漫才仕立て・太神楽

DA☆

漫才仕立て・太神楽


♪出囃子

「どーもー、カギカッコでーす」

『二重カギカッコでーす』

「ふたり合わせて」

『あけましておめでとうございまーす!』

「……いや待てや」

『なんや』

「それやとコンビ名が〝あけましておめでとうございます〟みたいやないか」

『正月やで。おめでたいやん』

「そやけども。正月やからおめでたいけども。まず名乗りをしよや。えぇか。もっかいやんで」

『おぅ』

「カギカッコでーす」

『二重カギカッコでーす』

「ふたり合わせて」

『ありがとうございまーす!』

「待てや!」

『なんや!』

「なんでハナから〝ありがとうございます〟やねん! 始まったばっかやろがい!」

『感謝の言葉は大事やろ! 読んでくださるお客様に! 誠心誠意心を込めて!』

「いやそやけども! 大事な言葉やけども! またコンビ名みたいになってるから! まず名乗って。挨拶して。それから言おや?」

『オレ知ってんねん』

「何を」

『正月に、〝おめでとうございます〟〝ありがとうございます〟のイキオイだけでドッカンドッカンウケた伝説の芸人がおるちゅう話を』

「それキミ、ゼッタイ間違ぅてる……」

『オレらもそれでいこや! それでいこ! 名乗りとか、挨拶とか、カギカッコの中には話し言葉入れますとか、そうゆう型にはまったモンはオレらの時代で終わりにせなあかんわ』

「いやいやきまりごとは大事やて。特に最後のはオレらのアイデンティティーいうやつやで。終わりにしたらちょぉまずいことなるわ」

───せやろか。

「やめぇや。ちゃんとカッコの中に入れ」

『ちっ』

「舌打ちすなカンジ悪い。だいたいやな、〝おめでとうございますありがとうございます〟ゆぅんはな、海老一染之助染太郎師匠の芸や。イキオイだけとか失礼なこと言うな。曲芸入れて芸にしてはんねん」

『曲芸て何』

「お手玉とか、傘回しとかや。和傘の上にな、毬とか枡とかものを乗っけてな、うまいこと落とさんよう転がしはるんや。綺麗にでけたら〝おめでとうございます〟や」

『そんなん、どこがめでたいんや』

「あー。そこ、説明せなあかん?」

『そこからやゴメンな』

「これは太神楽いう芸なんや。漫才とは別の芸」

『ダイカグラ?』

「太った神様が楽しい、て書いて太神楽や」

『いや神様も太ってたら楽しくないんと違うかな。あすけん姐さんに毎日怒られて悲しいんと違うやろか』

「どっから出てきたあすけん姐さん。いや普通におるやろ太った神様。えべっさんとか大黒様とか」

『ほな神様あすけん姐さん泣かしとんのか。人泣かせといて何が楽しいんや!』

「あすけん姐さんから離れろやボケ! 字が〝太い〟てだけの話やがな。ダイカグラちゅうひとつの言葉や。お手玉して皿回して傘回して土瓶も回す、そういう芸をまとめて太神楽ちゅうて、めでたいもんなんや」

『ケッタイなまとめ方すんなぁ、そない回して、太った神様何が楽しいん?』

「そこや」

『どこや』

「神様楽しい、ゆぅとこが先やねん。お神楽(かぐら)てあるやろ。神社の神様を楽しませるための歌や踊りで、アメノウズメが天照大神を天岩戸から引っ張り出したのが最初。人間から見ると、神楽踊れば神様が楽しいなぁ言うて出てきてくれはるわけや。お近づきになれるんや。御利益いただけるんちゃうか、と、そこんとこが先や」

『ほぉ』

「でな、ホンマのお神楽見たことあるか? 大仰な張り子の龍こさえたり絢爛豪華な着物や道具あつらえたり楽人を何列も並べたり、かたちは色々あるけど、人手を集めて時間をかけてお社の中で踊り倒すゆぅんが本来や。決まった場所に、こっちから出向かなあかんワケやな。あれや、音楽や演劇やと、クラシックコンサートや宝塚歌劇を、えぇべべ着てたいそうなホールに出向いてかしこまって見聞きするんとおんなじや。けど、バンド演奏や旅回りの一座みたく、大仰にせんと街角でやってはるのもあるやろ。太神楽はそっちや。もともとは〝代神楽〟神楽の代わり、と書いたらしい。つまり簡易神楽。略式神楽。神楽をどこでも楽しくカジュアルにやって、神様パワーちょこっとだけもらいましょや、とそういうもんなワケ」

『それで皿回すん?』

「いや、そこでまず、獅子舞が出てくる。いま言うたカジュアル略式神楽では、獅子舞踊るのが定番なんや。神楽と獅子舞がどう結びついたか、ちゅうのは一筋縄やないんやけど、まぁ、思うにやな、ライオンてもともと強いやろ。踊って神様パワー身につけたらどないなる?」

『ウルトラマンやんそんなん』

「そゆことや。獅子舞の御利益は悪霊退散や。悪者退治にどこにでも出張ってくれるヒーロー、て意味合いで、いちばん都合がよかったんやろなぁ。厄を払って招福万来、あぁこら縁起がええわい、おめでたい日にやりましょう、てなもんで、獅子舞は今でも正月の風物詩や」

『はー』

「そやけど、獅子舞が暴れるだけやったら、ちょい怖いわなぁ。獅子舞の真っ赤なお面、あれだけバーンと出てきたら子供泣くやろ」

『獅子舞なー、あいつ頭噛みにきよるんよな。よう子供泣かしてるわー』

「福招きたいのに子供泣いて終わっとったら、世話ないわな。そやから、獅子舞以外にも面白楽しい曲芸を挟むようになった。格好を獅子舞に合わせて、めでたそうなもの身につけて飾って、自分もいかにもめでたいって顔をしてやるわけや。意味合いはかなり違うけど、テーマを揃えつつ興行にメリハリをつけるって発想は、猛獣使いの前にピエロが出てくる欧米のサーカスと同じやな。つまり、ご高尚なお神楽をカジュアルにして、獅子舞をメインコンテンツにしたサーカス、それが太神楽や」

『でもわからんな。訊いたのは、皿回しが何でめでたいのか、ちゅうとこやで』

「そこもまた話が逆でな。興行をする側は神様パワーをお配りしたい、つまりは布教宣伝でやってて、それこそ毎日やってえぇわけやけど、される側は〝厄払い〟のつもりなんやから、めでたい日にだけやってほしい。それに、布教宣伝の立場の人は神職やから普段からいろいろ仕事があるけど、曲芸担当の芸人は、芸がすんだらそこで仕事終わり。特にめでたくもない普通の日に、どないして日銭稼いだらええ? さてそこで、江戸時代くらいになると常設の寄席や芝居小屋が立つようになる。そこから声がかかるようになった。おめでたい日におめでたい格好でやる芸、おめでたくない日でもおめでたそうにやってみてくれと。そぉゆうことで、神楽やのに神様と全然関係ない話になって、それやったら獅子舞も要らんやろてなって、〝太神楽〟と称して曲芸だけを披露するようになった、っちゅう流れや。……はー、しんど」

『長ゼリフおつかれさん』

「ホンマやわ。なんでこんな苦労せなあかんねん。……ワタシ説明する人、この人ただ茶化す人、これで、」

「『ギャラ、おんなじ!』」

『……』

「……」

『……つまるとこ、めでたいのは神楽や獅子舞であって、曲芸自体は特におめでたいわけではない、と、そういうハナシやったら、熱弁せんでも〝皿回しはめでたくないよ〟でよかったん違うん』

「いやー、まぁ、めでたい日に一緒にめでたそうにやってました、てことやからね」

『ごはん食べんとおやつだけ食うておなかいっぱいになりました、みたいな話になってへん?』

「確かに、肝心の厄払いの神事がのうなったわけやから、そうゆうことになるかもしれんねぇ」

『あすけん姐さん泣くやんバランスよぅ食べましょうやー!』

「そやからあすけん姐さんどっから出てくるんや、怒られるでホンマにー!」

『おもちばっか食うてたらあかんでー! おせちもおみかんも食べるんやでー! 正月太りに気をつけよやー!』

「まったくもってその通りやけどもうえぇわー!」

「『どうも、ありがとうございましたー』」


「……で、結局オレらのコンビ名なんやったんや」

『次までに考えときまーす』



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