第12話 自己紹介
天野さんや不知火さんとの談笑もそこそこに、そろそろ朝のホームルームが始まる時間だ。担任の若い女性教師が教壇に立ち、これからのことについて色々と話をしている。
入学おめでとうございますから始まり、今日一日の日程。それからこの学校についての基本的な知識など。配られる資料も並大抵ではなく、今日だけで持ってきたファイルがかなり圧迫されるのが見て取れる量だった。
1限もHRの続きのような感じで、入学したての僕たちに対して学校の基本的な説明がされた。そして、一通りそれが終わると次は各々の自己紹介という話になった。
「ここは、特に捻りもなく出席番号順でやってもらおうかな」
と、先生は言う。僕の苗字は井垣だ。つまり、かなり最初の方になってしまう。ちなみに、天野さんは一番手だ。
入学式の日に隣の席から声をかけられたような気がするんだけど、今の天野さんの座席は入り口に最も近い一番前の席だ。最初こそ疑問に思ったが、あれは不知火さんの席だったらしい。今の僕の隣には不知火さんがいる。
そうして、自己紹介のテンプレートが担任の先生―耳塚先生によって提示された。特に指定は無いようだが、名前だけは必ず言うようにとのことだった。そりゃ自己紹介なんだから当たり前か。
自由度の高さが逆に難易度を上げている。こういう時、出席番号が後ろの方の人たちは前のフォーマットを真似すれば無難に自己紹介ができるからいいよね。やはり最強の苗字は渡邊かもしれない。
まあ、天野さんが何を言うのか。それに左右されるかな。僕も最低限のことは考えておいた方が良いかもしれないけど。
こういう場における自己紹介って案外難しいんだよね。趣味と言われても大手を振て言えるような趣味があるわけでもないし、好きな食べ物と言われてもすぐに出てくるようなものでもない。色なら分かるんだけど。
あれこれ考えていたところで、いよいよ時間が来た。
「さて、じゃあそろそろ始めて貰おうかな。それじゃあ天野さんから」
先生にそう言われ、天野さんは席を立つ。そして、その場からクラス全員を視界に収めた。
「天野芙蓉です。誕生日は7月7日、趣味はアニメ鑑賞。好きな男のタイプはあたしを引っ張ってくれそうな人です。一年間よろしくお願いします!」
僕のフォーマット、初手で崩れた。え、僕の順番って次の次なんだけど。好きな男のタイプ?そして、さもそれが当然かのように皆受け入れてるけど、そう言うのって公言するものなの?
ほら、西島君なんてすごく気まずそうな表情してるじゃん。
え、僕男になんて興味ないんだけど。ってか男なんだけど。言わなくちゃだめですかね。そうこうしているうちにそろそろ僕の番が回って来そうなんですけど。僕の前の人も好きな男について言及してるんだけど、これ終わったかもしれんね。
「えーっと……。井垣蓮です。誕生日は10月22日で、趣味はゲーム。好きな男の子のタイプ……は……」
なんか、他の二人と比べてみんなの僕を見る目が真剣すぎないかな?気のせい?ってか助けてよ先生。アンタは僕が男だって知ってるでしょ。なんでアンタも神妙な面持ちでこっち見てんだ。なんか助け船くらい出せるだろ。
ええい。もうなんとでもなれ!
「秘密……です。一年間、よろしくお願いします……」
つまらない解答?結構!僕はこれでこの場を乗り越えた!もう怖いものは無い。なんか、張り詰めた空気が緩んだ時みたいな弛緩した空気がが教室中に流れたけどなんでなんでしょうね。
なんだこの公開処刑は。ってか、小中の自己紹介で好きな男のタイプなんて言ってた女子いなかったんだけどね。なんで高校になってこうも僕の経験から逸れた出来事が多発するのか。
女装を始めたからって感じなの?……いや、自己紹介に女装は関係ないはずだけどな。
色々とあったが、僕の後に続く人たちがどんな自己紹介をしてくれるのか。精々見させて貰うとしよう。
「私の名前は宇津美凜々花です。誕生日は2月12日、趣味は映画を見ることです。出身地は東京都で出身校は……」
おおう。結構話すね。フォーマットにはこだわらないタイプの子かな。
「……一年間よろしくお願いします」
……ん?
あれ、気のせいかな。好きな男子について一切言及されなかったんだけど。ま、まあそう言うのを躊躇う人もいるよね。うん。
「遠藤紗香です!誕生日は9月28日で、身長は161cm。体重は53㎏!趣味はバレーボールです。これから一年間よろしくお願いします!」
誰もそこまでは聞いてないし、誰もそこまでは求めていない。僕としては好きな男子のタイプについて聞けたらもっと良かったんだけどなぁ。ってかスタイル良いね。
「
男性っぽい名前だね。まあ、この世界だと女性に男性っぽい名前を付けるのは割とメジャーだと聞いたことがあるからそこまで珍しいことじゃないのかな?それで、好きな男のタイプは?
……結局、その後好きな男性について言及した人はかなり明るい性格の女子数人以外にいなかった。不知火さんも当たり障りない自己紹介をしていたし、秘密なんて答えた人は僕だけだったようだ。
ちくしょう嵌められた!
これが女子の自己紹介のテンプレだと思ったのに!誰が好き好んで同性のタイプについて悩まないといけなかったんだ!くそう、やはり出席番号は後ろの方が良い!
絶対に痛い人だと思われたって!態々自己紹介で好きな男のタイプなんて言っておきながら結局秘密なんて濁す中二病を未だに拗らせてる高校一年生だって思われたって!
くっそ……。いずれ仕返しをしてやるからな天野さん。首を洗って待っておけ!
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