第7話 新たな知り合い

 と言うことで、天野さんに誘われて放課後の街を散策することになった。この姿の私服で外を出るのは初めてだったので少し緊張したものの、問題という問題は起こらなかった。


 陽彩の懸念も杞憂に終わりそうで何よりだ。


 入学式の日は天野さん以外に声をかけられることが無かったから、俺の高校生活が危ぶまれたが、天野さん曰く僕に声をかけるのはハードルが高いそうだ。

 一番問題だったのは、僕の恋愛対象が未だはっきりしないことらしい。僕としては至って真面目に女の子が好きかもよと匂わせたのが、他のクラスメイトが僕のことを妙に意識してしまう最たる要因になっているのだとか。


 とは言え、僕と純粋に友人関係を築きたいと思っている人もいるわけで。そんな人に対しても余計なプレッシャーを与えてしまったのだとか。


 ごめん。僕にそんなつもりは無かったんだよ。


 精々、ちょっとドキッとしてくれたらいいなと思って小学生のイタズラ程度の気持ちで言った言葉だから、そこまで気にしなくていいと思うんだけどなあ。


 通りで僕の周りの空気がおかしかったわけだよ。とはいえ、高校生活の本番は明日からだ。入学式の日にグループチャットはできていたらしいけど、本格的に自己紹介を始めるのは明日のLHRロングホームルームだろうし。まだ挽回は効く。


 さて、待ち合わせ場所だった駅に着いたわけだけど、天野さんは……。


「あ、いたいた。れん……ちー……」

「……どうしたの?」


 待ち合わせ場所に到着したら、天野さんからこちらに声をかけてくれた。彼女の横には僕と知り合いたいと天野さんに懇願したという女の人がいた。……のはいいんだけど、何故か2人とも僕を見た途端に固まってしまった。


「こ、これが……。れんちーの本気マジ……なんだね」


 なんか今、変なルビが振られていたような気がするんだけど、気のせいだろうか。


「本気って何がさ。まあ、確かにちょっと気合を入れてきたのは事実だけどね」


 女の子って大変だね。外出するにも様々な準備が必要になってくる。本気で身支度を整えようとしたら、一時間程度じゃ済まないよ。


「でも、本気には程遠いよ?化粧だって最小限だし、髪も何もやってない」

「いや、れんちーはそれくらいでいい。気合を入れすぎるとかえって逆効果の可能性があるし。何よりボーイッシュなれんちーにはこれくらいが一番似合ってる……と思う。というか、これで本気じゃないってマジか……」

「そう?ならよかった」

「笑顔が眩しい!」


 本気で身支度をしていないとはいえ、これでも友達と会うと言うことで気合は入れてきたのだ。そんじょそこらの付け焼刃ではない。陽彩なんて固唾を飲んでいたからね。


「それで、そちらが僕と友達になりたいっていう子?」

「……そ、そうそう!この子はあたしの友達の不知火宝石しらぬいじゅえる。中学からの仲で、あたしたちと同じクラスなんだよ?」


 なんか、凄い名前だなと思ったけどこの世界ではそうでもなかった。女性の人口が多すぎるから名前も多様になりやすい。これくらいなら普通の範疇だ。


 そして、肝心の不知火さんだが放心状態だ。


「おーい。ジュエル?いくられんちーが核兵器並みの威力を持っているとはいえ、意識を失うほどとは思わなかったというか……。いや、そう考えると昨日のあたしすご」


 人のことを核兵器というとは失礼な奴め。というか、不知火さんがマジで放心状態なんだけど本当に大丈夫なんだよね?目の焦点が合ってないけど、本当に大丈夫なんだよね?


「……はっ。わ、私は何を……」

「あ、気づいた」

「ひっ!!」


 おい。人の顔見て完全に怯えてるんだけど。


「れんちー、誤解することは無いよ。これはただの……そう、発作みたいなものだから」

「発作て」

「手が届かない異性よりも手の届く同性を。こんなキャッチフレーズが流行ったこの国で、れんちーみたいなイケメン美女が目の前に現れたら、誰でもこうなるよ」


 なんだそのキャッチフレーズ。それが流行るのは末期なのでは?

 それに、誰でもこうなるっていうのは流石に誇張表現だっていうのは僕だって分かる。天野さんが言っていることが本当なら、僕は街を歩くだけで周りの人々を気絶させることができることになるから。


 なんだその異能力は。下手なバトル漫画に出てくるキャラクターよりも強力だよ。


 まあ当然、ここに来る途中でもそんなことは起こらなかったわけだけど。


「とりあえず、初めまして。僕は井垣蓮。気軽に蓮って呼んでくれると嬉しいな」


 うん。我ながら良い感じに自己紹介ができたのではないだろうか。モテるためにはコミュ力を。今世における僕のモットーだ。これは女装をしていてもいなくても変わることがない信条である。


「ふぇ!?あ……わ、わたわた私は、不知火じゅ、宝石でしゅっ!?」


 え、絵にかいたようなドジっ子属性ェ……。


「落ち着いて、深呼吸だよ」

「は、はいっ……!ひぃーふぅーみぃー」


 独特な深呼吸だね。


「落ち着いた?」

「は、はい……。落ち着きましてぃあ」

「なんて?」

「お、落ち着きました」


 さて、今後忘れることがなさそうな強烈な出会いを経験したわけだけど。もう一度改めて僕たちは自己紹介をした。お互いに同い年且つ同じクラスの人間と言うことで、今後とも仲良くしてほしいということを伝える。


 目の前では、僕を見てオドオドとしている不知火さんがいる。なんだか小動物を連想させるような小柄且つ可愛らしい容姿に、その引っ込み思案であがり症な性格も相俟って怯えているリスのようなイメージだ。


 身長は僕よりも10cmくらい下で、ちょっと守ってあげたくなるような子である。こういうタイプの子もこの世界にいるんだなぁ。


 前世基準で考えると、まあオドオドした男の娘って感じだろうか。……あんまりイメージできないけど、こういう性格の人が居ないとも言い切れない絶妙なラインである。


「それで、なんで僕と会いたかったのかな?」


 今日の目的は、僕と不知火さんを引き合わせることだったはずだ。でも、同じクラスなら明日にでも会えるはず。だというのに今日の放課後に僕に会いたがっていた理由は何なのだろうか。


「ジュエルって、スイッチが入ると暴走しちゃうタイプなんだよね。れんちーを一目見て、ジュエルの中で何かが刺激されちゃったみたいでさ」

「そ、そうですっ!」


 びっくりした。急に不知火さんが大声を出すものだから肩が震えてしまった。


「え、えっと不知火さん。僕に何か用でも……?」

「じ、実は井垣さんにお願いがあるんです!」

「お願い?」

「はいっ。わ、私、趣味で同人誌を描いてるんですけど……井垣さんをモデルにさせてほしいなって!」


 ワッツ?


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