かりでは殆ど何も見えなかった。ユキは、光石を一つ中へと放る。
「……安心しろ。何かはある。それが何か、まではわからないけど」
光石の明かりに照らされた室内は、小さな倉庫のような場所だった。例に漏れずひっくり返したように荒れた室内には、箱に詰め込まれた何かと、
「……なんだコレ?」
ナギが手にしたガラス板のようなものが散乱していた。長方形の鏡のようなそれは、覗き込んでも真っ黒な面が見えるだけで何かを映すわけでもない。
「壊れているのか? まあ、こんなふうにぐちゃぐちゃなら無理もないか」
「実は下敷きなんじゃないか?」
「それにしちゃつるつるしているけど……ともかく、動かない物を持って帰っても喜ばれないだろ。他を探そう」
「そうだな」
ガラス板を放ったナギとユキは、床に落ちている箱を調べていく。やや奥行きがある立方体の一面には、取っ手らしき凹みがあった。手を掛けて引くと、僅かな抵抗の後あっさりとスライドしていき、中身が顕となる。
「なんだこの紙?」
中に入っていたのは、数枚の書類だった。そのうちの1枚をナギは取り出そうとし、踏みつけた落ち葉のように崩れていく。その様に、彼女は慌ててユキに言う。
「な、ナギは何もしてないぞ!? 触ったら勝手に崩れただけだからな!」
「わかってるからデカい声を出すな」
その声で崩れたら今度はお前のせいだぞ、というユキの言葉にナギは口を抑えて距離を取った。
ユキは、手の平で全体を支えるように書類を持ち上げる。端に裂け目が入ったものの、なんとか全体を崩さずに取り上げる事ができ、安堵の息を吐きかけ、慌てて口を抑える。
この脆さだと、箱いっぱいに書類が入っていたのだろうが、残ったもの以外は風化してしまったのだろう。鍵も掛けられていない簡易な収納と考えると、大したものではなさそうだが。単なる書類棚だったのかもしれない。
そう思いながら、ユキは掠れきった紙から何かを得ようと目を凝らす。そこに書かれているのは、順序も秩序もなく好き勝手に書かれたメモのようだ。空いたスペースに指摘先を示す矢印と文章、さらに連なる矢印が幾つも書かれている。
「読めるか?」
紙面を覗き込むナギが、小声で訊ねる。大部分が掠れているが、幾つかの文章らしきものは見て取れる。その点で言うなら読解は可能だが、書かれているのは現在使われている言語と似て非なるものだ。
だから、ユキは首を横に振ろうとし、
「一生を一緒に……24時間ごとのバックアップ……安心を……えっ?」
目に入った看板の文字を読み上げるような自然さで紡がれていくことに、ユキは驚愕と混乱を覚える。翻訳や類推による読解ではない。ドアの開け方を迷ったりしないように、一度身につけてしまえば忘れない動作。その域に達しているが、何故そんなことが出来るのか。それは、他ならぬ自分のことだというのに全くわからない。
「あっ」
ナギのあげた声と手元から鳴った乾いた音に、ユキは我に返る。汗ばんだ手は、そんなものを見るなというように書類を粉々に潰していた。慌てて手を開くが、もはや繋ぎ合わせることも出来ないほどにバラバラになってしまった。
その光景に、安堵を覚えてしまったことにユキは唇を噛む。時計を壊したところで時間は止まらない。見ないようにしたところで、解決するわけではないというのに。
「……ユキ、大丈夫か。少し休むか?」
よほどひどい顔をしていたのだろう。らしくなく心配そうな顔をするナギに、ユキは頬を引っ張るように笑顔をつくる。
「大丈夫だ……少し、びっくりしただけだから。まだいける」
「あまり考えすぎるなよ。ナギを見習ったほうが良い」
「それは……少し考えさせてくれ」
「考えすぎるなと言ったのに……」
「馬鹿二人で遺跡探検はしたくないだろ……まあ、楽しそうだけどな」
立ち上がったユキは、不満げなナギの肩を叩いて笑う。冷たくなっていた指先に熱が伝わっていく。それを原動力にして、血が通っていくような感覚は悪いものではなかった。
「行こう。ここには大したものはなさそうだ」
ユキは部屋を後にしようとし――続く足音がないことに振り返る。ナギは、何かを探るように目を閉じてその場から動こうとしない。纏った空気は、今にも刃に転じるかのように張り詰めていた。
声がかけられないまま数十秒が過ぎたところで、ナギはゆっくりと目を開けて告げる。
「人の匂いがする」
「人って……どこからだ?」
「わからない……ただ、通路の奥から漂っている気がする。一瞬だけ居たみたいに、薄くてはっきりとしないが……」
自身にも確証がないのか、珍しく言い淀むナギ。ユキは、その意味を考える。
通路の奥ということは、まだ未踏破の区域のはずだ。ここまでの道中にも先行者の痕跡は一切なかった。なのに、人の匂いがする。単純に考えれば、ナギの勘違いというのが可能性が高い。しかし、そう簡単な話ではないはず。
先ほどバラバラにしたものを思い出しながら、ユキは自問するように呟く。
「あの蜘蛛は……人を襲った後どうしているんだ?」
「それは……喰うんじゃないのか」
「でも、そんな痕跡は無かった。血痕も遺品も何も無い。それに、蜘蛛なら巣があるはずだ。いつも外にいるわけがない」
「……捕まえた人間を巣に連れ帰っている?」
「それがここだっていうのは、有り得る話だと思う。あの糸で包んで素早く運んだのなら、匂いもそう残らない」
「難しい話は苦手だな……ともかく、すべきことは変わらない。注意しながら奥に進む。それで、いいよな?」
ユキは頷く。そう、やることは変わらない。この先に蜘蛛の糸が張り巡らされていようとも、進むと決めたのだから。
たとえ、何が待っていようとも。不安を握りつぶすように、ユキは手に強く力を込めた。
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