第十二話「準備整え挑むは支配」



--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 PM 3:05 丘口知夏 --



「そのデコイってぇ、どんなものなんですか?」


「デコイとは音や光、そして動きで注意を引くことで囮となる、非常に有効な道具だ。

先ほど群れを駐車場に締め出すために使ったラジコンも、デコイと言っていいかもな」


「あ~、なるほどぉ。ゾンビさん達をおびき寄せるために必要なんですねぇ」


「隔離するため、道を作るため、いざという時の身代わりにも使える。俺はよくこいつを使っている」


エハルがポケットから取り出したのは、ねずみ花火だった。


「わぁ~~! 懐かしい! 幼稚園の時にこれを反対向きに置いちゃって、

上に跳んできた時はめちゃめちゃビビりましたねぇ!」


「ただ人間を視界にとらえている状況でこいつは役に立たない。この程度のデコイでは、奴らは人間を優先してしまうんだ。

俺はゾンビの視界を切りながら戦えるからこいつで問題ないんだが……」


「知夏が使うとなれば、より大きな音と光、そして生物のような見た目に動きもなければ、効果は薄いだろう」


ちょっと馬鹿にされている気がした知夏はムッとした。


「そんなもの無くたって、だいじょうぶですけどねぇ?」


「そうムキになるな。想像してみろ、人が入れないほど密集したゾンビの群れを」


知夏は満員電車の中を想像した。あんな状況ではゾンビをかわせる気などまったくしなかった。


「周囲全員は無理でも、それなりに注意を引ければ集団から隙間が生まれる。今の知夏ならその隙間を

使って群れの中から脱することができるはずだ。そのためにもデコイは絶対に必要になる」


「……デコイ、欲しいですぅ」


「うむ。では手分けして使えそうなものを探そう。それから十五分後に、四階エスカレーター前に来てくれ」


「ハイッ! しょうちぃ~、いたしましたぁ!」





せっかく使うんだったら、配信映えしそうなものがいい。そう思った知夏は玩具コーナーを見て回っていた。

玩具コーナーには、カッコよかったり可愛かったり懐かしかったりする玩具がたくさん並んでいる。


「はひゃ~、今の玩具ってこんなのもあるんだぁ~~。おおっ? このシリーズまだ続いてるんですねぇ。なつかしいなぁ……」


ハッとして、知夏はブンブンと首を横に大きく振った。今はこんなことをしている場合ではない。


「なにか使えそうなものぉ……音がでてぇ、光ってぇ、動くものぉ……」


玩具コーナーの端から端までザーッと見て回っていく。たまたま目に入った棚の中から、一番右下にある玩具が知夏の目に止まった。


『声まねインコちゃん』というインコの見た目をしたその玩具は声を録音することができ、

録音した音に合わせて羽が動いたり光ったりするそうだ。


「ここここっこコココ、コレだぁ!!!」


知夏は残っていた三個のパッケージをさっそく開けていき、ノリノリで録音を始めるのだった。



--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 PM 3:23 谷口貴樹 --



「……遅いな」


指定した時間のきっかり五分前に、エハルは待ち合わせ場所に立っていた。

左腕の長袖をまくり、腕時計を確認した。予定時刻より二分二十四秒も遅れている。


「さっきから何度も声を張り上げて、一体なにをしてるんだか」


玩具コーナーから騒がしい声聞こえてくるので、そこで何かを探しているのは分かる。

周囲にゾンビの気配は感じられないので、襲われたというわけでもない。

なぜ何度も叫んでいるのか、エハルはその理由が分からずにいた。


しかし瞬間、嫌な考えがエハルの頭をよぎった。


「まさか……時間を忘れて遊んでる、なんてことは……ないよな?」


言動も行動も幼さはあるが、彼女はれっきとした社会人なのだ。待ち合わせに遅れるだけならまだしも、

待ち合わせ自体を忘れるなんてことはあってはならない。

ましてや買ってもない玩具で遊び始めるなど、二十六歳がやっていいことではない。


「こんな状況だというのに。いや、こんな状況だからこそ無邪気に遊んでしまうのか?」


エハルは真剣に悩み、速やかに結論を下した。


「なんにせよ、止めなければ……!!」


妙な使命感を抱いたエハルは知夏の声がする方向へと歩き始めた。

するとこちらへ走ってくる軽やかな足音が聞こえた。


「おっまたせしてすぅみませ~ん!!」


知夏がエハルの視界に入る。手には拳より一回り大きい、鳥の玩具が握られている。


「いやぁ~! ちょっと、熱が入っちゃいましてぇ」


エハルの目の前で知夏は立ち止まると、申し訳なさより楽しさが勝っていそうな態度でそう言った。


時間について指摘することは簡単だが、今それを伝えてもあまり意味がない。

そう考えたエハルは先ずは成果を確認することにした。


「そうだろうな。それで、その手に持っている鳥の玩具がデコイか?」


「ハイッ!! とってもいいデコイですよぉ!! さっそくお見せしますね!!」


ほう、といってエハルは腕を組んだ。

玩具の足裏にタイヤが見えていることから察するに、動き回りはするのだろう。

ワクワクした様子の知夏はそれを床におくと、スイッチを入れた。


「とりゃ~~~~!! トリャリャリャリャ!! オリャ~~~~!! つかまえてみやがれ~~!!

おりゃおりゃオリャあ!! とりゃ~~~~!! トリャリャリャ……」


玩具から知夏の張りあげた声が繰り返し流れてくる。

鳥の羽が声に合わせて七色に光りながらバタバタと羽ばたき、

直立したままそこらじゅうをちょこまかと走り回っている。倒れたかと思うと羽の動きによって立ち上がり、再び走り回る。

高音で叫びながら虹色の羽をバタつかせて動き回るその姿は、エハルが思っていたよりもずっと騒々しかった。


(なんて、うっとおしいんだ)


エハルはそう思わずにはいられなかった。

その言葉を飲み込んで、エハルは知夏の方を向いた。


「なるほど「とりゃ~~~~!!」な。音と光、そして「トリャリャリャリャ!!」動き……」


「オリャ~~~~!!」


「……ちょっと止めてもらっていいか?」


「ハイッ! しょうしょうお待ちをぉ!! ってコラッ! 待ちなさぁい!」


「つかまえてみやがれ~~!!」


騒がしい玩具がその動きを止めるのには四十二秒かかった。




知夏がなんとか回収を終えると、エハルは咳払いをした。


「結論だけ言おう。これは……とてもいいデコイだ」


「ですよねぇ!? この『うるさいんX』を使えば、ゾンビさん達の視線を釘付けにできますよ!!」


『うるさいんX』……? デコイに名前まで付けたのだとエハルは察した。

うるさいインコの、"い"が被る部分を省略し、インコの最後の"コ"の文字を"X"という伏字にしたのだろうと、

大真面目に命名について考察をした。そして今後を心配した。


これを戦いの最中に、それも自身の足元で使われたら集中力が間違いなく削がれる。

思わず壊そうとしてしまうのではないか。この手で壊してしまえば囮だとは言え、知夏は良い気持ちにならないだろう。


「何か、対策が必要だな……」


エハルはぼやきつつ、知夏の冗談のような新アイテム『うるさいんX』との折り合いを真摯に向き合うのだった。



--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 PM 3:38 丘口知夏 --



とてもいいデコイを用意できた二人は、次に防具をつくるため三階へと降りていった。


「次は防具ですよね。でもあんなに鋭い爪を防ぐとなると、相当硬くないといけないですねぇ。

それってすごく重いんじゃないですか?」


「それは安心していい、軽さは保証する。重くて動けないとあっては本末転倒だからな」


「よかったぁ。ただでさえ荷物が増えてますからねぇ」


背負っているカピバラには500mLの水と新たな装備『うるさいんX』が三個に、肩にはノートが入ったポーチがかかり、

手には槍だけでなく森崎さんのバールまで持っている。

このバールを持ち続ける必要はないことくらい、知夏でもわかっていた。

それでも今はこれを手にしていたい。これを持っていると森崎さん達と一緒にいるような気分になれるのだ。


「あった。これを探していた」


エハルの声を聞いた知夏は立ち止まり、エハルが見ている方向を見た。

目の前の棚には色んな形をした発泡スチロールがたくさん並んでいる。

どうやらここは発泡スチロール専用コーナーのようだ。


「え。発泡スチロール? これじゃ簡単に穴が開いちゃいますよ?」


「爪は貫通するだろう。だが、指はどうかな」


エハルはポケットから『支配』の指を取り出すと逆手に持ち、勢いよく発泡スチロールに振り下ろした。

爪は深々と突き刺さっている。だが指は口の部分が少し抉れているだけで、まったく刺さっていない。

それを見た知夏の頭に"!"マークが灯った。


「そっか! 指が邪魔をして、これ以上刺さらないんだ!」


「そういうことだ。爪を通さないとなると相当な硬さが必要になる。だが指を通さなければいいというだけなら、これで十分な硬さだ。

そもそも硬くして指を弾くとなると、跳ね返った指が刺さるという新たなリスクが生まれる。

体から離れても動くという『作法』も考慮すれば、深く刺さっていた方が安全だ。

発泡スチロールを身に纏えば、『支配』の爪は完全に無効化できる」


「それに、圧倒的に軽い」


エハルはそういって、発泡スチロールでできたレンガを知夏に放り投げた。


知夏はそれを抱えるようにしてキャッチした。見た目に反して軽すぎて、なんだかこわい。


エハルはポケットから、今度は黒いダクトテープを取り出した。


「あとはこれを巻けば完成だ」


「それだったら、何個でもつけられそう……ですけどぉ」


知夏はとても重要なことを口にした。


「めっちゃダサいです」


エハルは腕を組み、思い悩むようにしてうつむいた。それから知夏に向き直った。


「……だが、命は守れる」


「それはもちろん、わかってますけどぉ……でもこれつけて死んじゃったらわたし、

発泡スチロールまみれのゾンビになっちゃいますよぉ! そんなのカッコ悪すぎますよぉ!」


エハルは天を仰ぐようにして天井を見上げてから、知夏に向き直った。


「……だが! 命は、守れる……!」


「もう! わかりましたよぉ! こうなったらもう、ありったけ付けてください!」


ついに観念した知夏は槍とバールをその場に置いて、仁王立ちをした。


「うむ。その仕事、引き受けよう。完璧にな」


知夏は手足や胴体、頭までも、身体中が発砲スチロールとダクトテープでできた装甲に覆われた。

視界が遮られないよう丁寧に削り出した四角いヘルメットに、動きやすいように甲冑を模した工夫をした。

発泡スチロール同士が擦れそうな箇所はすべて黒いダクトテープで補強している。

余った素材は予備としてカピバラのリュックサックに入れておくという万全の備えだ。


「これでよし。我ながら、いい仕事をした」


「思ってたよりはマシですけどぉ……もうちょっと色が欲しいなぁ」


「あいにく手持ちは黒だけでな。さて、装備も整った。次はいよいよ作戦だな」


「ハイ?」


知夏は顔をきょとんとした。


「エハルさんはこれ、つけないんですか?」


「必要ない。相手がゾンビなら、仮に銃を持っていたとしても俺には当たらない」


それがあたかも当然だといった様子でエハルは言った。

この人ほんとに同じ人間なんだよね? と知夏は思った。

それと、ちょっとムカついた。


(エハルさんもカッコ悪いって思ってるんじゃん。自分だけ付けないなんて、ズルい!)


知夏はこれ見よがしにムスッとして、ジト目でエハルを見つめた。


「まずは地の利を得るとしよう。俺のスマホは粉々になっていたから、知夏のスマホで検索してほしい」


知夏はふてくされた様子でとても不機嫌そうに答えた。


「……いいですよぉ~? 何を検索すればいいんですかぁ~~?」


一拍開けて、エハルはとてもやりにくそうな口調で言葉を発した。


「あー、その、本当に必要ないんだが……」


知夏の冷たい視線はエハルへと注がれ続けている。

エハルはそれを遮るように手をかかげて言った。


「分かった、分かったよ。俺も付けるから、機嫌をなおしてくれ」


下を向いていた知夏の口角が上がっていく。

笑顔となった知夏は元気よく答えた。


「まったくも~う、付けたいなら付けたいって、そういえばいいのにぃ~~。しかたないですねぇ~~!」


そういうと、知夏は素早くエハルのポケットからダクトテープを取り出した。


「ん? 待て、勝手に人の物を――」


「これしかないんですよぉ~っと。安心してくださ~い、戦いの邪魔にならないようにはしますからぁ~~」


エハルの両腕と頭の上に発泡スチロールが一つずつ貼り付けられた。ダクトテープはエハルのように

上手く貼れなかったので、何重にも渡ってグルグル巻きにされている。

ヘルメットの上に無理やり固定された発泡スチロールの位置を手で確認しながら、エハルは話を再開した。


「気を取り直して、作戦を立てるとしよう。この百貨店の二階と一階の構造を知りたい。

画像だけでもいいから、そのスマホで検索してくれないか?」


そういったエハルの頭の上には、真四角五十センチ発泡スチロールの板がヘルメットの上に、

やや斜めに取り付けられている。少し不安定なのか、発泡スチロールはゆらゆら揺れている。

満足そうな表情で知夏は承諾した。


「フフ、いいですよぉ? え~とぉ~たしかぁ、そうしん百貨店、だったかな?」


総心百貨店の検索結果が表示された。とりあえずでwikiを見た限り、

家電製品をあえておかず、古いものや変わった製品ばかりを取り扱う老舗なのだそうだ。

建物の高さは三十三メートル。横の長さは五百×五百メートルと書かれている。

どおりで綺麗な長方形をしていたわけだと知夏は感心した。


知夏は次に目ぼしい画像を探してみた。すぐに良いアングルの画像を見つけた。


「お、いいのがありましたよ~」


知夏が手招きすると、エハルは知夏の横に立った。


二階『専門店』は壁にテナントが立ち並んでいるフロアだった。通路の幅は五メートルくらいだ。

中央に一本線を引いたような通路以外は全て吹き抜けになっていて、一階『食料品とエントランス』の様子が見渡せる。

中央にある通路と直角に交差するよう、エスカレーターが"くの字"に配置されている。

この階層を真上から見れば、漢字の"田"のような形をしていることだろう。

一階に続くエスカレーターの真上には二階の天井に吊るされた大きなシャンデリアがある。


「二階は吹き抜けみたいですねぇ。通路の柵も透明なガラスですし、すぐに見つかっちゃいそうです。

二階に降りた瞬間、一階にいるゾンビさん達も上がってきちゃいますよぉ?」


「そうだろうな。まとめて制圧する必要がある。一階のエントランスは広くて戦いやすそうだが……

今回は二階の方が良いな。一階を見下ろせるし、通路も十分広い。ガラスの柵も、指に対しては遮蔽物として使えるしな」、


「『支配』が現れるまでは、俺は中央の通路で数を減らすとしよう。知夏は奴らの誘導を頼む」


「誘導ですかぁ。五階のときみたいに、グル~っと回って倒しながら走る感じですかね?」


「基本的にはそうだ。だが今回は数が多すぎる。二階と一階、そして駐車場、状況によっては外からも集まってくるだろうからな。

倒すのは後回しにしていい」


「数は優に千を超えるだろう。これだけ多いと、厄介な『作法』を持つ奴もその中にいるはずだ」


「厄介な作法……?」


まだ映画でしか見たことがない、あの恐ろしいゾンビのことが思い浮かんだ。


「もしかしてぇ……走るゾンビ、ですかぁ?」


心底嫌そうな顔をする知夏に対し、エハルは無言で頷いた。

知夏は手に持っていたバールを前から肩に引っ掛けて、ノートを取り出した。


「集団の中で無駄に暴れている個体がいたら距離を取るように。集団から出た途端、勢いよく走ってくると思え。

大丈夫だ、知夏の足なら逃げきれる」


「え、でも全力で逃げてぐるっと回ってたら周回遅れのゾンビさん達の群れにぶつかっちゃいますよぉ?」


「その場合は俺がいる中央通路に来てくれ。俺が対応する。知夏はそのまま通り抜けて、誘導を続けてくれ。

『支配』を討伐するまでは知夏をサポートできるのはそれぐらいだ。なんとかこらえてくれ」


知夏はエハルのいった指示をきちんとメモに取り終えると、コクコクと頷いた。

そして肩に乗せていたバールに手をかけた。


「エハルさん、お願いがあります」


「急にどうした? そんな改まって」


「このバールを使ってあげて欲しいんです」


「……かたき討ちのためか?」


「それもありますけど……わたし、森崎さんと一緒に戦いたいんです。

でもわたしじゃ重くて上手く使えそうにありませんから……すみません、わがままですよね。やっぱりいいです」


「戦いの邪魔になると思ったのなら、それは間違いだ」


エハルは知夏の肩に乗った重いバールを軽々と手に取った。


「むしろ鬼に金棒というものだ。その仕事、快く引き受けよう」


エハルはそういうと、使用感を確かめるようにしてバールを回し始めた。

その回し方は知夏の槍さばきよりもずっと速く鋭く、そして力強い。

回し終えると、初めからそこにあったかのように右手で握っていた。

それを見た知夏は、なんだか勇気が湧いてくるような感覚がした。


「他にも何か、気になることはあるか?」


そのおかげで、ずっと心に秘めていた願いが彼の頭の中にもあるのかを、聞いてみることにした。


「ハイッ!! では最後に質問、いいでしょうかぁ!!」


「うむ」


「『支配』さんを倒して、たくさんのゾンビさん達も倒して、それからはどうするんでしょうかぁ!」


「そういえば、俺の目的を言ってなかったな」


「俺たちはゾンビを、隠れていた奴も含めて全部倒してきた。それは何故か。

残りもすべて倒し一階の入り口を閉鎖すれば、この百貨店全体が安全地帯となるからだ。

そうなれば屋上だけで生活する必要は無くなり、より良い暮らしが望める。この百貨店は遠くからでも目立つから、

安全であることを示すサインを用意すれば生き残っている人々の希望にもなる」


(やっぱりそうだった!! けどわたしが思ってたより具体的でずっと凄いんですけれども!?)


「……それぐらいは知夏も察していたんじゃないか?」


知夏は愛想笑いをして、いかにも全部わかってましたと言わんばかりの表情をした。


「アハハァ、そうなったらうれしいなぁ~? とは思ってましたねぇ」


「俺は、それだけで終わらせるつもりは全くない」


「……ハイ?」


「それだけ……って、十分凄いことだと思いますけどぉ……?」


「俺たちはゾンビのプロだ。プロならばより高い理想を抱き、追及しなければならない。この百貨店を制圧したら……」


知夏は大急ぎでノートを再び取り出して、メモを取る体制をとった。


「制圧したらぁ……!?」


それを見てか、エハルの口調はゆるんだ。


「この話をすると長くなりそうだ。続きは今の仕事を終わらせてからでいいか?」


まるでちょっとした書類仕事を片付けるかのようなエハルの言い回しに、知夏はクスッと笑ってしまった。


「そうですねぇ~、こんな見た目でする話でもないですしぃ」


「それも一理あるな。ではそろそろ行くとしよう。準備はいいか?」


「んー、ハ……あっ!! ちょ、ちょっと待ってください!!」


知夏はそういうとポーチの中をまさぐった。


「……今度はなんだ?」


ポーチの中から一本の棒を取り出すと、それを伸ばした。愛用の自撮り棒だ。


「配信しないと、こわくて戦えません!! 頭につけてください!!」


「まったく、世話が焼ける弟子だ」


やれやれと言った様子でエハルはダクトテープを取り出した。

四角いヘルメットの上に溝を掘ってもらい、半ば埋め込むようにして自撮り棒を貼り付けてもらった。

これで少しはマシになったかなと淡い期待を抱いていた知夏はスマホの画面越しに映る自分の姿を見て、苦笑いをした。


「やっぱり、ダサいなぁ……」

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