第2話 初めての街
◆
クズリバの街は、山間にあった。
街道から外れた間道を進んだ先で、幾つかの山を迂回するように進むとふいに視界が開け、そこに街が形成されている。すぐそばを川が流れているようだった。
辺鄙な場所ではあるけれど、例えば軍勢に攻められる時などは有利かもしれない。進軍される道筋は限られるし、反撃するときに地の利があれば山に踏み入って自在に攻撃できそうだ。もっとも、備えを見れば大軍には対処できないのは確実である。大軍がこの小さな町を攻めとる理由もないけれど。
街はさほど高くはないが壁で囲まれている。城郭を意識させるけれど、あるいは治安が悪いのか。ただ、誰かしらが出入りするものを誰何したり、見張っているようでもない。つまりクズリバ氏がこの地を治める前から城郭はあったのかもしれない。詳しくはないが、二十年や三十年前の戦乱の時代なら、ありえそうなことだ。
街に入ると、意外に活気があった。時刻はすでに夕方で、仕事を終えたらしいものが大勢いる。男たちの体格はかなりいい、と気付いた。面白い共通点だ。商人や旅人の姿はあまりない。あとは、女の姿もあるが着飾っているものは少ない。
つまり、生き生きとしているが、派手ではない。
旅籠があるだろうと思って探すと二軒がすぐにそうとわかった。安い方で構わないだろうと、中に入った。
店のものがすぐに出てきて、僕は部屋をひとつとった。建物は古くは見えなかった。むしろ建材が新しいように見えた。部屋の畳も擦り切れていたりはしない。
部屋に入るとすぐに女中がやってきたが、今日は食事も酒もいらない、と伝えると妙な顔をされた。今までの旅で何度も見た顔だ。
「この地のものを食べたいので、どこか、外で食べてきます」
「あら、不思議なことをおっしゃいますね」クスクスと女中が口元を隠しながら笑った。「こんな街に何も特別な時のものなんてございませんよ」
「街の人が食べているものを食べたいのです」
ではそのように致します、と女中は頷き、風呂の説明をして下がっていった。内風呂はなく、街のものが揃って使う浴場を使うように、とのことだった。
まずは食事か、とそのまま僕もすぐに旅籠を出た。通りを見回し、適当に歩き出す。
日が山の向こうへ落ちようとしている。いくつかの店はすでに明かりを灯し、道を行く人も気の早いものは提灯を出している。
どこで何を食べても良かったので、たまたま通りかかった店に思い切って入ってみた。威勢のいい声に出迎えられる。座敷もなく、卓もない店だった。いや、丸太がいくつも立てられ、それが卓の代わりらしかった。酒の匂いが漂っている。
店のものに「何がありますか」と聞くと、うちのうどんを食べていってください、と返事があったので、それを頼んだ。先に銭を渡して少し待つと、「できたよ!」と声がしたので受け取りに行った。あとは勝手に丸太を確保して、そこで立って食べろということらしい。
うどんはどんぶりにそれなりの量が盛られ、薄い色味のつゆに沈んでいた。その上には肉を煮たものが載せられている。肉の色からするとそちらの味は濃そうだった。
食べてみると、肉はあまり慣れない味と食感がした。猪か鹿だろうか。これだけ山に囲まれている街なら、野生の動物を狩るのにも困りはしないだろう。
味付けはよくある味付けだが、肉の味が濃く、汁は薄味なので釣り合いは取れている。
食べ終わって、どんぶりを返した。
「明日の朝は何時から開いていますか」
何気なく聞いてみると店のものは、昼過ぎから開くんですよ、と返事があった。代わりに夜は遅くまで開いているようだ。夜に働いているものが帰りがけにここに寄るのかもしれない。
店を出ると、すでに通りは薄暗い。
僕はゆっくりとした歩調で、旅籠へ戻った。旅籠では宿泊客があげる浮かれた声が小さく聞こえた。
部屋に戻ると、すでに寝床が用意されていた。風呂に行くべきかとも思ったが、今から提灯を借り、出かけていくのは億劫だった。
刀を外し、袴を脱いで、布団の上に倒れ込んだ。
やっとクズリバの土地へ来たが、名刀とやらを見せてもらう算段は付いていない。そもそも、領主の館はどこにあるのだろう。何も知らない土地なので、少しずつ情報を集めるしかない。
今までにいく振りかの名刀を見て来たが、これはというものは少なかった。銘刀だと喧伝されていても、実際にはよくある平凡な刀であることもあった。
刀は人を切らなければ、その実際の価値は見えづらい。いや、すでにそういう時代ではなくなり、刀は美しさで語られるだけになっているのだろうか。
枕元の自分の刀に僕は視線をやった。
蛇紋は美しいが、よく切れる。偶然に手に入れたもので、僕の手元に来る前にも大勢の血を吸っていると聞いている。
血に塗れるほど、刀は美しくなるのだろうか。そんなことを思ったが、現実はおとぎ話の世界ではない。血を吸って美しくなる剣など、存在しない。
しばらく横になってから、思い切って部屋の明かりを消した。部屋が暗くなり、目が闇に慣れるまでは何も見えない。
こんな時に斬りかかられればおしまいだな、と自然と考えた。
誰も自分の命を狙っていないとわかっていても、刀を手にしている、そしてそれを振るってきた以上、何がどう転ぶかはわからない。
目を閉じても、僕は頭の中で枕元の刀を掴んで、抜いて、姿勢をとる自分を繰り返し想像した。
どこかの部屋、もしくは近所のどこからか、人の笑い声や歓声が聞こえてくる。
それらが全部、遠くなっていく。
(続く)
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