#1
都市がある。
丘陵と山脈の合間、河川を中央に据えて、開けた平野部に形成された都市。
葉脈のように並んだ道路には漏れなく街路樹が植えられているが、手入れは一切されておらず、つる草に巻かれていた。
人の住まう土地と手付かずの森が混在しているような光景。
道端には乗り手のいない自動車が放棄されている。
道幅の大きな道路を上流へと遡るように辿っていくと、都市の中央に到着する。
都市中央部には東西を分断するように駅、併合して巨大な商業施設。
食事処や書店、遊技場など組み込まれた店舗は数も種類も豊富であり、各店の規模も大きい。
大変な賑わいを見せていたことが窺える。
駅前広場には高架歩道が架かっている。
歩道は複雑に折れ曲がりながら四方のビルを繋いでおり、途中、地上に降りるためのエスカレーターも設置されている。
電気は通っているようだが、全体に塵が積もっていた。
乗降検知のセンサーが正常に動作している以上、それが意味するのは長期的な使用者の不在である。
駅の改札も同様で、自動改札機の扉が開いた痕跡は見当たらない。
歩廊の電光板は電車の時刻を表示している。いずれの路線も遅延はない、通常通りの運行を予定していると構内のスピーカーから無機質なアナウンスが流れた。
駅の設備に不足はなく、都市の動作に不備はなく――。
ただ一つ。
異常があるとするならば。
人がいない。
本来ならば人波でごった返していたはずの駅構内には、人間が存在していなかった。
ただし、誰もいない訳ではない。
駅のホームで合成音声のアナウンスを聞く者がいた。
埃を被ったスピーカーの下で女が柱に寄りかかって休んでいる。女は、
彼女は女子高生である。
兵器を持たない、際立った強さもない、
あと三日もすれば神代高校を卒業して女子高生ではなくなるけれど、今はまだ女子高生だった。
桔梗の傍には、彼女の背中と同じ大きさのリュックサックが置いてある。
ずいぶん汚れてはいるものの、かなり頑丈な作りをしているようで、壊れやほつれは一切見当たらなかった。
桔梗は休憩に区切りをつけ、立ち上がって身体の筋を伸ばす。
リュックからペットボトルを取り出して、水を飲んだ。
二割も残っていなかった中身が空になる。
空っぽのペットボトルを近くのゴミ箱に突っ込み、流れるような動作で隣の自動販売機に蹴りを入れた。
外扉が吹き飛び、飲料品がごろごろと転がり出る。
水と茶をメインに、変わった味の製品も何個かピックアップ。慣れた手付きでリュックサックに詰めた後、軽く揺らして背負い直す。
そうして桔梗は制服のポケットから方位磁石を取り出し、方角を確かめる。
線路の伸びている先と駅前とを見比べてから、駅の改札方面へ向かった。
無人の階段を下り、人のいない改札を飛び越え、駅前広場に出る。
彼女の目の前に広がる街並み――高層マンション、オフィスビル、少し離れて住宅街や商店街。遠くは山麓と、上空に溶け込む頂まで――そのすべてから生者の温かみは失せている。
都市に人間の息遣いはなく、自然に生物の息吹はなく。
世界には冷めた空気が満ちている。
これまで訪れたどんな場所でも、視界の印象は変わらなかった。最後の地であろうこの都市でも、やはりこれといった違いはない。
すでに彼女にとって馴染みの景色となったものが同じく目に映るだけ。
馴染みの景色。
押鐘桔梗が生きている現在。
それは、あらゆる生命の痕跡が消失した世界――
すなわち、終末の風景である。
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