Novel coronavirus 9
「なんだって、だから、おれがインターネットで調べものしたくらいで、非常事態実感するんだよ?」
永瀬の言葉に、滝岡がつかれた視線を送る。
「…ダメージ大きいですから、繰り返さないでください、永瀬先生」
西野の言葉に、永瀬が不満気にくちをとがらせる。
「あのな?」
「いえ、…すみません。先輩、でもこれで、皆に危機感の共有はできたと思います」
「それってどーだよ、…いいけどな?」
「それにしても、永瀬先生をして、インターネット利用を決意させる事態ということですね」
しみじみという西野に、滝岡が腕組みをして深くうなずく。
「そういうことだ。…」
「…みんなして、おれをそんなふーに」
む、と不満をのせたままの表情でいう永瀬に、神尾が謝る。
「すみません、…。けど、実感できました」
「何が?」
「…僕は、無闇に恐がっていたんですが、…とても、いまも怖いんですが」
言葉を切る神尾に、永瀬も滝岡も、―――他の者達も視線を向ける。
「僕は、この感染症が怖くてたまりません。人類が滅ぶかもしれないとも思っています。でも、」
「でも、なに?神尾ちゃん?」
永瀬の何処か優しい眼差しに、瞳を伏せている神尾は気づかないまま少しくちびるを咬んで。
「…おそらく、とても沢山の方々が、このままだと亡くなってしまう、――――…。いまも、中国の封鎖都市では、恐ろしいことが起こっていると。でも、僕は現地に行くこともできず、何もできませんが、…―――――」
神尾の告白を。
「…何もできません。それが、もしかしたら、この国でも起こりうる、――けれど、何もできない。止める力がない。わかっているのに、…――――」
「放置していれば、多くの方がこの日本でも亡くなられることになる」
「ええ、そうです。ヒトーヒト感染しないということはありえません。少なくとも、それを前提に動いてはいけない。見誤る。永瀬さんのいうように、一つの国の一地方から来た人だけを検疫しても意味はありません。検査の仕方も、あれでは意味がない」
「つまりは、もう日本国内で広まっているということだろう?」
「残念ですが、その通りです。まだ限定的かもしれません。けれど、いまの遣り方は、豚に流行する豚コレラを検疫するのに、肉類すべての持ち込み禁止ではなく、加工品の一部だけを禁止しているようなものです。主に汚染されている食材がソーセージだけだとしても、生肉やソーセージ以外の加工品を禁止しなければ、感染した肉が国内に持ち込まれて、最初は一部だけでも結局は感染が広がってしまう。そうして、結局、―――豚コレラは肉類全部を禁止していましたが、どこかからもれて、豚コレラは再度日本で広まってしまった」
「入国側だけの検疫では難しいからな」
滝岡の言葉に無言でうなずいて。
「出国側の検疫がほとんど成立していなければ、結局感染症というのは広まってしまいます、―――そして、中国はご存知の通り、大移動のときを迎えました」
「春節だっけ?いまや、世界中に広がっていくものな、…」
永瀬の慨嘆に近い言葉に神尾がくちびるを咬む。
「誰ももう止められません。…誰も」
「わかっていますよ、神尾さん」
「――――師長」
顔を振り向ける神尾に、師長がしずかに微笑む。
「神尾さん、先程いいましたが、患者さん達はばかではありませんよ。ご高齢の方も、持病がおありになる方達も」
「―――――はい」
泣きそうになって見返す神尾に穏やかに。
「感染症には、インフルエンザにだって、御年を召した方や、持病のおありになる方は常に用心する必要があるんです。ですから、普段から皆さん用心なさっています。」
「…このときに、病院を避けるくらいにはな」
神尾、と笑んで滝岡がいうのに、視線を向けて。
「…―――はい」
泣きそうに、神尾が微笑んでくちを結んで。
「すみません、…。はい」
その神尾に滝岡がいう。
「確かに、俺達は大きなことができるわけではない。この病院と、病院が支える地域医療を何とか守っていく、それを基本にして動くしかできない。それも、難しいかもしれない。だから、準備する」
「…滝岡さん」
しずかに穏やかに滝岡が。
「できることをしていく。うちは私立病院で、感染症指定病院でもないが、地域の中核として機能している。この地域の人達の健康を支える為に、できることをしていく」
はっきりという滝岡に、師長が続ける。
「あとは、増員ですねえ。…私の方で、引退した人達にも声を掛けてみます。いまから動きませんとね」
「お願いします」
永瀬が画面の中でうーんとのびをする。
「専門病棟の責任者、おれ?」
「はい、お願いします」
「――りょーかい!運用はいつから?」
「それなんですが」
ふーん、と滝岡の提案に永瀬が目をまるくする。
滝岡が本格的な運用に関して説明を始め、患者が来たときの想定と、検査項目、手順の確認を、各担当と質疑応答していく。
さらに、糖尿病専門医に小児科医他、各専門に神尾がこの新興感染症のこれまでに解っている特徴と、どのように対応する必要があるかについて、現時点で解っている確認事項などを共有していく。
各自、参考にしている文献、公開されている論文の確度に対する意見交換。
さらに、実運用の問題点。
実際に患者さんが来た際の動線確認等。
細部の確認と持ち帰りにする問題点の共有を行い、現在の診療に関する注意点等を洗い出しなどして、会議が終了する。
「これ、流すんですね」
「ぐだぐだだろう?」
会議というか。全員のアクセスが終わってから、神尾が直接滝岡とまだつながっているラインでいうのに。面白そうに滝岡がいうと笑んで、まだ流れていた回路を切断する。
アクセスが遮断されたのを確認して。
「なかなか人気があるらしい」
「…―――そうなんですか、…」
「ひまつぶしにはいいだろう。病院の方針も、こうしたくだらないことから決まっていくのがわかっていいらしい。勿論、実務に必要な部分は別に切り取って各部で案内を作るが、こうした過程も解る方が何かといいんだそうだ」
面白そうにいって、目を閉じて滝岡が伸びをして。タブレットを手に移動しながら。
「さて、ねるか」
「滝岡さん」
なんだ?と顔を向ける滝岡に、神尾が。
「…その、ありがとうございました」
「なにがだ?」
「いえ、…その、」
困った顔をする神尾に微笑んで。
「悪いが、明日話そう。もう寝る」
「あ、はい、…あの」
「おやすみ」
にっこり、いう顔がもう目を半分以上閉じていて。
白いソファを枕に寝てしまった滝岡をみて。
…――ぼくも、…いけない、仕事もうすこししてから、…ねよ、う、と…。
タブレットをせめて電源を落として、と思って手を伸ばすが。
――――…き、強力ですね、…――ダメだ、…――――。
滝岡さんの声で、おやすみといわれると、寝てしま、…。
ぱたり、と。検査室の隣にある神尾専用の個室――というか、普通にデスクワークをする為の部屋だが――で。耐えきれずに、椅子に座ったまま寝てしまう神尾がいて。
光が翌朝連絡してきたときに、あきれられることになるのだが。
しばし、すべての悩み、重さ、何もかもから解放されて、唯ひたすら神尾が眠りの中に突入している頃。
――本当にきくんだな、…。
しみじみ、通話を切る前に、手をタブレットに伸ばした姿勢で寝てしまっている神尾をみて。
―――何だか、複雑だが、…。
滝岡が目を開いて、眠る神尾の頭部が映るタブレットをみる。
それから、慎重に音声が切れているのを確認してから電源を落として。
「まあ、あの姿勢はどうかと思うが、…。起きそうだしな」
あのままにしておこう、と。さて、ともう一度伸びをして、タブレットを手にデスクに戻る。
手許の資料を見ながら、チェックを入れていく。
「――光、起きてるか?」
「勿論だ。神尾さん、ねたのか?」
手許のスマートフォンに話し掛けると、光から即答があり。
その質問に苦笑して、おかしそうにいう。
「おまえも、神尾に睡眠を取らせることを心がけてるのか?」
「追い詰められてるからな、かれは」
「…――――光」
手を止めて、声の来るスマートフォンの方をみていう滝岡に、向こうでページをめくる音がして。
「だろう?気をつけてやれよ?ああいうのは、追い詰められるタイプだ。そして、」
「そして?」
滝岡の問いに、少し考えるように。
光が、滝岡が見ているのと同じ資料――西野が用意してくれた、膨大なデータを印字して資料にしたものだ。画面だけで資料を見続けていることで目の負担になることを少しでも避けるようにと用意された―――その一部を見返しながら、しずかにいう。
「神尾さんは、専門医だ。それに、感染症の対策を考える為に、うちへきて臨床までしている。これまで、現地でマラリアや、エボラといった多くの犠牲を出した感染症に対峙してきた、まじめすぎる人だ。だから、――怖いだろう」
「…そうだろうな。…以前にもいったが、神尾は真面目すぎるからな」
微苦笑を零して滝岡が神尾の言葉を、いまみている資料に重ね合わせて。
―――――本当にこれは、…主症状が肺炎でしょうか?
その言葉が、重く。
新型肺炎と呼ばれている、このまだ名前のついていない新興感染症に。
真摯に、その手に入る限りのレポートと論文を読み込んで。
ランセット、ニューイングランドジャーナル、あるいは、ネイチャーのような科学雑誌まで。複数のソースをあたり、真偽のまだわからない査読されていない論文――いま、その特例が行われている―――つまり、より注意して読まなければならない論文の数々を確認して。或いは、知人や友人達に連絡をして、…―――。
「おまえの方は、そういえばどうだ?アメリカでは、CDCはどう出る?」
「…中国からの入国に関してレベル3にするようだ。それがきくといいんだがな。」
「そうか。―――…明日から、すまんな」
「まあな。もう二週間はここに閉じこもっているから、危険も少しはましだろう」
「前向きだな、…」
「他にどうするんだ?」
あきれた顔でいう滝岡に、光があかるく応える。
「患者さん達に、おれから感染させる確率は下がる。それだけでも、おれはうれしいぞ?」
「基本的におまえはおどろくほどいつも前向きだよ、…まったくな?」
「ふん。おまえはいっつも、ほんとーに根が暗いな?しっかりしろよ?」
「いわれなくてもしている」
光、といってから滝岡が苦笑して。
第一の責任者である光は、まあ、元々ワーカホリックなのだが。
普段はせめて、家には帰れ!といわれて泊まり込みを出来るだけしないように周囲からはいわれているのだが。いま、臨時にこの一月に出勤してから、病棟にあるオフィスを改造して、そこに泊まり込んでずっと過ごしている。
病棟から一歩も出ずに。
「よく平気だな、しかし」
おまえは、といいながらページをめくる滝岡に、光のあきれた声が届く。
「そちらこそ、だろう!」
「おれは、一度家に帰っている」
車で自宅に帰ったときを思い起こしていう滝岡に、ふん、と光が。
「知ってるぞ。それは、正月明けにおれと交替する為に荷物を取りに行った一度きりだろう!」
びし!と決めつける声でいう光にあきれながら応える。
「あのな。確かにそれはそうだが」
「つまり、おまえだって、それ以外は一月になってから、この病院の敷地から一歩も出ていないだろう!どうだ!」
「あのな?楽しそうにいうな、おまえ、…まったく」
「ふん、事実を指摘したまでだ!というわけで、正義」
「うん?」
「ゲート対策を、もう少しハイテクにしてみよう。どうせなら、未来感でいくぞ」
「――――…おまえな、…未来、感?それはなんだ」
あきれて思わずスマートフォンを見つめる滝岡に、きっぱり資料をみながら光がいう。
「もちろん!未来だ!どうせなら、未来に希望をもって改革をおこなう!」
「やめろ、おまえ、…かいかく?」
「改革がいやなら、革命だな!」
「―――――…」
額に手を置いて、目を閉じて滝岡が沈黙する。
―――未来感、…かくめい、…―――――。
しみじみと滝岡が。
「すまん、ねる」
「いいぞ?こっちはこれから向こうと話があるからな。いいひまつぶしになった」
「それは、どうも、…がんばってくれ」
つかれをおぼえて滝岡が通信を切り、今度こそ、ソファに横になる為に席を立つ。
――しかし、未来感?
「…うちに来てくれているような患者さん達なら、…大丈夫、…か?」
しみじみと天井を仰いで。
次の瞬間には、特技入眠、を思い切り生かして。
すでに、寝息を立てている滝岡がいた。
アルミ支柱の四角い枠から人体に無害で消毒になるミストが降り注ぎ、足許には靴で歩く度に地面に敷かれたマットに染込んだ消毒液を踏むことになる。
病院へのアプローチへと行く前に、いくつかの四角いアルミゲートを通り、病院玄関の自動ドアへと着くことになる。
「…―――――」
思わず無言で、ここまでする必要が、とつい思ってしまいながら滝岡が、昨夜から早朝にかけて急ごしらえで設置された光肝いりの未来感あふれる銀色のゲートをみて。
「いや、…うん」
ゲートを通り到着するまでの間に体温測定が行われ、顔認証で到着時には患者さんかどうかなど個々の情報が認識されて。
自動ドアを潜ると同時に設置されている機器に。
左手首を出すと、一時的にバーコードの印字されたリストバンドが自動的に巻かれて、音声案内がはじまる。
「―――内科外来は、こちらです」
リストバンドのLEDが緑色に光り、視線の先にある壁面の案内板が緑色に点灯して、その光に沿って歩けば着くようになっている。
「――やりすぎだろう、光、…」
「そーか?以前から、実証実験に協力してくれといわれてたからな?こいつも追加した!」
「…――――光、…」
早朝。
未来感、ということで光が導入した機器が無事動くかの動作テストに滝岡は立ち会っていたのだが。
リストバンドの画面から、黒瞳をきらきら輝かせた光が自慢そうにいってみせる対象が床に現れていた。
「ロボットか、…」
「心理学でな。患者さんが医師や看護師に頼みにくいことも、こういったロボットになら気楽にいえて、案内なども頼みやすいという実験データが出てたんだ。今回、うちでも導入してみることにした!患者さんは安心して頼める。そして、感染リスクも減らせる!どうだ!」
「ああ、ガイドにもなるのか。杖かわりにもなるんだな。それはいい」
患者役のスタッフに近付いていきショッピングカートのような外観のロボットのカートの手押し部分に捕まるのをみて滝岡がいう。
手押しカート型ロボットの足部分は丸く全方位に動けるようになっている。
カートに荷物を入れることができる構造に感心する。
「合理的だ」
「だろう!いつかはと思っていたが前倒しにしてみた。ほめろ」
「あのな、…まあ、でもこれはいい。患者さん達が楽になる。荷物を持って移動するのも大変だからな」
「しかも、使用した後は、自動殺菌で紫外線照射が出来るから、合理的だ」
「人体には使えないが、カートを集めて殺菌が自動的に出来るのは楽だな」
「その通り!使えるものはなんでもつかう!自動化して楽ができるなら、それにこしたことはない!」
「わかったから落ち着け、…それに、いい効果がもう一つあるな」
「何だ?正義」
患者役のスタッフが検証の為にさらに先の廊下へといくのを見守りながら応える。
「距離がとれる。一人ひとりが、自然とあのカートロボットを使用している以上、間をあけることになる。それは悪くない」
「ん?そうだな。確かにそうだ。悪くないな!正義」
滝岡とリストバンド型の通話機で話をしている光は、第一からこの光景をリモートでみている。
「感染症対策の基本は、隔離になるそうだからな」
「発見と隔離だな!」
「そうだ。まだ、この新興感染症の感染に必要なウイルス量や、どんな風にして感染を広めていくのかはわかっていないことの方が多いが」
「ヒト―ヒト感染する呼吸器感染症と考えて対策するとしたら、距離を取るのはいいな」
「ああ、…。尤も、麻疹並に感染力が強ければ、何の対策にもならないが」
「…暗いっ!くらいぞおまえ、正義!まったくな?どう考えても、論文も読んだが、いまの処、麻疹よりは弱いぞ!多分だがな!」
勢いよくいう光に患者役の動きをみながら。
「最悪の予想で動くと神尾にはいってあるが、―――…実際、これが麻疹並ならば、打つ手は殆どない」
「感染に関してはな」
真面目にうなずいていう光に眉を寄せる。
「…ああ。おまえだって暗いだろう」
「おまえにいわれたくない」
「あのな?」
後はな、とすでに滝岡の抗議を無視して光が次のテストに行くように滝岡を促す。
「…急がせるな、まったく。おまえ、もうこちらの画像はいいのか?」
「いい、みえた。次だつぎ、新兵器だぞ?」
「―――…不謹慎だぞ、おまえ」
「いいだろ?敵と戦うには、性能の良い武器が必要なんだぞ?それに格好良いからな!」
「――――…そういう問題か?」
いいながら、滝岡が光にいわれた通り場所を移る為に、廊下を大股で歩いて行く。
「しかし、西野くんが作ったこれ、おもしろいな!」
「人を乗り物代わりにするなよ、…」
「おまえがつけてるカメラで画像が切り替わるから、面白い!乗り物に乗ってる気分だ!」
「…だから、人を乗り物に」
するなと、といいながら滝岡が切り取るように廊下を歩いて行く左胸の辺りにカメラが取り付けられている。光への映像はそのカメラから来ている為、滝岡の動きにつれて画像が切り替わっていくのが面白いらしい。
リモートの乗り物代わりにされた滝岡は、あきれながらも足早に次の目的地へと着いて。
「ほら、どうだ?」
「うん、…―――いいな」
熱心に光が見ていうのは、防護具と呼ばれるものだ。感染防御には、通常、高性能の使い捨てマスク――N95と呼ばれる――や、グローブ、防護服が使われる。
どれも、基本は単純でビニールや何かで出来ていて、感染する危険性のあるもの――体液や、飛沫、その他――が付着したものを、後に脱ぎ捨てたりする一回限りの使用を行うものになるが。
「おれはずっと思ってたんだ!どーして、SF映画みたいな、宇宙服ができないんだってな!ああいう防護服で完璧に身体を覆って隙間を無くして、出入りのときは外側を消毒シャワーみたいにして出来れば、すっごく、楽じゃないか?第一、もったいない!一回いっかい捨てるなんて!」
「落ち着け、光」
いいながら、実は滝岡もそこに並んだ品に感心していたのだが。
ヘルメット式の防護具――マスクとフェイスシールドを兼ねた、全面が透明なヘルメットで、背中側に呼気を入れ替える為のフィルターがある。
「首だけで、まだ全身ではないけどな!」
「全身にはしなくていい。確かに楽だが、あれでは手術ができない」
「――――正義、おまえな?」
並んでいるヘルメットを手に取りうれしそうにチェックして、比べると大変簡易にみえる使用後は破り捨てて一回ごとに廃棄する淡い青の薄い防護服――というか、ビニールのように耐水性の薄い素材にみえる――をみて滝岡がいうのに。
光があきれていう先で、滝岡が淡々と。
「処置がやりにくい。化学防護服のように全身を覆うタイプは確かに消毒が楽だが、医療処置には向いていない。感染防御も大事だが、患者さんをケアできることが必要だ」
「―――柔軟性のあるグローブと、着脱が楽で着ていても快適で、無理なく働ける防護服をいつか作ってやる!」
「頼んだぞ、光」
実際に医療機器――主に、手術に必要な器具をだが――マニアで、最新機器を使用するだけでなく、新しく作るのが好きな光に、淡々とうなずいて。
「マスクより、繰り返し使用できるのがいいな。後、やはり、防護服を着脱するさいに、間違って顔や髪を触れることにならないのがいい」
滝岡の指摘に光がうなずく。
「それが目的だ。数が揃うのかはわからんが、これの消耗品に関しては、ある程度は揃えてある。N95とかの医療用マスクだと、生産は殆ど海外だから、いま仕入れている数で間に合うかどうかだからな」
光の声に滝岡が淡々という。
「すぐに輸入できなくなる可能性があるな」
「…あまり、無理もいえん。こちらで出来る限り備蓄はするが、もし実際に始まったら、――――その地域で必要なものをこちらに寄越せとはいえないからな」
「その通りだ。工場に幾つか話をしてあるんだろう?」
「それはな。だが、材料も機械も中々難しい。一番ほしいN95は、…――」
「海外生産が殆どになるからな。このヘルメットはしかし、いいな。おまえの好きそうなおもちゃだ」
「おもちゃはないだろう。真面目だぞ?それに、今回、データ取りに協力することで、これは全部無償レンタルだ。買ったら高いぞ?」
「おまえの、そういう人脈にはいつも感心している。感謝する。ありがとう」
「もちろんだ。救急でも使うか?」
「…そうだな、…――専用病棟で主に使用するとして、―――救急では使いにくいかもしれんな。だが、移送や密閉空間には必要かもしれない」
「処置の際のエアロゾル発生を考えたら、この方がよくないか?危険だろう」
「――――…いまは、すべて感染患者さんだと想定して、救急でも当たっているが、―――確かにこの方が楽な面もあるかもしれない。問題は着脱だな」
「案外、N95着けてるより楽かもしれないぞ?おまえ、次の当直時にやってみろ」
「わかった。やってみる」
感染防御用に新しく導入したヘルメット型感染防護具を手に、そうした会話を光と交わして。
ちら、と視線を視界の端で動いたものに向けて沈黙する。
「――――…光」
動いているのは、ロボット。先のカート型案内ロボットとは別で。
「紫外線を照射します。近付かないでください」
音声で案内しながら、ドアの表面から足であける為、靴で踏む金具までをアームから照射する紫外線で消毒するデモンストレーションをしているロボットをみて。
「危なくないか?」
「通常はドアノブとかを消毒するんだ。かわいいだろう!」
「人がいる方向に照射してしまったら、失明や何かの危険があるぞ?」
光の乗りにまったく付き合わず、滝岡がいうのに、しばし沈黙して。
「うん。いまテストだから置いてあるが、昼間使用は断念した。夜間パトロールをかねて消毒に回らせることにした」
「そうか、それはよかった」
残念そうに素直に光がいうのに、あっさり滝岡が応えて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます