第10話 答え合わせ
不知火さんの同人活動に協力することを約束した僕は、その後楽しい一日を過ごした。お互いに親交もあまりないと言うことでファミレスでのおしゃべりもそこそこに解散することになったんだけど。
同じクラスの友人が2人もできたことは僕にとってかなりありがたい収穫だった。昔は碌に友達がいなかったから。女子どころか男子ともなんとなく話が合わなかったし。
「ただいまー」
玄関の扉を開く。嗅ぎなれた自宅の匂いと聞きなれた音が僕を包む。うん。やっぱり自宅は安心感があるね。
「おかえりおにい。どうだった?変なことは無かった?」
「ないよ、大げさだなぁ」
「む。大げさなんてことないから、おにいみたいな男性が1人なんてほんとは考えられないんだからね?」
「この状態の僕は男じゃなくて女だから大丈夫。どこからどう見ても完璧な女性を演じてるんだからね」
どこからどう見ても完璧美少女。それが今の僕の姿である。自分で言うのもなんだけど、女装姿の僕を前世の僕が見たら普通に惚れていたのではないかと思う。それほど完成度が高いのだ。
だから、変なことをされるとか、強姦されるとかそういうリスクは無い。
ぶっちゃけた話をすれば、僕としてはそういうシチュエーションが嫌いという訳ではないのだ。一生に一度でいいから街中でのナンパと言う物を経験してみたい。……いや、やっぱり怖いかも。
ま、そんな下品な話はここまでにしよう。今日は有意義な一日を過ごすことができたし、入学一日目にしてはかなり幸先の良いスタートを切れたのではないかと思う。
「部屋着に着替えて、ゲームでもしようかな」
時刻は夕方。趣味に興じるにはちょうど良い時間帯だ。
☆
蓮が帰宅した後、中学時代からの友人である芙蓉と宝石は2人で集まっていた。議題はただ一つ、あのイケメン美少女についてである。
どこか常識に欠け、まるで男性のような仕草を垣間見せる魅惑のビジュアルはまるで幻想。
蓮は自覚していないが、彼がクラスに入ってきたその瞬間からクラスのほぼ全員の注目を既に集めていた。蓮自身は、芙蓉が初めて話しかけてきた唯一のクラスメイトだという認識だ。だが、芙蓉や宝石はそう思っていない。
あのクラス唯一の(唯一ではない)男子である晴翔に次ぐ注目を浴びているのだ。そう思うとその容姿の高さが伺えるだろう。加えて、同性であることが彼女たち全員に、『あれ、ワンチャンあるのでは……?』と思わせる最たる要因となっている。ちなみに同性ではない。
無論、芙蓉とてクラスに入ってきた蓮にはいち早く気付いていた。
あの時の彼女の心境を端的に表すのであれば『え、なにあれやば。下手な男子よりもイケメンすぎるんですけど……』である。
芙蓉がそう思うと言うことは、クラスの他の女子たちも大抵似たようなことを考えているもので、水面下で誰が一番最初に蓮に対して接触を図るかという心理戦が繰り広げられていた。
晴翔と比べると話し掛けるハードルは些か低い。この世界の男性というのは女性からの積極的なアプローチを嫌うというステレオタイプがある。そのため、誰も晴翔に対しては下手なアプローチができずにいた。
しかし、ここで現れたのは同性だが異性とも遜色ない見目麗しい人間だった。
高校入学初日で最初に話した人物など、高校三年間で何らかの関係を築くのは必至。すなわち、この段階で名前と顔を覚えてもらうことさえできればバラ色の高校生活を送ることができる可能性が極めて高いのだ。
だが、ここで邪魔をするのは蓮が持つ独特のオーラだ。
蓮は自覚していないが、彼は前世の価値観を基準として生きている。そのため、女装をしているとはいえ仕草に男性っぽさがにじみ出てしまうことは多々ある。
彼はこの世界での女性らしさと前世での男性らしさはイコールであり、自分は気の合う男友達としての地位を確立させてしまったためにモテなかったと勘違いを起こしているが、実際は全然そんなことは無い。
前世の男性らしさと今世の女性らしさは全くイコールでは結ばれないのだ。
それを踏まえて、彼が普段から行っている言動を振り返るとあまりにこの世界ではイレギュラー。そのため、彼が普段から纏っているオーラというのは女子たちを困惑させるには十分な威力を誇っていた。
さながら、パーキングエリアで提供されるようなチープな醤油ラーメンしか知らなかった子供が、初めて家系ラーメンを口にしたときくらいの衝撃はあったのだろう。
そのため、女子たちにとって晴翔と並ぶほど触れることが困難な難敵と化してしまったわけだ。
前例がないタイプ。しかも理想とする異性像を体現したような同性が現れたことで事態は一時膠着状態。目測を誤り、蓮に拒絶されたら一気に焼き尽くされる可能性を秘めた、ハイリスクハイリターンな存在だったのだ。
そこで、勇気を振り絞って。というか、最早無意識で話しかけたのが芙蓉だった訳だ。
「あたし、あの時のことはほとんど覚えてないんよ。隣にあり得んほどの王子様が座ったと思ったら、気が付いたらナンパしてたよね」
「よ、よく話を続けられましたよね……。私、井垣さんとお話をする天野さんをずっと見てましたけど、尊敬できます……」
「いや、あれはもう条件反射というか。あの時はもう『あ、終わったんだな……』としか考えてなかったというか。でも、どうせ終わるんなら好き勝手やった方が良くね?って思って」
芙蓉と宝石は語る。
「どちらにせよ、井垣さんが良い人でよかったです」
「それな。れんちーの器が広かったから命拾いしたけど、正直あそこまで浮世離れした雰囲気の人って中々見ないからビビったよ」
そうして、乙女二人の二次会は盛り上がる。
宝石は早い段階で蓮と接点を持てたことに対する自らの幸運を喜び、天野はこの一日地に足付かない思いだったことを思い出しながら振り返るのだった。
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