異変

「おぉー! よく似合ってるじゃない」


 淡い色合いのコートを着たカーンを見て、私は感嘆の声をあげた。



 あの日から二週間が経った。


 採集から村に帰った後、私たちはすぐに仕立屋に行った。店の主人にカーンに服を仕立ててほしいとお願いすれば「カーン君にはうちの子が広場でお世話になってるからね、超特急で作らせてもらうよ!」と快く引き受けてくれた。


 そしてパステルカラーに染めた布を仕立屋に渡し、今日の朝、無事に納品されたのだった。


「似合ってる? 嬉しいな。これで寒さも平気だね」

「動きやすい設計の防寒具だし、子供たちとも遊びやすいと思うわよ」


 そうして、カーンと楽しいひと時を過ごしていたとき。





 玄関のドアがノックされる。


 カーンと目を見合わせること数秒。彼は動き、恐る恐るドアを開けた。



 そこには、診療所を占領するあの騎士がいた。


「村の皆さんに広場に集まって頂いています。お二人もすぐに来てください」


 私とカーンはそろって首を傾げ、二人で広場へと向かった。



***



「森には絶対に立ち入らないでください。人に重大な危害を加える魔獣が住み着いてしまったようです」


 村人たちにどよめきが走る。雨が降りしきる広場で、騎士は説明を続けた。


「皆様を不安にさせぬよう秘密裏に魔獣の駆除に当たっていましたが、それは我々の実力不足ゆえに難航しています。そのため、皆様の安全を考慮し森を立ち入り禁止にするために、魔獣の存在を公表させて頂きました」


 皆様の生活に、森の存在が不可欠であるということは大変理解しております。少しでも早く駆除できるよう尽力いたしますので、どうかしばらくは村から出ないでください。




 そう頭を下げる騎士たちは、とてもやつれた顔をしていた。



***



「採集に行けないのは大変だけど、危険なら仕方ないわよねぇ」


 頬杖をつきながら、私はハーブティーを飲んだ。


 あの疲れっぷりを見て、もう騎士たちの診療所の占領に不安は湧かなかった。けれど、せっかく数週間ぶりに恵みの雨が降った日に、とんだ知らせが来たものだ。


 騎士たちを派遣したのは、この村の商品を度々利用することがある国王が山が危険であることを嗅ぎつけたからだろう。私としても、この騒動が一日でも早く解決するのを願うばかりだ。


「カーン、あなたも飲んだら? 何もせず椅子に座っているというのも寂しいでしょ」

「あー、うん。そうだね」


 カーンは生返事を返すだけで、ハーブティーに口をつけなかった。



 家に帰ってきてから、カーンの様子がおかしい。いや、騎士たちから魔獣の存在を聞いた頃から表情が曇っている。今朝の機嫌の良さはどこへやら、暗い面持ちで窓の外の森を眺めていた。


 会話も無い、数分の静寂。やがてカーンは重たい口を開き、前触れなく話し出す。



「ねえ、ウーリントア。僕が森で倒れたのは、その魔獣が原因なんだ」

「……原因って、襲われたの?」

「うん。まあ、怪我はしなかったけど。あれは膨大な冷気を纏って動く怪物だから、その冷気にあてられちゃったみたいでさ。……魔獣ごときに弱らされるなんて、屈辱だよ」


 カーンの表情は、今まで見たことがないほど苦しげなものだった。最後の方のは声が弱々しくうまく聞き取れなかったが、それほど恐怖を煽る存在だったのだろう。


「そんな苦しい記憶のある森に、何度も連れて行ってしまってごめんなさい」


 私が謝れば、彼はぶんぶんと手を横に振った。


「そんな、良いんだよ。この森はとても素敵だし、君のおかげでもっと好きになれたからさ。苦しい記憶なんて、君がいたから思い出さなかったよ」


 カーンは私の手を握り、優しく微笑んだ。


「でも、酷い目に遭わせてきた奴のことは知りたいんだよね。あの魔獣について騎士たちに聞いてきても良いかな?」

「もちろん。気を付けてね」


 私がそう釘を差せば、カーンは軽く笑って家から出て行った。


 部屋に、静けさが戻る。




 カーンが初めて、出会う前のことを話してくれた。彼は今まで、恐ろしい存在に襲われたことを健気にもひた隠しにしていたのだ。きっと心配させないようにしてくれていたのだろう。

 物思いにふけりながら、私は部屋の中を眺める。



 思えば、この家も随分狭く感じるようになった。


 カーンの体調がある程度良くなった時点でベットは私が寝るようになり、彼はソファの上で眠るようになった。そんな彼が過ごすソファの周辺には、カーンの私物がごった返していた。


「これ、どんぐり? 子供たちからもらったのかしら。これは、透明な石? これもきっと子供たちと遊んだものね。……なんだか子供の宝箱みたい」


 あまりにも整理されていない私物の山は、この村での彼の生活が楽しいものであることを言葉無くして語っていた。



 そんな私物の中に一つ、一際輝く何かを見つける。


 一体何を拾ってきたのだろう。そう思い拾い上げたものは、私の精神を揺るがすのに十分なものだった。




「……っ! これは、何?」


 私の頭は冴えわたる。カーンが来る前と後での山の気候や、彼の発言。そしてこの私物。一つ一つの情報が、出来事が線で結ばれていく。



 気付いた時には、私は家を飛び出していた。

 このまま家で待っていたら、もうカーンには会えないと思ってしまったのだ。

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