第3話 ホワイトベル家と魔法のカード
グラーフの北には一件の豪邸がある。そこはホワイトベル家がアリスのために用意した別荘であった。
その日の冒険者としての活動を終えたアリスは一人別荘へと帰宅した。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
アリスが門の前に向かうと守衛が敬礼の後に門を開いた。豪邸の敷地内には至る所に使用人がついており、敷地の管理からアリスの世話まで日夜幅広く業務をこなしながら働いている。
「爺や、ただいま戻りましたわ!」
使用人に玄関を開けてもらい、家の中に入ったアリスはある人物を呼びつけた。彼女の一声が放たれた刹那、スーツをきっちりと着こなし、眼鏡をかけた背の高い老齢の男がアリスの前に現れる。
「おかえりなさいませアリス様。ご無事でなによりでございます」
「爺やは大袈裟ですわ。今日は冒険者登録と挨拶を済ませただけでしてよ」
アリスは老齢の男と気の置けない言葉を交わす。
アリスが爺やと呼ぶその男の名はエイジ。アリスが生まれた時からずっと彼女の側近を務め、ホワイトベル家の血縁者以外で唯一アリスの名を呼ぶことを許された人物である。アリスと過ごした時間は彼女の両親よりも長く、アリスが最も信頼を寄せる人物でもあった。
「ご夕食のご用意が整っております」
「あとで食べに行きますわ」
アリスはエイジから夕食の準備ができていることを聞くと、いったんそれを後回しにして部屋着に着替えるために使用人たちを呼び寄せた。
「庶民の方々は私の装いを見て距離を置いておりましたわ。明日はもっと庶民らしい質素なものを選んでくださいな」
「かしこまりました。お嬢様」
着替えをしている途中、アリスは使用人に言いつけた。自分が貴族らしい恰好をしていることで立場の低い相手を委縮させていることには薄々気づいており、せめてもう少し庶民に近い装いができればと思い立った次第である。
「アリス様が一人で冒険者ギルドに行くと言い出した時はどうなるかと思いましたが……」
「心配には及びませんわ。冒険者の方々はとてもやさしいお方ばかりでしたの」
アリスは勘違いしていた。周囲の冒険者たちがアリスに対して謙遜したような態度を取っていたのは彼女がただ貴族だからというだけでなく、彼女の後ろについているホワイトベル家の強大な権力に恐れをなしてのものである。
エイジは事情をなんとなく読み取るとうんうんと相槌を打った。
「爺や。冒険者の仲間が集まりませんわ。どうしたらよいものか、なにか知恵はありませんの?」
「ふむ、アリス様はどのようにお仲間をお探しされておりますかな?」
アリスから相談を受けたエイジは親身になって仲間を探す方法を考えた。アリスが募集要項をまとめ、給料を提示して仲間を募集したことを離すとエイジは小さくため息をついた。
「なるほど……おそらくギルドの冒険者の方々はアリス様とご一緒することが畏れ多いのですな」
「どうして?」
「冒険者が組むパーティというのはお金で繋がった関係ではありません。この人となら一緒に冒険したいと思えるかけがえのない者同士が集まってパーティになるのです」
「冒険者ギルドにいた冒険者の方も同じようなことを仰っていましたわ」
エイジの言葉でアリスは昼間に話したとある冒険者のことを思い出した。彼も今のエイジと似たようなことをアリスに話していたのである。
「お給料もないのに働くなんて私にはよくわかりませんわ」
「冒険者が身分に縛られない自由な職業であるが故の考え方ともいえますな」
「なるほど……そういうものなのですね」
庶民の考えに首を捻るアリスにエイジは含蓄のある言葉を送った。アリスの倍以上の時を生きている彼は庶民の視点への理解も十分に持ち合わせていた。
「ところでアリス様。あのカードは使用しておりませんな?」
「もちろんですわ爺や」
アリスはエイジの確認にそう答えると懐に隠し持っていたカードを取り出した。彼女の手のひらほどの大きさの薄い四角形のカードで、それ自体が虹色に光り輝いていた。
そのカードには持ち主が望むものを呼び寄せる魔法の力があった。そのカードの持ち主はアリスであり、他の誰も使用することはできない。
「それはホワイトベル家の秘宝、決して安易なことで使用してはなりませんぞ」
「わかっておりますわ。ですが爺や、使えるものを使わずにいるのはただの持ち腐れになりましてよ」
「もちろん、承知いたしておりますとも」
エイジが忠告すると、アリスは不敵な笑みを浮かべながら言葉を返した。二人で話をしていると、時はすでにアリスの就寝時刻に迫ろうとしていた。
「爺や。明日は貴方も来てくださる?」
「承知いたしました」
就寝前、アリスはエイジに冒険者ギルドに赴くように命令した。エイジはそれを二つ返事で受け入れるのであった。
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