第七話「必殺技でドカーンと!」



--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 AM 10:36 丘口知夏 --



「ハ~イ! これで五周目ぇ、達成で~す!」


知夏はかるくジャンプをしてから壁にタッチした。

エハルに作ってもらった槍は真っ赤に染まっている。持ち手に巻かれたキッチンペーパーはもうボロボロだ。

自身にも返り血がところどころに付いてしまっている。


「ふぅ~~~~、さぁてぇ。では六週目ぇ、いきますかぁ」


さすがに疲れてきたのか、足が普段よりずっと重く感じる。それでも知夏は走り続けた。

この百貨店の端から端までの距離はだいたい二百メートルある。壁沿いを一周するにはこの直進を四回するわけなので、

一周あたり八百メートル走っていることになる。そしてそれを五周しているので、すでに四キロメートル

は走り続けている計算だ。走るだけでも大変だというのに、ゾンビを倒す必要もある。

それも一度だって噛まれてはならないという緊張感の中でだ。

疲れるのは当然である。しかし知夏は気力を振り絞り、目標に集中していた。


「あと十分くらいはあるかなぁ……?」


自身のスマホはエハルが持っていて、腕時計を着ける習慣もない。

聞いてしまえば簡単に答えが返ってくるような小さな問題も、なんとなく自分で考えるべきだと知夏は感じていた。

何故かと聞かれると困る。でも今はそういうことを期待されている気がしたのだ。


「数もかなり減ったきたしぃ。あとはあそこに固まっちゃってるゾンビさん達を倒せればなぁ」


知夏の視線の先には二十体ほどの群れがいた。何度周回してもこの群れだけはまるで

ボウリングのピンのように隊列を一切乱さない。

知夏たちを見つけると追いかけては来るのだが、見失うと元居た場所に戻ってしまう。

どのゾンビも口と胸に血痕がついているので、これも『作法』なのだろう。

これは何の作法なんだろう、と知夏は走りながら考えてみた。


「ボウリングの作法かなぁ? それともイワシの作法??」


思いついた作法はどうにも違う気がしてしまう。

それに隠れる作法を持ったゾンビもどこかに潜んでいるだろうし、他にも知らない作法を持つゾンビもいるかもしれない。

そうなると、一体どうすればいいんだろう。頭の中がぐるぐると回り始める。

自身の頭の上に湯気が立っているような気がした。


「ううむぅむむむぅ」


「……あの群れが気になるようだな」


スマホを構えながら知夏についてきているエハルが話しかけてきた。気力でなんとか持たせている知夏と違って、

呼吸を整えてからの彼は一切疲れを見せていない。底抜けの体力だ。長距離走に向いていそうだ。


「ハイぃ、あのゾンビさん達を何とかすれば、後はどうとでもなりそうな気がしたり、しなかったり、ですね」


「ふむ。ではあの群れのことだけ、その一点のみに集中するといい。どうすればいいと思う?」


「一点だけ、ですかぁ?」


知夏は走るペースを維持したまま顎に手を置き、上を向きながら考えた。


「そうですねぇ~、大きな棚があるところまでおびき寄せて、まとめてビターン! って下敷きにしちゃうとか?」


「いい考えだと思うぞ。やってみるといい」


「いや、でもそれはぁ、そうなんですけどぉ」


「けど、何が問題なんだ?」


「棚に下敷きにされてもたぶん、全滅はしないと思うんです。

そうなるとぉ、生き残ったゾンビさんはいるかな~? って探して、一体ずつとどめを刺してく、ってかんじになっちゃいますよねぇ?」


「なんだ、取れ高を気にしてたのか」


知夏は後ろにいるエハルに向けてコクコクと首を振った。


「一体ずつ倒していくのって、ほら、地味じゃないですかぁ~。今やっていることも地道にコツコツって感じですしぃ?」


「ん?……なにがいいたいんだ?」


「もっとこう、一回くらい、必殺技でドカーン!って取れ高が欲しいな~~、なんて?」


知夏はそういって、わざとらしくチラッチラッとエハルを見た。


「ひょっとしてそれは……俺に派手な技であの群れを倒してほしいと、そういってるのか?」


知夏は目を煌めかせ、ここぞとばかりに畳みかけた!


「さすがです! おはなしが早い! そう! エハルさんのご活躍を視聴者の皆さんにも見せてあげたいのです!! 

屋上でわたしに見せてくれたみたいに!!」


エハルは大きくため息を吐いた。フルフェイス越しでも十二分にわかる。


「これは知夏の配信で、今の俺はただのカメラマンだ。でしゃばるべきじゃない」


「いやいやいやいや!! そんなことないですよ!! それにきっと、視聴者さんも見たいはずです!!」


エハルは首を軽く下へと傾けた。きっと配信画面を見ているのだろう。

その視線の先にはコメント欄もあるはず。たった一人でもこの配信を見ていて、コメントをしてくれる

視聴者がいてくれれば、きっとエハルも受け入れてくれる。知夏はその答えにそれはもう溢れんばかりの思いを込めて期待した。


(もう一度、あのド派手なアクションを間近で見たいんですぅ~!! お願いしますぅ~~!!)


「はぁ……、やらざるを得ないようだな」


知夏の目がシャインマスカットのように丸く、きらびやかに輝いた。


「必殺技でドカーン、といったな。その仕事、引き受けよう」


「おおおおおお!! ヤッターー!!」


知夏は両手に力を入れて、両腕を勢いよく天へと掲げた。


屋上で見せた動きも、一般人である知夏からすれば相当なものだった。

ここまで出し渋るということはとんでもない必殺技に違いない。いったいぜんたい、どんな技なのだろう。

知夏の妄想がどんどんと膨らんでいく。体の疲れなど吹き飛んでいた。


「決まりですね!! よぅし、そうと決まればぁ~~? 全力疾走だぁ~!!」


「まったく、底抜けの体力だな」


二人はもう一周を、一分もかけずに回りきった。





『作法』持ちの群れから二十メートルほど離れた辺りで、二人は立ち止まった。

群れはこちらに気づいたのか、隊列をぐるりと旋回させて近づいてきている。


「撮影は任せる」


「ハイッ! おまかせあれ! です!」


「潜んでいるゾンビと、背後には気をつけろよ」


「もう! わかってますよぉ!」


知夏はスマホを左手で受け取り、カメラをエハルに向けた。


『作法』をもったゾンビの集団に、エハルは真正面から立ちはだかった。

その両手にはなにも持っていない。屋上の時のように、その場にあるものを拾いながら戦うのだろうか。


まだそれなりに距離があるので、知夏は自身の立ち位置を調整することにした。

真後ろからだと見にくいので、斜め後ろに位置どれるようなところへ移動した。

ゾンビが潜んでいそうなところに槍でつっついて、何もいないことを確認する。

背後にもゾンビがいないことをしっかりとチェックした。観賞の準備は万全だ。

ワクワクした気持ちを表情から漏らしながら、再びカメラをエハルへと構え直した。


「みなさ~ん、お待たせしました! これからゾンビのプロが大暴れしますよ~~! 楽しみですねぇ~~!」


そういって、いつもするようにさりげなく、コメントを見た。


コメント欄は文字が埋まりきり、なだらかに流れていた。


「なんかいつもより、多いようなぁ……?」


視聴者数に視線を移すと、その数は十一と表示されていた。今日の朝では三人しかいなかったというのに、八人も増えている。

他人が聞けばたった八人と思われるかもしれないが、そんなことは決してない。

知夏が行ってきたゾンビパンデミック以降の配信はそのすべてがメンバーシップ限定のライブ配信であり、

さらには別のアプリで貼り付けているURLリンクを踏まなければ例えメンバーであっても見ることができないのだ。

危機に直面している人に元気を与えたい。その一点のみに注力していた知夏は余計なコメントが流れないよう、あえて

このようなあまりに限定的すぎる配信方法を取っていた。

新たな八人の視聴者はゾンビの脅威にさらされている人たちなのだと、知夏はそう思わずにはいられなかった。


なぜエハルがやらざるを得ないと言っていたのか、知夏には分かった気がした。

見に来てくれている人たちの期待を裏切ることなどできない、という信念がエハルさんにもあるんだと、そう感じた。


嬉しさのあまり大声を出しそうになったが、知夏はぐっとこらえた。

今はこの気持ちを伝える雑談の時間ではない。視聴者はこれから行われることに集中したいはず。

喜ぶのは、それが終わってからにしよう。


エハルは足を揃えて膝を曲げ、その場でしゃがみ込んだ。

知夏はスマホを顔に近づけ、ひそひそ声でスマホに話しかけた。


「どうやら始まるみたいです。ことが終わるまで、わたしのお口はチャックしておきますね」


知夏はそっと槍を近くの棚に立てかけて、スマホを両手でかまえる。


エハルは三つ指を立てて床につけた。首は力を抜いているのか、だらんと垂れ下がっている。

床に指をおいたまま、ゆっくりと曲げていた膝を伸ばしていく。

腕が伸びきったというところで、エハルは静かに床から指を離した。下半身は空気椅子でもしているかのような姿勢になっている。

それからエハルは非常にゆっくりとした、ゾンビよりもずっと遅い動きで、上体を起こし始めた。

ゾンビの集団との距離はもう五メートルくらいしかない。だいじょうぶかな、と知夏が思っていると――。


パキ、パキ。


骨がなるような音が聞こえてきた。


パキパキパキ、パキ。


音はエハルの体から聞こえている。

ゆっくりと背中を起こしていくにつれて、これでもかいうほど骨のなる音が聞こえてきている。

エハルが背中を起こし終え、最後に首を持ち上げた。ゾンビ達を見据えると腰を落とし、右足を後ろへと下げた。

群れの先頭にいるゾンビはもう、エハルの目の前にいる。


「ひとついっておこう。これは、覚えなくていい」


瞬間。エハルの右腕が消えた。

遅れてなにか爆発したような音が聞こえるとともに、エハルの一番近くにいたゾンビが尋常ではない勢いで吹き飛ぶ。

背後にいたゾンビ達を巻き込み、なぎ倒し、それでも勢いは止まらずに大きな棚へ激突した。そして棚はゆっくりと後方へ倒れた。

巻き込まれた衝撃で吹き飛ばされたゾンビ達は、商品棚や服かけ等に体を叩きつけれていた。


必殺技でドカーンと。まさに注文通りだった。

まさか拳一発でゾンビの群れを吹き飛ばすとは思ってもみなかった知夏は、口をポカンと開けてエハルをただ眺めていた。

エハルは歩いてキャンプ用の手斧が陳列されたショーケースの前までいくと、拳で突き破って中の得物を手に取った。

反対の手にはスマホが握られている。


「34秒。短いがお気に入りの曲だ」


ロックな音楽が大音量で鳴り始める。ショーが幕を上げたのだ。


全身をすべて黒く覆い隠した筋肉質な男が手斧を握り、堂々と群れの中を進んでいく。そして目にも止まらぬ速さで動いては、

一体ずつ頭を的確に砕いていった。

振りかぶった斧は突き刺さるを通り越して突き抜けていく。まるで手斧が意思を持って自由気ままに空を舞っているかのようだ。

踏みつける靴の音と本人の動きは、同期ずれでも起こしてるのかと錯覚しそうなほど速い。

だというのにとんでもなく正確で、無駄な動きは一切ない。背後の敵も振り返ることなく、次々と頭に鋭くも重厚な一撃を放っていく。


知夏が屋上で見たものを凝縮したような、迫力とスピード感のあるアクションが次々と披露されていく。

まるでこの日のために何度も何度もリテイクを重ねたアクション映画なのではないかと、そう疑ってしまうほどに洗練された動きだった。

周りで動くものが無くなりちょうど音楽が止まったことで、エハルが宣言した34秒が経ち現実に引き戻されたのだと気づかされた。


そして知夏は思いだした。昔見た映画、エンドロールが終わり館内が明るくなる、充実感に満ちた、あの瞬間を。


「……あっ」


遅れて配信中であることも思い出した知夏は、慌てて感想を述べた。


「みみみみなさん! 見ましたか!? 恐ろしく速い手刀? のような技でゾンビが吹き飛んじゃいましたよ!? 

それに斧を使ってこう、ゾンビをバッサバッサと切り裂いている様もすごかったですねぇ!!」


配信モードに戻った知夏は、即座にコメント欄を見た。


「ゾンビのプロすげーー!!」

「筋肉×技=最強!」

「もはや人間じゃないけどすごい!」

「あれってホントに殴っただけなの??」

「もはや映画じゃん。流石に作り物じゃ……?」


次々と流れてくるコメントを見て、彼女はにんまりとした。やはりコメントが流れてくる量が多いのは、うれしい。

賞賛だけでなく疑問のコメントもいくつかあるけれども、そう思うのもしかたない。

知夏は賞賛と疑問の声をしっかりと受け入れ、目をつぶって大きくゆっくり、うんうんと頷いた。


「どちらの気持ちも、わかりますよぉ~? でも信じがたいことに、これはノンフィクションでして――」


感想演説を始めようとした知夏に、エハルが口を挟んだ。


「見てのとおりだ。終わったぞ」


知夏は目を開けて、目をパチクリさせた。

目をつぶっている間に近くまで来ていたようだ。


「残る脅威はあそこにいる一体と、隠れているやつだ。五体くらいはいるだろう」


エハルは遠くにいるゾンビに指を差してそういうと、回転する手斧がゾンビめがけて飛んでいった。

そして吸い込まれるように頭へ突き刺さった。後ろへぱたりと倒れるゾンビ。突き刺さった斧はとても小さく見える。


「わぁお。お見事ですぅ」


「さて、配信を始めてからちょうど三十分経った。締めの挨拶をしてやってくれ。スーパー

チャットも来てたから、その感謝も含めてな。俺はその間に残りを倒してくる」


配信画面を見ると、確かに配信から三十分が経っていた。それも本当にちょうどだ。

知夏はエハルに視線を戻すと、コクコクと頷いた。エハルは一つ頷くと、なぜか落ちていた革靴を拾ってから背を向け、颯爽と歩き出した。


その様子を撮影しながら、知夏は一度大きく深呼吸をした。それからカメラの設定をインカメラに切り替えた。

自身の顔が大きく画面に映り込む。かなり髪型が乱れているし、頬に返り血もついている。ちょっと汚く見えるかもしれない。

しかし知夏は頬についた血を拭わなかった。これもまた戦うことができた証の一つだと思うと、隠すようなことはしたくなかった。


残念そうな顔を無理やり作り、画面の向こうへと語りかける。


「う~ん、あと一歩というところで時間切れとなってしまいましたぁ~~、ざんねんながら、企画は失敗です」


作り顔を止めて、感情のまま表情を出した。


「でも次こそは成功させますよぉ! いつになるかはちょっとまだ分からないですけど、ぜったいまた! 配信しますので!!」


知夏がこの百貨店に入った目的は、ゾンビに感染した原田さんのために本と映画を取りに行くことだ。

本と映画は四階にある。ここより一階層下だ。そこにも大量のゾンビがいるなら、早くも二回目の配信をすることになるだろう。

もしゾンビの数が少なくて配信の必要がなさそうなら、一度屋上へ戻ってやることを終えてからまたここに来ればいい。


知夏はそう心に決めた。これからも戦い続けたいという、確固たる意志が芽吹いた瞬間であった。

若き意志に背中を押されたかのように、声が出た。


「配信はまたやるとしてぇ……じつは他にも言いたいことがありまして。それが終わってからコメント返しをしますね」


知夏は視線を泳がせ、少しうつむいた。

話題を切り出したはいいものの、どう伝えたら良いか分からなかった。


「さっきはざんねんって言いましたけど、わたし今、全然そんな気持ちじゃないんですよね。その、なんていうか……」


「すごく、うれしいんです」


「わたしはここに来るまでずっと、怖いことから逃げてました。それをこう、グッてこらえてですね。

何度も何度もこらえてですね。それでやっと、少しは戦えるようになったんです。

それはエハルさんのおかげではあるんですけど、それだけじゃないんです」


言葉が知夏の気持ちに重なっていく。それにともなって声は熱を帯びていった。


「もし配信がなかったら、わたしは戦えなかったと思います。こんなに頑張れなかったと思います。

だからこれはみなさんのおかげなんです」


「みなさん! わたしはみなさんのおかげで! ここまで戦えたんです! だから……」


知夏はたまらず、胸にたぎっている熱い気持ちをそのままの形で声に乗せた。


「だから! みなさんもきっと戦えます! 生き残れます! どうか諦めないでください!! 

そうしていれば絶対! 助かりますから!!」



--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 AM 10:51 谷口貴樹 --



知夏の配信を聞きながら、エハルは残ったゾンビの数を減らしていった。

エハルが持っていた革靴はすでに使い捨てており、代わりに拾った一眼レフのカメラを握っている。

淡々かつ堂々と衣服コーナーを横断し、その重厚な足音を響かせていた。

彼女は今、コメント返しをしている。一つ一つ真摯に受け止め、元気と勇気を与えようと全力で応えている。


「君は本当に、昔と変わらないな」


変わらず在り続ける。それがどれほど難しいことか、谷口貴樹は分かっていた。

世の中は不条理に満ちている。声が枯れて二度と元に戻らないこともあれば、

それを発端として仕事を干され、恋人と縁を切ることもある。

そしてかつての仕事が原因でこのゾンビパンデミックが起こったのかもしれない、という自責の念に苛まれることさえある。


俺は心も体も、昔に比べてずいぶんと変わった。

知夏には変わって欲しくない。少なくとも、俺みたいには。


色とりどりの服が掛かった棚から飛び出てきたゾンビを、真上からカメラで叩き落とした。

遅れて出てきたもう一体のゾンビはもう片方の手で腕関節をキメて、転ばせる。そして頭を踏み抜いた。

近くにゾンビがいる気配はもう無い。研ぎ澄まされた直感を疑うことなく、エハルは別のコーナーへと歩き出した。


エハルは不安に駆られていた。

彼女が四階の用事を済ませたら、ここに戻ってきてくれるだろうか。

ゾンビのプロであるエハルでも苦戦しかねない凶悪なゾンビ、"ユニーク"と対面した後でも、まだついてきてくれるだろうか。

事実のみを言ってしまえば、俺たちがやっていることは酷く残酷な行いだ。その現実を受け入れてなお、ついてくることができるだろうか。

しかしそれらの絡みつくような不安は、自身のスマホから聞こえてくる威勢のいい声によってかき消された。


「いや……ついてくるだろうな」


試着室から飛び出した二体のゾンビを上段回し蹴りでまとめて薙ぎ払い、起きれないよう一体の胴体を踏みながらしゃがみ、

もう片方のゾンビの頭をカメラで叩き潰す。そして残った一体を踏み抜く。


動いている人の屍を暴力によって制する。それによって人々を救い、安息を与える。自身の安寧と引き換えに。

そんな茨の道に彼女は進み始めている。ゾンビのプロなどという自己犠牲でしかない道へ足を踏み入れても尚、

彼女は変わることなく生き残れるだろうか。


だがもし彼女が変わらず生き残り、ゾンビのプロと呼べるまでに成長できたならば。

無理だと諦めていたことが、彼女ならできるかもしれない。

理想的なゾンビのプロになれるかもしれない。


血に濡れたカメラを持ったまま、拳を強く握った。カメラはくっきりと手形がついた、歪んだガラクタと化した。


「知夏は俺と違って、"資格"がある。賭ける価値は十二分にあるよな? じいちゃん」


そして七年前に亡くなった祖父に語りかけた。先程の活躍をした人間と同一人物なのか、

そう疑ってしまいそうなほどに弱々しく、儚げな声だった。

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