第十三話「わたしはファンかそれとも配信者か」
--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 PM 3:32 谷口貴樹 --
「知夏、約束の五分が経った。もういいか?」
「あっ! あとちょっとだけ! ちょっとだけですので!!」
知夏は配信設定の準備に時間がかかっていた。
だが五分で終わらせると言いきった以上、指定した期限は守らなければならない。
それがプロだ。
「それはもう二回目だ。そのちょっとの時間のせいで『支配』が逃げてしまう、とは考えないのか?」
「もう! いじわる言わないでくださいよぉ! こっちだって必死なんですから、黙っててください!」
知夏はそういいながら、両手に持ったスマホに高速で文字を打ち込んでいる。
五分間ずっとその動きをしてることから、長い文章を書いているのは明らかだ。
おそらく配信の設定の一つである"概要欄"に時間をかけているのだろう。
「配信は俺が提案したことだとはいえ、そんな細部にまでこだわるとはな。
クリエイターというのはどうして皆そうなんだか」
「も~う、小言ばっかりいって~~!! よし! できましたよぉ! 行きますよぉ!!」
「そう急ぐな。せっかくだから出来栄えを見せてくれ」
「あっ! ちょっとぉ!」
エハルは知夏からスマホを取り上げると、彼女渾身の概要欄をまじまじと見た。
「あああアアァ~~、見ないでくださいよぉ! 返してくださいよぉ!」
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タイトル『百貨店のゾンビをぜんぶ一掃するまで配信を終われません!!です!!』
『丘√チャンネル』本日二度目の緊急配信です!!!!
今回の企画はなんとぉ!この百貨店のゾンビさん達をぉ!!全部たおします!!!
前回出演していただいた『エハル』さんも今回はカメラマンさんとしてではなく!
なんと!一緒に戦ってくれます!!
やることはかんたんです!!
① わたくし丘√が囮になって、たっくさんのゾンビさんを集めます!!(千体もいるらしいです!)
② エハルさんが少しずつゾンビさんの数を減らしていきます!!
③ もうこれ以上集まらないよぉ!ってくらいゾンビを集めたら、わたしも一緒に倒していきます!!
④ 最後に通り道になりそうなところを全部ふさげたら!!企画成功です!!!!!!
かんたんですね!!!!!(ホントはちょっとたいへんです!)
ただぁし!!これだけではないのです!!
エハルさんの情報によると、『支配』という名前まで付いた恐ろしい特別なゾンビが一体だけいるらしいです!!
そのゾンビは指を飛ばしてくるそれはもう恐ろしいゾンビです!!(一体で一万体分ぐらい強いらしいです!)
果たしてわたしとエハルさんの二人だけで全てを一掃できるのか!!??
わたしの体力はそこまで持つんでしょうかぁ!!??
みなさんのご視聴とコメントがわたしの頼りです!!どうか応援よろしくお願いします!!!!!!
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「ずいぶんと気合が入っているじゃないか」
読み終えて一言感想を述べた後、知夏にスマホを返した。
「もう! こういうとこ人に見られるのって恥ずかしいんですから! やめてくださいよぉ!」
「それはいい仕事をした証だ。恥じることは無い」
「ん~~!! もぉ~~!! やめてくださいよ!!」
「悪かった悪かった、もうやらない。そうだ、謝罪として一つ提案なんだが」
「知夏がデコイを探している間、俺はこれを見つけたんだ」
「パスワードがかかっていない、何ひとつ音楽が入ってないスマホだ。これに知夏が好きな音楽を
一つ入れていい。俺はその曲をリピートで流しながら戦う。それで手を打たないか?」
「それって、謝罪になってるんですかねぇ……?」
「でもぉ……けっこうアリですねぇ。今回はそれで手を打つとしましょう!」
知夏はそういってポーチからケーブルを取り出し、片方のプラグをエハルに差し出した。
ケーブルのタイプはきちんとあっている。こういうところは抜け目ないな、とエハルは感心した。
「この晴れ舞台にピッタリの曲ですよぉ~~! まだ見ないでくださいねぇ~~、フフッフゥ~」
その妙な笑い方には何か裏があるように思えたが、ここで揉めては余計な時間を使うことになる。
エハルは画面を見ずにスマホをしまった。
「想定してた時間より遅くなってしまった。だがここまでやれば、心置きなく戦えるだろう?」
「音声よし、画角よし、心の準備よし! 丘√、準備完了しましたぁ!!」
「うむ」
「後は俺たち二人でプロとして闘い、打ち勝つだけだ」
「それも、盛大にな」
それぞれの武器を手に、二人はエスカレーターへ堂々と歩いていった。
このゾンビパンデミックを逃げ切るのではなく、闘いきる。
その強靭な意志を、腐敗した存在達に見せつけるかのように。
--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 PM 4:02 二階エスカレーター前のゾンビ --
ゾンビは身動き一つせず、下を向いて立っていた。血に濡れた床を意味もなく見つめながら、音に注意を向けていた。
同族のうめき声と咀嚼をする音、引きずるような足音に割れたガラスを踏む音。
そしてエスカレーターの駆動する音。
何時まで経ってもその五種類の音しか認識できない――ゾンビとは違う足音が微かに聞こえたその瞬間までは。
ゾンビは顔を上げた。それから音がした方向を見た。
三階のエスカレーターから二つ並んで流れてきた大きさが違う物体は、人間だった。
軍用ナイフを付けたカーテンレールを両手で持った、小柄で黄色い団子髪をした若い女の人間が一人。
バールのような物を持つ大柄で全身が黒く覆われた、男と思われる人間が一人。
それらを食べ物だと認識したゾンビは、体の向きをその方向へと変えてのろのろと歩き出した。
大きい方の人間が何かを一階へ投げた。花火のような光を一瞬だけ目で追うも、ゾンビは目の前の人間を優先した。
続いて小さい方の人間が身振り手振りをしながら喋り始めた。
「みなさ~ん! またお会いできましたね! 本日二回目の丘√チャンネルです!」
「今回の企画はぁ~?? 概要欄にまとめましたので、要チェックです!
でも集中しすぎてわたしの活躍を見逃すなんてことはダメですよぉ? そのへんはご注意くださいね!」
ゾンビはあの人間が何を喋っているのか、まるで分からなかった。
そもそもゾンビにとって人の会話など、人間がそこにいると認識できる音を発しているにすぎない。
ただ空腹を満たしたいという欲求だけで動いているのだから。
肘が思うように曲がらない腕を前へと伸ばし、思った通り動かない足を引きずるようにして、ただ前へ進んだ。
後少しで手が届くという距離。体が大きい人間の黒い手がゾンビの視界を覆い、何も見えない状態で身体が浮いた。
そして勢いよく、何処かに叩きつけられたのだった。
--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 PM 4:03 丘口知夏 --
「軽く掃除してから向かうとしよう」
一足早くエスカレーターから降りたエハルが、鷲掴みにしたゾンビの頭を床へ叩きつけた。
続いて片手で軽々とバールを振るい、ゾンビの頭を的確かつ豪快に次々と粉砕していく。
知夏はほんの少しの間だけその様子を見ていた。
「うわぁ~、バールがよく似合うなぁ。 やっぱり"フィジデ"の俳優さんなんじゃないかなぁ……?」
"フィジデ"とは『フィジカル・オブ・ザ・デッド』の略称のことだ。
「っていやいやいや……」
雑念を振り払うように首を大きく横に振り、左手で頬をぺしぺしと叩いた。
「わたしも戦わなきゃ! ですよね! みなさん!」
流れてくるコメントをちらりと見てから、知夏は勢いよくゾンビへと走り込んだ。
ゾンビの鼻めがけたその素早く鋭い一撃が一体、また一体とゾンビをしとめていく。
あっという間にエスカレーター前のゾンビ達を倒しきると、
知夏は槍をバトンのように振り回してから決めポーズを取った。
身体全体でバッチリカッコいいポーズをしたい気持ちを抑え、
配信画面内にぎりぎり収まるくらいのポーズに留めておいた。
「どうですかね? 前回より戦えるようになってますかねぇ!? きゃはー! そんなに褒めても何も出ないですよぉ!」
流れてくるコメント欄と嬉しそうに戯れていると、配信画面越しに後ろのテナントの中から一体のゾンビが飛び出してきた。
知夏はとっさに槍の先端を背後へと向け、槍に合わせて身体をひねるように動かし一撃を放った。
「そこぉ!!」
背後を振り返ることもなく敵を察知し的確に頭を貫く。その一連の動きはもう、素人のそれではなかった。
百体近いゾンビを倒してきた知夏はゾンビのプロとして明らかに成長していた。
知夏は左手で四角いヘルメットをさすると、喜びの声を上げた。
「この配信方法……意外といい感じかもです!!」
スマホの配信画面を通して背後が見える。これなら後ろからの奇襲だってこわくない。
配信からさらなる勇気をもらった知夏は不敵な笑顔を浮かべた。
「今の私なら、エハルさんにも負けないくらい活躍できるかもです!」
知夏はそういって、先ほどまでバールを振る音と破壊的な音を轟かせていたエハルの様子を見た。
中央通路へ向けて進んでいるエハルの眼前には、通路を埋め尽くされる程の大量の
ゾンビが押し寄せてきている。
その前に立つエハルは静かに綺麗なお辞儀でもしているかのような姿勢をしていた。
それは五階で見せた必殺技の直前にやっていたパキパキと骨を鳴らす動きと同じものだった。
顔を上げたエハルは右手に持ったバールを横に大きく振りかぶった。
その軌道上にあるテナントのガラスを突き破りながら、その曲がった先端を迫りくるゾンビの横腹に深々と突き刺した。
そしてその勢いのままゾンビの群れをまとめて薙ぎ払った。
反対側にある柵のガラスが粉砕し、ゾンビ達とともに一階へと落下していく。
それを何度も、何度も何度も繰り返して中央通路への血路を開いていた。
「しゅごいぃ……」
圧巻の光景を見た知夏は目を輝かせてながら、感嘆の言葉を出した。
「"横腹を突き刺してそのまま薙ぎ払うだけ"の技……『横腹一閃』だぁ……」
『横腹一閃』。『フィジカル・オブ・ザ・デッド』ファーストで登場した技の一つである。
上映当初の2012年に名前が無かったこの技は、2016年に公開されたサードのシーン、
「やり方は簡単だ。横腹を突き刺して、そのまま薙ぎ払うだけだ」という台詞をきっかけに
ファンによって技名が付けられていた。
「あの必殺技はやっぱり気のせいじゃなくて、『圧倒的掌底』だったんだぁ……!」
知夏はこの百貨店の五階でエハルが見せた必殺技に、実はかなり心当たりがあった。
『圧倒的掌底』。シリーズを代表する技の一つである。作中で主人公が技名を叫ぶことがないのだが、
ファンの間では当たり前にこの技名が使われていることから、知夏は技名をしっかり覚えていた。
その由来はファーストのモブキャラが「なんて圧倒的な掌底なんだ……!!」と台詞を言ったためである。
「あの姿勢をすると映画の技が出来るってことなのかなぁ……!?」
知夏の思考が熱心なファンのそれへと切り替わっていく。
『フィジカル・オブ・ザ・デッド』を推し始めてから早七年。
まさか現実にゾンビのパンデミックが起こり、あの迫力のある技を直にこの目で見られるなんて。
知夏は夢にも思っていなかったこの瞬間に、一人のファンとしての期待が魂から溢れ出ていた。
「もしかして『神の杖』も見れたりするのかなぁ……!!」
『神の杖』。別名ロッド・オブ・ザ・ゴッド。ファーストのラストシーンを飾った、主人公が唯一技名を言った必殺技だ。
バールの先端を踏んだ形で放つ、空中落下からの蹴り技。分かりやすく言えば、超高高度からのライダーキックである。
巨人ゾンビを脳天から貫く大迫力のその技は、ファンの間だけでなく、一般層からも大人気だった。
"丘√"であることが頭から抜け落ちた知夏は目の前のスマホへと手を伸ばした。
「こんな貴重な機会、私だけで見るなんてもったいないです……!」
カメラを切り替えるボタンに指が触れようとした。
しかし僅かに残っていたプロ意識が、寸前でその指を止めた。
このままタップしていいんだろうか。
わたしが嬉しいだけで、この配信を見ている人は嬉しくないんじゃないか。
登録者数三十万人の配信者"丘√"として、この行為は正しくないんじゃないか。
知夏がためらい静止したことで、コメント欄はざわつき始めていた。
「何かあったんですか!?」
「エハルさんの活躍も見てみたいです!」
心配する声と新たな期待の声が知夏の目に入った。
ファンとしての喜びを取るか。配信者としての喜びを取るか。決断を迫られた知夏は大いに葛藤した。
「ぐぬぬぬぬぬぅぅううう……!!」
つばぜり合いのような拮抗状態の中。エハルが投げたねずみ花火の破裂音が聞こえた。
心の中でエハルの声が聞こえたような気がした。
そんなことをしているようでは、ゾンビのプロにはなれないな。
チクリとした心の小言によって、知夏の自尊心は大爆発をひき起こした。
「むぅっっっぁしゃー!!!!」
「負けて、なるものかぁ~~!!!!」
知夏はファンとしての感動を思いきり放り投げた。
登録者数三十万人の配信者"丘√"として。
そして困っている誰かを助けるゾンビのプロとして。
せめて今だけは、そのことだけに集中しなければならないのだ。
知夏は力強く柵の手すりに足をかけ、柵の上へと飛び乗った。
そして大きく息を吸って、フロア全体に響き渡るくらい大声でゾンビ達へ向かって呼びかけた。
「ゾンビさんたちぃ!! こっちのお肉の方が美味しいですよぉ!! ヘイカモンゾンビィ!!」
ムキになりすぎて若干テンションがおかしくなるも、効果はてきめんだった。
白濁しきった目に、半開きの口。そして腐敗した顔が一斉に知夏へと向いた。
エハルの周りを除けば、数百を超えるゾンビの視線が知夏へと集まっていた。
「いよぉおし!! みなさん! わたくし"丘√"は今、やる気がみなぎっております!!」
配信をしていなければ、集合体恐怖症でもある知夏は間違いなく怖気づいていただろう。
しかし登録者数三十万人である"丘√"はそうではないのだ。
「こうなったらもう! ありったけのゾンビさん達を惹きつけて! 百周は回ってやりますよぉ!!」
「みなさん! 最後の一押しをわたしにください! タイミングを合わせて"丘√"~! とコメントをお願いします!」
「さぁみなさんご一緒にぃ! この百貨店の中心はぁ~~???」
「丘√!!!!!」
「オカちゃん!!」
「オカルート~~!!」
"丘√"を応援するコメントたちがコメント欄を激流へと変えた。
知夏がグッとガッツポーズを取った。
「そぉう!!」
サムズアップをして自分の胸に力強く向けた。
「ここぉ!! わたくし"丘√"なのですっ!!!!」
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