第四話「重要なのは見た目と作法」
--2027年5月11日 ゾンビパンデミックから7日目 AM 8:09 谷口貴樹 --
「……ここに何のようがあるんです?」
谷口貴樹ことエハルが足を止めた場所はレストランではなく、フロアの三分の一を占めるビジネスホテルのフロントであった。
簡素な受付の裏には灰色の扉があり、左手には各部屋へと繋がる通路がある。扉は全て開けられている。見えるところに血痕はなく、ゾンビがいる様子もない。
それらの情報から、レストランに集めてから一掃したのだろうとエハルは読み取った。
(ほとんどはレストランの客席で倒されていた。特に厨房とこのホテル内はあまりに綺麗すぎる。
ここまで計画的に資源を調達できる人間五人があっさりやられるというのは、やはり不自然だ)
「あの~~、エハルさ~ん?」
「ん、すまない、考え事をしていた。ここに来た理由はだな」
エハルはいったん考えごとを隅に追いやり、ここに来た目的、すぐ前にあるフロントの奥にある扉に指をさした。
「そこに扉があるだろう」
「はい、ありますねぇ」
「おそらくこの店の事務室に繋がっている」
「そうかも、ですねぇ」
「仮にこの先に進む必要があるとしたら……知夏なら、どう開ける?」
知夏の頭の上に"!"マークが灯った。
「なるほど!研修のために来たわけですね!そういうことならお任せあれです!!」
そういうと、知夏はその場でジェスチャーを始めた。
口頭での説明を求めていたつもりだったのだが、とりあえずその様子を見ることにした。
知夏は腰を下ろして右腕を前へ突き出し、人差し指のみを伸ばしている。
「まず、そぉっと取っ手に指を置いてですね。で、ゆっくりと下ろします……そしてぇ、ドアを
勢いよく引くか押すかして! バッと後ろに下がる!! どうでしょう!?」
知夏はどこか小動物を思わせるような期待のまなざしでエハルを見ている。
今までもこうしてドアを開けていたのだろうか。注意深いことはいいことだが、あまりにも弱腰がすぎる。
だが、まずは何事も褒めることから始めるべきだとエハルは思った。
「やや腰が引けているが、正解だ。伊達に生き残ってはいないな」
知夏はこれ見よがしに、エッヘンと胸を張った。
「ゾンビに噛まれるリスクが最も高い瞬間は、出入り口だ。いくら距離を意識して立ち回っていたとしても、
ドアを開ける時は油断しやすい。板一枚隔てているというだけで、足が遅いゾンビか
らしてみれば最大のチャンスだ。だから、常に気を払う必要がある」
知夏は元気よくうんうんと首を振っている。
本当に分かっているのだろうか、とは思うが一度に長々と説明するわけにもいかない。
そう感じたエハルは彼女に初仕事を与えることにした。
「よし。実際に開けてみろ」
「ハイッ!」
知夏はそろりそろりとドアの前までいくと、先ほどのなさけない動きでドアを開けた。
扉の向こうを見てなにかがいることに気が付いたのか、ひそひそ声でエハルに報告した。
「ゾンビ、ゾンビいました……!」
エハルは部屋の前に近づき、身体を斜めにして部屋の中を覗き込んだ。
「いるな」
痩せ型の女性ゾンビが一体、部屋中央にある四つの事務机を迂回しながら近づいてきている。
「こっち見てますよ?こっち来てますよ?どどどどうすればよろしいでしょうか……?」
「ふむ。どうやら一体だけらしい。ではさっそく、座学を始めよう」
「はい!? こんな状況で座学を!?」
「百聞は一見に如かずだ。見て覚えた方が早く済むぞ」
「むむ、早いに越したことはないですね……おねがいします!」
「よし。まずは観察だ。このゾンビは痩せ型の一般的な女性で両手足があり、腐敗は少ない。
口と胸あたりに血痕は無い。そしてなにより、"走って"こない」
「ええ!? 走ってくるゾンビ、いるんですか!?」
まだ遭遇していないとは幸運だと、エハルはつくづく思った。
ただ走れるというだけで、ゾンビの脅威度は飛躍的に上がる。
無制限の体力をもって全力で走り続けられる上に、頭を破壊しなければ倒すことが出来ず、
一度でも噛まれてしまえば人生は終わってしまう。
「ああ、いる。まれにだがな。走るやつの対処は俺がやるから、安心していい」
「ううう、映画みたいな速さだったら……やだな~」
話が脱線しかけているので、次の説明に進むことにした。
「次は距離感だな」
部屋の中に入り、事務机の手前で立ち止まる。ゾンビの指先が体に触れたところで後ろへと下がり、
歩調を合わせて下がり続ける。
一般人からしてみれば危険でしかないが、エハルにしてみれば何の問題もない。
「そそ、そんなに近付いたら危ないですよ!」
「ここまで近づく必要はないが、この距離まで安全だということは知っておいてほしい」
エハルは事務室の中を時計回りに歩きながら、説明を続けた。
「ゾンビの歩行速度は速くても1.5秒に一歩だといわれている。腐敗が進んでいる個体な
らより遅いというのが通説だ。一対一なら、仮に足が負傷していても十分に逃げることが可能だろう」
「でた……どこのデータかわからないやつだぁ」
知夏は困り顔をしてそういった。事務室の入り口から中を見回している。
しまった、とエハルは詳しすぎる説明をしたことを後悔した。
今は現実にいるとはいえ、ゾンビについての詳細など一般人は知らないはずだ。
それに加えて自身は彼女に比べて一回りは年上である。
であれば、伝える相手に合わせた説明をしなければならない。それがプロというものだ。
どうしたものかと考えを巡らせていると、知夏が事務室の中へと入った。
知夏は手のひらサイズのメモ帳一つと、数あるボールペンの中から可愛いらしい見た目を
したペンを手に取ると、メモを取り始めた。
「ほう」
どうやら彼女のことを甘く見積もりすぎていたようだ。
外見と行動と言動こそ幼いものの、こういう時に自分から動けるのだ。
内心ホッとしつつ、エハルは一つ頷いた。そしてそのまま説明を続けた。
「指先が触れるくらいなら問題ないが、手で掴まれるのはとても危険だ。ゾンビの力は強い。こ
れは脳のリミッターが外れているからだといわれている。特に噛む力は人間の限界を大き
く超えていて、一度噛まれたら引きはがすのは至難の業だ」
エハルとゾンビが迫って来るので距離を取るためか、知夏は同じ方向にぐるぐると事務室の中を歩きながら、
ふむふむと頷いてメモを取っている。
その勤勉な姿を見て感心したエハルは、せっかくだからと応用技も見せておくことにした。
「足を見てみろ。あまり膝を曲げてないだろう。さらにいえば肘もだ。この原因は関節が硬く
なっているからだ。時間をかければ曲げられないこともないようだが、即座にはできない。
つまりだな――」
エハルはゾンビの足元に滑り込み真後ろに立ち、エハルに振り向こうとするゾンビの肘にそっと手を置いた。
肘が邪魔をして思うように動けないのか、ゾンビはその場で首を動かして肘に触れているエハルの手に噛みつこうとしている。だが届く気配はない。
「す、すご……!!」
触れている手を肩へと移動させてゾンビの足を軽く蹴る。するとゾンビは勢いよく倒れ込んだ。知夏へと視線を移し、肩をすくめてみせた。
「まぁ、こんなことも可能だ」
知夏の目がとてつもなく輝いている。
自分でもできそうに見えたのだろう。
「あの! それは頑張れば、わたしにもできるようになるんでしょうか!?」
「もちろんだ、経験を積めばな。ただし実践では大抵ゾンビは群れを成している。
この技術を活用して戦えるのはまだ俺ぐらいだろうが、知夏のほうが
この戦い方に向いている。攻撃をかわすには身体が小さい方が有利だからな」
「そっか。そう考えると難しそうですねぇ。でもなぁ、バエるだろうしなぁ」
自分が活躍している妄想でもしているのだろうか。その様子の知夏を見て、やりすぎたかもしれないとエハルは思った。
エハルは顎に手を置く仕草をして、咳払いをした。
「少し脱線してしまったが、"映画でも学べる基本"はこれぐらいでいいだろう」
目にとまった事務机のボールペンを手に取り逆手に持ち、ゾンビのこめかみを貫いた。
ばたりと音を立ててゾンビが倒れる。
「次は"この世界におけるゾンビの基本"、ゾンビの『作法』について教える。その前に、下の階に行こう」
事務室から出てエスカレーターへ向かった。
エハルの後を追ついていきながら、知夏は質問してきた。
「その『作法』って何回か聞きましたけど、いったい何なんです?」
エハルは頭の中を整理しながら、できるかぎり分かりやすく説明した。
「せっかちなやつだ。『作法』とは、端的にいってしまえば"一部のゾンビができる特定の行動"のことだ。説明するには、前提から話す必要がある」
「ふむふむ、メモメモと……」
「さっき走るゾンビがいるといっただろ? だが全員ではないし、そいつらもゾンビになってすぐに走れたわけではない。
走れるようになった理由があるんだ」
「ほうほう、なんでです?」
「人間の脳ミソを食べて、成長したからだ」
「は、ハイ……?」
「この世界のゾンビは、脳ミソを食べるとできる行動が増えていく。頭が良くなっていくと思ってくれていい」
「脳を食べると頭が良くなるって……そんなの、初めて聞きましたよ?」
「そうだろうな。俺も、初めは信じられなかった。だがそう考えなければ説明がつかない
ことを数えきれないほど経験してきた。俺の見立てでは、ゾンビが腐り果てるのをただ待っていては、世界はいずれ恐ろしく成長したゾンビの脅威に晒されるだろう」
「ひょっとして梯子を昇れるゾンビっていうのも――」
「そうだ。人間の脳ミソを食べたことで得た『作法』によるものだ。俺が今まで見た『作法』を持つゾンビは皆、胸に大量の血痕が残っている。
それと口にもな。身なりを気にするゾンビを俺は知らない。人を食べた経験があるから、そんな痕があるんだ。
個体差はあるだろうが、奴らはかつて人間としてできた行動を、脳を食べることで少しずつ思い出して行動している」
「そ、そんな馬鹿な」
「まあ、初めはそう思うよな。だが今からすることを見れば少しは納得するはずだ」
エスカレーターを下りきり、六階『家具と生活雑貨』エリアに到着した。
家具のコーナーにはいくつかのショールームが目立つように配置されていて、サイズが大きめの商品が並んでいる。
生活雑貨のコーナーはちょっとした小物や生活する上で必要な品が並んでいる。
エハルは周囲を見渡した。
「予想通りだな。ここのゾンビもほとんど倒されている」
知夏も片手を眉の上に置いて周りをよく見渡している。
「ほとんどというか、全部倒れてますよ」
「まだいるんだな、これが」
少々得意げな声で答えながら歩き、ショールームの前に立った。
「いや~、こういう部屋ってオシャレで憧れますよね~」
「そのオシャレな部屋にゾンビが潜んでいるとしてもか?」
「はい?」
エハルはショールームに置いてあるクローゼットを掴み、後ろ倒しにした。
その音に違和感を感じたのだろう。知夏は首を傾げた。
「んん?なんか、思ったより重い、変な音がしたんですが……?」
彼女の予測を裏付けるように、クローゼットの中からゾンビのうめき声が聞こえ始めた。
エハルがクローゼットを開けると、ゾンビの姿が露わになる。起き上がろうとするゾンビの胸をエハルは片足で踏み抑えた。
「ななな、なんで中にゾンビがいるんですか!?」
「これもまた『作法』だ。"隠れる"というな。クローゼットだけじゃない。ベッドの下や階段の裏といった、
死角となる場所に隠れ、機を伺う。ゾンビ映画じゃ鉄板だろ?」
「た、確かに。むしろ警戒しなくていいの? って思う時すらあります。だからドアは危険なんですね」
「そうだ。何故こういった行動をするのかまでは俺にも分からないが、現にこういうことをしてくるのだから
覚える必要がある。それだけでも生き残れる可能性は上がる」
エハルはそういって、起き上がれずにもがいているゾンビの頭を踏み抜いた。
知夏が必死にメモを取っている中、エハルは続けて言った。
「というわけで、このショールームで実際に見つけて、倒してみろ」
知夏の手が止まった。キョトンとした表情をしている。
「はい?わたしが、ですか?」
「これより下の階ではそれなりに数がいるはずだ。そうなれば、ここまで丁寧に教えてやれないだろう。今のうちに少しでも経験を積むべきだ」
「そ、それはそうかもですけどぉ……」
このショールームはシックな寝室がコンセプトのようだ。絨毯の上にはベッドと小さな棚に円形の低いテーブルが置かれている。
倒したクローゼットを除けば、そのほかは小物しかない。
もしこの何処かにゾンビがいるとすれば、ベッドの下以外に隠れる場所は無い。そして経験によって磨かれた直感から、
そこにいることは間違いないと彼には断言すらできる。
「バットは落としちゃったしなぁ」
知夏はオロオロと辺りを見回してから、エハルの足を見た。
エハルの大きく分厚い軍靴のような靴は血みどろになっている。
知夏は次に自身の履いている靴を見下ろした。赤と白を基調とした使い古したスニーカーだ。
だが汚れは少ない。日頃から手入れしているのだろう。
「わたしが靴で踏んでも倒せないかもですので……武器を探してきてもいいですか?」
「もちろんだ。ここにはキッチン用品があるし、そうだな。包丁はどうだろう」
知夏は元気よく敬礼した。
「ハイッ!! では、探してきます!!」
「あまり遠くにはいくな、よ……」
エハルがいい終わる前にはすでに、知夏は遠ざかっていた。
心配な気持ちが湧いたが、まだこのフロアは安全だろうという考えを信じて、自身がすべきことを始めた。
――10分後――
「エハルさ~ん! いい感じの包丁! 見つけましたよ~!」
知夏は片手を後ろに回しながらエハルの元へと戻ってきた。
「ほう、質のいい中華包丁でも見つけたのか?」
「いやいやいや、もっとすごいです! 驚きますよ~~!! じゃ~~ん!!」
知夏が持ってきた"包丁と呼んだもの"。それは切るためというより、突くための刃物だった。三枚の刃を合わせて、らせん状にしたような
その刃物は、明らかに包丁ではない。パッケージには大きく『螺旋三稜剣』と書かれており、隅に小さく軍用ナイフと書かれている。
「知夏、これは……包丁ではないんじゃないか?」
「ええ?確かにちょっと変な形をしてけどぉ、でもオシャレでカッコいいし。よく切れますよ!きっと!」
「まあ、切れ味はいいんだろうが……よくこんなものを見つけて来たな」
軍用ナイフがキッチン用品コーナーにあることにも驚きだが、同時にこれを包丁だと言い張れる知夏にも驚いた。
『丘√チャンネル』のリスナーとして彼女を見てきた彼でも、まさか調理器具すらまともに見分けられないとは思ってもいなかった。
彼女の料理センスの無さを改めて痛感していると、知夏はあっけらかんとした顔で質問した。
「ところでところでエハルさん。なんでカーテンレールなんか持ってるんですか?」
エハルはカーテンレールとキッチンペーパー、そしてダクトテープを手に持っている。
これらは知夏用の武器を作るために用意した道具だ。
「ん、これはだな。いや見せた方が早いか。その、包丁を貸してくれ」
「ハイッ」
エハルはカーテンレールを二つにへし折ってから『螺旋三稜剣』を受け取り開封すると、折れた先端に『螺旋三稜剣』を合わせダクトテープで丁寧に巻き始めた。
持ちてとする部分にキッチンペーパーを何重にもわたって巻きつけ、これもまたダクトテープで丁寧に留めていく。
刃渡り二十センチ、全長にして百二十センチの短い槍が出来上がった。
「槍なら噛まれるリスクが少なくて済むし、この長さなら室内でも扱いやすいだろう」
そういって、知夏に槍を手渡した。
「おおおお! ただの包丁がちゃんとした武器に生まれ変わりました!! しかも! すごく軽いです!!」
「何故こんなものがキッチン用品としてあるのかは、まあ、この百貨店の品ぞろえに感謝するとして。
その刃は槍として理想的な形だ。持ち手が壊れてもそのナイフ、じゃなくて包丁は、必ず回収するように」
「りょうかいでぇあります!」
エハルは二度手を叩いた。
「さて、授業を再開するぞ」
「あ、そうでしたね。ハイッ!」
二人は再びシックなショールームへ向き直ると、知夏はジッとベッドのある方向を見つめている。
「わたしの推理ではですね……あのベッドの下にゾンビが潜んでいます!」
知夏はビシッッと指差しをしていい放つと、エハルを横目でちらりと見た。
「そうか。では倒してみろ」
「ハイッ!」
知夏はベッドの二メートル程前まで歩みを進めると、槍を両手で持ち、先端をベッドの下へ向けた。
そして停止すると、そのまま動かなくなった。
「……何してるんだ?」
知夏がぎくりとした様子をした。
「いやその、ほら、武術は先に動いたほうが負けだって、いうじゃないですか~。
だからこうして、待ち構えてですね……」
エハルは肩を落とし、大きく溜息を吐いた。
「俺に啖呵をきった時の熱意はどこにいった? ゾンビ一体に手こずるようでは、先には進ませないぞ」
「え?それは困りますねぇ……よぅし、なら!」
知夏はベッドの下に槍の先端を近づけると、左右に揺らし始めた。
「ほらほら~、出ておいで~。こわくないよ~」
一見ふざけているようにしか見えないが、有効な手段ではある。
エハルは腕を組み、その様子を見守ることにした。
知夏は続いてトントンと槍の先端で床を叩いている。
「ここ、ここに人間さんの足があるよ~。おいしいよ~」
すぐそばで音を出したからだろう。ゾンビの両手がベッド下から飛び出し、槍の先端を掴んだ。
遅れて頭をだして、螺旋三稜剣を口へ運んでいる。
ゾンビは完全に人間の足と勘違いしている様子だ。もしや彼女はゾンビの視力について、既に知っているのだろうか。
「やった!つれた釣れた、釣れましたよ~! で、お次はこれを頭に……ってあれ?」
知夏は槍を動かすことが出来なかった。
ゾンビの力が強いこともあるが、先端がゾンビの口に収まっているがために引っかかっているのだ。
「どどどどどどうしよう!?」
エハルは知夏の隣に立って、声をかけた。
「頭が弱点だとは流石に知ってるようだが、具体的にどこを狙えばいいかまでは知らないようだな」
「と、とりあえず頭にダメージを与えればいいのでは!?」
「それは正確ではない。人間であれば脳を揺らすだけでもダメージはあるが、ゾンビは違う。こいつらは脳震盪を起こさない」
「血の流れも止まっているから脳卒中等も無縁だろう。まぁ俺は脳科学者ではないから、細かいことは分からないがな」
エハルはその場でしゃがみ、ゾンビの頭に指を差しながら説明を続けた。
「俺たちが覚えるべきことはここ、頭蓋骨だ。刃物で倒すときは硬い部位をさける必要がある。
正面ならおでこより下の顔全体、理想は鼻だな。横ならこの耳の真下の顎あたり、後ろなら首の付け根だ」
「口が引っかかっちゃって、鼻まで動かせないです……!!」
「前に動かしてみろ」
「あっなるほど! ハイッ!」
返事とともにゾンビの後頭部から槍が貫通した。
知夏は息を大きく吸って吐いた後、槍を不慣れな様子でそっと引き抜いた。
「砕けた歯が刺さる危険性はあるが、口を通すというのも有効な手段だ」
知夏は少しずつではあるが成長している。
それはエハルにとっても嬉しいことではあった。
「百点満点とまではいかないが、いい作戦だったぞ。おめでとう。これで倒したゾンビが二体に増えたな」
「え、いやぁ、どうもどうも。でもこれって、さ――」
「待て」
エハルは真剣な口調で一言だけいって、知夏が話そうとしたであろう道徳的な話題を止めた。
「それについてはまだ考えるな。今は目の前のことに集中しよう」
「……ハイ」
エハルは考え込むようにして、小さな声で呟いた。
「しかしプロとして生きるなら、避けられない問題ではある……」
「ハイ?なんでしょう?」
「ん、いやなんでもない。他にも隠れる『作法』をもったゾンビがいるはずだ。
すべて漏れなく倒すぞ。それが終わったら五階へ行く」
「りょうかいです!」
それから二人は六階『家具と生活雑貨』エリアに潜むゾンビを掃討した。
知夏がゾンビを倒した数は十体を超えていた。
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