第5話 女装の麗人

「あ、天野さん!?」


 突然鼻血を出して倒れた天野さんを抱える。貧血だろうか、何はともあれ保健室に連れて行く必要があるかもしれない。


「わ………に、……し」

「天野さん!?」

「……我が人生に、一片の悔いなし」

「言ってる場合か!」


 それ死ぬときに言うやつだからね!?


 というか、本当に大丈夫だろうか。


「れ、れんちー……。今のは、本当に威力が高すぎる……。軽率にそんなことをしてはいけない。あたしとの約束……だよ……」

「あ、天野さーん!」


 ちくしょう!天野さんが死んだ!この人でなし!


「冗談はこのくらいにして……いや、さっきのれんちーは冗談じゃ済まなかったけどね」

「そう?天野さんは大げさだなぁ」

「いやいや、大げさでも何でもないから。今の一撃でこのクラスの半数はれんちーに堕ちたよ。あたしだってあとちょっとで濡れる所だったし」

「そんなことは言わなくてよろしい」


 誰も聞いてないよそんなこと。

 なんにせよ、天野さんは大丈夫そうだ。一時はマジで大変なことになったと思ったけど、どうやらふざけていただけらしい。

 

 っていうか、今のでクラスの半数は堕ちたと言っていたが、それは本当だろうか。


「れんちー。君は本当に罪深い女だよ。魔性の女、魔女」

「その称号はいらないかな……」


 魔女はやめて。男としてこの称号を賜ったら何か大事な部分が欠けるような気がする。


「まさか、今年の幻の4人目はれんちーだったと言うことかな。あまりにも理想の王子様って感じだし、まあ性別なんて些細な問題だもんね」


 すごい。中らずと雖も遠からず。

 正真正銘、僕が幻の4人目なんだけどね。


 さて、それはさておき。……というか、周りからの視線が妙に色っぽいというか、注目を浴びているような気がするけどそれはさておき。


 話が逸れてしまっていたが、元々晴翔君に関する話をしていたはずだ。


「それで、晴翔君がどうかしたの?」

「あ、そう言えばそんな話もしてたね。っていうか、話の流れどんな感じだったっけ。正直、れんちーの一撃の威力が強すぎて、ちょっと記憶がないんだよね」

「病院行きなよ」


 入学式なんてやってる場合じゃないって。


「いや病院なんて行ったところで、得られるのはただの徒労だけ。そんなことよりも有意義な時間を過ごしていた方が良い。具体的にはれんちーの傍にいることね」

「はいはい。まだ知り合って1時間も経ってないのに、天野さんとは長い付き合いみたいに感じるよ」

「それは……あたしにも遂にモテ期がやって来たってことかな?」


 僕に来いよそれは。

 まあいいや、確か話の流れとしては……天野さんが僕に対してモテるでしょって話を振ってきたところから始まって、このクラスの黒一点─厳密には黒二点だけど─である西島晴翔君の話に移ったんだっけ。


「僕がモテるかモテないかって話だったと思うよ?」

「あー思い出した。れんちーがまるで男の子みたいって話をしてたんだっけ。なら別に深堀する必要なし!あたしが言いたかったのは、晴翔きゅんとれんちーの雰囲気似てるよねってことだけだし」


 似てる……。似てるかな?

 僕からしてみるとそこまで似ているようには感じないけど、天野さんから見たらそうではないのかもしれない。


 あっ。なんとなく理由が分かったかも。僕は今、理想の男性になろうと女装をしているわけだ。その状態の僕と、あの晴翔君の雰囲気が似ていると言うことなのだろう。僕自身、考慮するのは普段の自分だし、そうなると似ても似つかないのは当然か。


 その過程で、天野さんの異次元の情報収集能力にドン引きしたんだっけ。


 そう考えると、僕の成果が出始めているってことかな。


「でもまあ、さっきのれんちーの一撃で、晴翔きゅんに対する関心の半分くらいはれんちーにシフトしちゃったみたいだけどね。今もチャットで激詰めされてるし……」

「げ、激詰め?」

「『あの男装の麗人は誰だ!?』『抜け駆けなど許さん!』みたいな」

「男装はしてないけど!?」

「いつもの幻覚っしょ。れんちーがあまりに色気たっぷりだったから、男を幻視しちゃったみたい」


 ……ふ、複雑な気持ちだ。僕自身、モテたい一心で女装をしている。にもかかわらず、男装の麗人なんて言われるとちょっと不服というか。結構努力したんだから女としての僕も少しくらい評価してほしいものだ。


「……天野さんが言ってた、クラスの半数を堕としたっていうのも、誇張じゃなかったのかもね」

「ま、今後はこのクラスじゃ晴翔きゅんとれんちーの二強環境になるだろうね。……なんで女の子であるれんちーが本物の男子と張り合えてるのか、あたしも不思議な気持ちだよ」


 それは純粋に嬉しい。モテると言われているようなものだし。でもなあ、モテたとしてもいつ僕が男だとカミングアウトするのか、それが重要かもしれない。

 まあそう言うことはもっと後になってから考えるのが丁度よいのかもしれないね。


「じゃ、そろそろホームルームも始まるし、あたしは席に戻るかな。と言っても、隣の席なんだけどね」


 天野さんはそう言って、自分の席に座った。

 ……そう言えば、まだ入学式も始まってなかった。

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