第8話 詳しく聞こう

「詳しい説明をしてほしい。だけど、まずは落ち着ける場所に行こう。近くのファミレスで良いかな?」

「は、はい」

「オッケー。じゃ、あたしが案内するぜい」


 同人誌のモデルにしてほしい。そんなお願いをされるとは想定外にもほどがある。そもそも、絵のモデルってリアルの人間にお願いすることがあるんだろうか。いや、美術とか、そっち方面ならあるんだろうけどさ、多分二次元でしょ?


 ま、そこら辺は専門じゃないから分からないけど。


 とりあえず、天野さんの案内でたどり着いた学生の味方である緑色が目印のファミリーレストランで腰を落ち着ける。


「れんちーにジュエル、何か頼む?」

「お昼ご飯は食べてきちゃったし、一旦ドリンクバーだけにしようかな」

「私も同じ……」


 多分、時間が経てばスイーツの類を注文することになるんだろうけど一旦ね。こういうファミレスって色々注文したくなっちゃうんだよね。お金に余裕がない学生時代なら尚更。沢山食べたいけど、お財布事情を考えるとそうはいかない。理想と現実の乖離によってさらにメニューが魅力的に感じる。

 

 そんなことはどうでもよくてね。


 店員さんに注文を伝え、セルフドリンクバーが解禁されたところで僕はオレンジジュースを注ぎに席を立つ。


「あたしもいくー。ジュエルは何飲むの?なんか取ってこよっか?」

「あ、ならメロンソーダで」


 一応防犯の観点から一人は席に残る必要がある為、不知火さんが門番を務める。こういうの、男女で何も変わらないんだね。学生時代を思い出すなぁ……。まあ、現在進行形で学生だけどね。


「それにしても、まさかモデルになってほしいなんて言われるとはね」

「あはは。ジュエルはオタクだからねー。ま、あたしもそれなりにオタクだけど」

「へー意外。天野さんはギャルって感じであんまりオタクっぽさは無いけどね」

「そう?あたし結構オタクだよ?言っても、今はそんなにだけどね」

「そうなんだ」

「中学時代に腐るほどアニメも漫画も見まくって、良作も駄作も貪りつくしたんだけど、高校生になってからその熱量がどっかいっちゃって」


 リ、リアルぅ……。


「分かるよ。中学生の頃とか、アニメに触れたばっかの時とかおもしろい面白くないに関わらずなんでも見てたからね」

「そうなの!ってか、今思うとあんまり面白くなかった作品もあの時は面白いって思って見てたなぁ」


 ちょーわかる。


 でも、歳を取ると1つの作品を見るのにも体力が必要になってきたりするんだよ。中学時代なんて有り余る若さに身を任せて、僕は2週間くらいで100話越えのアニメを見尽くしたからね。


「れんちーはあたしのことギャルっぽいって言ってたけど、この髪色は高校デビューの一環だし。この学校、校則が緩いからさ」

「たしかにね」


 というか、そもそも男女比が狂っているこの世界ではあまり身だしなみに頓着しない。だって、どこの学校もほぼ女子高なんだもん。そりゃ校則も緩くなるって。それに、今の時代は規則でがっちり固めるのは遅れてるし。


「ま、そんな中学時代に知り合ったのがジュエルだからね。あの子、結構絵が上手いよ?」

「そうなんだ」


 僕の中で、絵が上手い人と音楽が作れる人は無条件に尊敬の対象となる。理由は単純で、僕がその2つにチャレンジして挫折したからだけど。


 天野さんとの会話もそこそこに、僕たちはテーブル席へと戻ってきた。天野さんは不知火さんにメロンソーダを渡して、自分の分のコーヒーを口に含む。


 ひと段落したところで、僕は目の前で緊張している不知火さんに向き直る。こんなに肩に力を入れる必要もないんだけどね……。


「それで、本題に移りたいんだけどいいかな?」

「はいっ。構いません!」

「じゃあ。……僕をモデルにしたいって、どういうこと?」

「私、趣味で絵を描いてるんです……。最近では同人誌を描いて即売会に出したりとかしてます」

「すごい」


 すごい。


「今、私が描いている作品のヒロインに井垣さんがぴったりだと思って……」

「なるほど?ちなみに、どんなコンセプトの本なのかな?」

「『私の幼馴染がこんなにかっこいいはずがない』っていうタイトルでしゅ……」


 なんか聞いたことあるな。

 なんか聞いたことがあるな!?


「へ、へぇー。それに出てくるヒロインと僕がピッタリだと、そう言うことかな」

「は、はいぃ……」


 著作権とか大丈夫なんだろうか。


「……それって、二次創作だったり?」

「い、いえオリジナルです……」


 なるほど。


 僕はおもむろにスマートフォンを取り出す。

 なるほど。どうやらこの世界では件の作品はないらしい。


 まあ、妹を主軸にしたラブコメ作品がこの貞操逆転世界で流行るかと言われると、そうでもないのか。


「なるほどね。まあ、僕としてはモデルになるのは別に構わないよ」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。まあ光栄というか。僕で良ければだけどね」

「全然大丈夫です!むしろ、井垣さんじゃないとダメというか……!」

「でも大丈夫?聞いた感じ、既に描き始めてるように思うんだけど……」

「い、いや、まだプロットと全体構成程度で、キャラは作ってないので大丈夫でしゅっ!」


 なら僕から言うことは無いというか。

 

 ……思いっきり噛んだね。舌、大丈夫だろうか。

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