藤沢さん②

 翌日。早速朝から行動に移してみた。場所は食堂。昨日の寝る前から、ベッドから起きるまでかなりの時間不安に襲われていた。その間、自分を保つために言い訳を考えたり、不慮の出来事が起こらないか妄想したりしたが、そんなことをしたって現実は何も変わらなかった。ごたごたして、ものすっごく逃げ出したくなったけど、それじゃ今までと変わらないし行動した方がましだと思いここに至る。正直かなり不安だ。自分に何ができるのか、自分でいいのか、嫌な顔されないかネガティブなことばかり考えてしまう。でも、仕事だから、委員長だからと奮起し、藤沢さんに声を掛けてみた。


 「お、おはよう。えーと、隣いいですか」


 …………。目があったが、すぐそらされてしまい、返事がない。


 (やばい、やばい、超絶気まずい。急に声かけたのまずかったかな、もしかして聴こえてなかったかな。やっぱり急に来て嫌だったかな)


 「えーと……」


 「ご、ごめん、なさい」


 うぅ、心の中でなにか崩れる感じがした。(そっか、やはり、まずかった。急に来られても嫌だもんな。私も、誰だこの人とか思っちゃいそうだもん。)


 「なんか、ごめんね。ただ、一緒にご飯、食べたくて」


 情けない言い訳だ。これでは藤沢さんが悪いみたいだ。


 「あ、そ、そういうごめんなさいじゃ、じゃないです。えーと、その、きゅ、急だったんでビックリして、けっして、嫌とかではないです」


 心の中で安堵のため息が出た。一発目から盛大に散りそうだったので安心した。


 「えーと、いいですか?」

 「あ、はい、どうぞ」


 …………。

無言の時間が流れる。き、気まずい。なにか喋らないといけないけど、天気の話や最近の学校生活の話ぐらいの、私の会話デッキでは詰む予感しかしない。


 「えーと、藤沢さんだよね?覚えてないかもしれないけど、自己紹介の時の、しゅ、趣味が似てて、話してみたいと思ってたんだ」


 とりあえず、共通の話題から入って様子を伺う。


 「そ、そうなんですか」

 「私も漫画好きで、どんなジャンル好きなのかなって」

 「ま、漫画はいろいろと、よ、読みます」

 「そうなんだー」


 会話が終わってしまった。やばい、やばい。雑談すらまともにできない。私のコミュ力では会話を促すようにできない。無言の時間が流れてしまう。


 「ご、ごめんなさい。わたしといても、楽しくないですよね。ごめんなさい」


 捲し立てるように言った。


 「いや、こっちこそごめんね。急だし、特に話題も振れなくて」


 …………。

 沈黙の時間が訪れる。このままじゃまずいと思った。何もないまま終わる、そんなパターンへと向かっている。


 「あの、よかったらさ、一緒に学校まで行かない?」


 勇気を絞ってお誘いする。このお誘いに何か意味があるのかと言われると多分ない。絶対ない。けど、こんな感じでファーストコンタクトが終わってしまったら、今後が辛くなってしまう。


 「えっと」


 かなり悩んでから次の言葉を発した。


 「私なんかでよければ」


 「じゃあ、八時半に入口でいいかな?」


 「わかりました」


 その後はお互い黙々と朝ご飯を食べた。何度か話そうと思ったけど、二回ぐらいやりとりしたら終わってしまった。私のコミュ力ではまともに人とは話せない。ひきこもっていた時間を痛感させられる時間だった。


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待ち合わせの十分前に寮の入口に行くよう準備した。万が一待たせてしまったり、遅刻してしまったりしては最低な人間になってしまう。急いで準備を進め、入口へと向かった。


 「ごめん、待った?」


 早めに着いて待っているつもりだったが、藤沢さんの方が早く着いていて待っていた。


 「だ、大丈夫です。今来たところです」


 「じゃあ、行こっか」


 藤沢さんの歩くスピードに合わせて、学校へと向う。寮から学校までは十五分もあれば着く距離だ。学校までの道のりは土手を歩き、坂を登ったら学校。部屋の中で藤沢さんとの会話のシミュレーションをしてきた。こう訊かれたらこう返そう。どういう質問なら会話が弾むかなど。何度も妄想してきた。が、正直、話せる自信はない。だから、頑張って藤沢さんの仕草を見て、会話のヒントを得ようとした。


 …………。


 無言の時間が流れる。仕草からなにかわかると思ったけど、そんな探偵並みの洞察眼など持ち合わせているはずもなかった。どうしようか悩んだ。このまま行っても、なにもないまま教室についてしまう。頭をフル回転させ考えたが何も思いつかない。ふと彼女の方を見ると、土手に生えている草花へ視線を向けていた。


 「植物好きなの?」


 「あ、はい。好きです」


 「名前とかわかるの?」


 「な、名前は知らないです。み、見てるのが好きなんです」


 歩みを止め、草花を見始めた。土手に咲いている草花。普段通り生活していれば注視することなんてなかった。白い花、黄色い花、赤い花。様々な色の花が咲いて、ほのかに花の香も漂う。季節が春だからだろうか。土手いっぱいに群生していてずっと先まで広がっている。今まで咲いていても何も感じなかったが、ちゃんと見てみると野生に咲いている草花なのに、この空間だけは別世界に来ているよな気分になった。人の手入れがされていない自然の光景。それなのにきれいに分けられて群生しており、一種類の植物だけが主張しているのではなく、まるでこの土手にテリトリーがあるかのように仲良く共存している。


 「ごめんなさい、ありがとうございます」


 「あ、うん」


 藤沢さんの声で現実世界に呼び戻された。どうやら藤沢さん以上に集中して見入ってしまったらしい。藤沢さんと仲良くなるため一緒に登校しているのに、藤沢さんを放って楽しんでどうする。やってしまったと心の中で思いながら学校への道を進んでいく。


 「ごめんなさい、わたしなんかといても楽しくないですよね?なにも喋れませんし、ずっと無言ですし」


 お互いに無言だけど一緒に登校している最中、藤沢さんから話しかけてきた。


 「ううん、そんなことないよ」


 「もう一つ、ごめんなさい。自己紹介のときに、漫画、好きって言いましたけど、好きだけど嘘です。ごめんなさい。本当はそこら辺に生えてる野花が好きなんです。周りの人に変って、思われたくなくて、馴染めそうな趣味にしました」


 目線を下に向け怒涛の勢いで話した。こういう時、なんて言って声を掛ければいいか解らない。でも、気持ちだけは解る。むしろ、メッチャ共感できる。自分の趣味が変じゃないのは解っているけど、周りの人から変って思われそうだから、みんな変に思われないような趣味にしとく。痛いほど気持ちが解る。


 「わかる、わかります。私も実はそんなに漫画好きじゃなくて。好きなんだけど、自分の趣味が相手に受け入れられるかわからなくて、みんなに変と思われない趣味にしちゃうの」


 「え」


 「わかります。おんなじです。私も同じです」


 あまりにも共感できたため、少し興奮気味に喋ってしまった。


 「えっと、その、すこし、かん、違いしてました」


 「?」


 「いや、な、なんでもないです」


 このあとも、最近学校どう?だったり、寮生活慣れた?だったり、雑談を持ちかけてみた。さっきのことがきっかけで少しは話せるようになったらいいなと。少しだけ話すことには成功したのだが、私のコミュ力では会話を広げることも盛り上げることもできなかった。とりあえず話すことはできたが、友だちになれるのか、友だちなれても更生までたどり着けるのか、不安を残したファーストコンタクトであった。


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 「で、どうだった?」


 「一応、話せたけど、友だちにはなれてないと思う」


 お昼の時間、いつも通り四人で集まってお弁当を食べていた。藤沢さんもお昼に誘ったのだが「ごめんなさい」と言われ断られてしまった。さすが距離を詰めるのが早すぎたのかなと思ったけど、そもそもひきこもっていて人との距離感なんて忘れてしまったし、普通の距離感がそもそも解らない。お昼は断られてしまったけど、嫌われていないことだけは祈ろう。

 藤沢さんと一応話せたけど、これで友だちとは言い切れない。いつの間にか友だちみたいな感じになれたらいいのだが、現実はそう簡単にはできていない。漫画みたいに劇的な何かかあって絆が育まれる訳ではないし、意識してしまうと、それが邪魔で友だちの定義がよく解らなくなる。


 「いやいや、ここはもう友だちってパターンでしょ」


 「なんか、なろうとして友だちになるのって難しいな」


 「古橋くんは気楽でいいよ。目の前にしてる私はゲキムズだよ」


 話せはしたが、心の距離は縮まっていない。他人よりはまし程度の距離感であることは願いたい。


 「んで、なにか作戦はあんの?」


 お弁当を食べながら、中森くんが訊いてくる。


 「作戦もなにも、そもそも更生の件は関係なくない友だちになろうって決めたし、普通に友だちになれるようがんばるしかないかな」


 「はじめましてだし、こんなもんじゃないの?」


 「うーん」


 藤沢さんについて解っていることは、今のところ野花が好きってことぐらい。これを基に仲良くなって友だちになっていくのか。なんだか難しい。友だちのなり方が解らない。そもそも、友だちになる定義などあるのか。友だちってなんなのか。思考が迷走してしまい、みんなと話しをせず考えに耽けてしまった。


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 放課後。一緒に帰らないか藤沢さんを誘ってみた。誘った時すこし考えていたが、なんとか了承を得ることが出来た。私は何を血迷ったのか、教室から一緒に帰らず、昇降口での待ち合わせをしてしまった。提案した時、すこし目を見開いていたが、またも血迷ってしまい四時三十分の時間指定もしてしまった。友だちになる前の人との距離感がわからず、珍走を繰り広げてしまった。


 「お待たせ」


 早めに、十五分前に昇降口で待ってようとしたら藤沢さんはもう待っていた。


 「だい、じょうぶです」


 …………。お互いに歩き出さないので、ぎこちない時間が流れる。気まずかったので軽く会釈をし、歩き始めた。


 帰りも帰りで、無言だった。いや、私が会話を広げられず、この空気感を作ってしまった。なにか話さないといけないと思っていたけど、相手を楽しませられるようなコミュ力なんてものは持ち合わせていない。

 坂を下りきり、土手の道へ入る。内心、メッチャ焦っていた。一緒に帰ろうと言ったが、何も喋れずこんな空気にしてしまい申し訳なかった。また、このままなんの成果もなく終わってしまうのを考えたら焦った。どうしようか。朝で私の会話デッキは使い切ってしまったし、頭の中で悩みに悩んでいたら、藤沢さんから話しかけられた。


 「えっと、ごめんなさい。わたしなんかと帰っても楽しくないですよね」


 朝と同じセリフ。藤沢さんは心の底からそう思っているかのように思えた。


 「ううん、そんなことないよ。私もごめんね。誘ったのに話題も広げられなくて」


 話題を広げられなくて本当に申し訳ない。中森くんみたいにできたら、藤沢さんも謝らなくていいのにと、心の中でも懺悔した。


 「いや、大丈夫です。こういうの慣れてますから」


 「そうなんだ」


 なんて返したらいいか解らず、てきとうな返事をしてしまった。


 「ちょっと、いいですか?」


 「はい、どうぞ」


 なにか訊かれるのかと思い、身構えてみたものの朝と同じく草花を見始めた。


 「野花だよね。ほんと好きだね」


 野花が好きって言う人は人生の中で初めて会った。人様の趣味を否定したい訳ではないけど、ちょっと変わっている趣味なのかな。別に変じゃないし、そのことが原因で友だちになりたくないとかないけど、藤沢さんはなんでここに来て、どういう思いで過ごしているのだろう。藤沢さんのことはまだよく解らないけど、好きなものを観ているときの藤沢さんは楽しそうだ。藤沢さんは本当に野花が好きって感じで観ている。


 「はい。わたし野花にちょっと、憧れてて」


 うつむいて、少し恥ずかしそうに言った。


 「憧れてるの?」


 「はい。変だと思いますけど、野花はどんな場所でも、キレイに咲いていて、羨ましいです。わたしも、こんな人間になれたらって、思ってて。でも、わたしは野花みたいにキレイでも立派でもなくて、なので、つい見ちゃいます。いつか、こんなふうになれたらいいなっと思って」


 野花を見つめながら話していた。その顔はどこから嬉しそうな、哀しそうな、でも、やっぱり哀しそうなそんな顔をしていた。


 「なるほど。いつか、なれるといいですね」


 「はい」


 …………。


 会話が終わってしまった。気まずい空気ではあるが、実はそんなに嫌ではない。私もそんなに喋る方ではないし、気持ちが解るため納得できる空気感だ。それでも、気まずいものは気まずいので、どう話を切り出すか考える。


 「あの、一緒に観てもいいかな?」


 「どぞ」


 …………。無言のまま草花を見つめる女性二人が完成する。傍から見たらシュールな光景であると予想される。


 「あのー、楽しいですか?」


 藤沢さんが不思議そうに訊いてくる。


 「あー、うん楽しいよ」


 朝と同様、この気持ちは変わらない。知らない世界を知れて、日常にある当たり前の景色なのに、ちゃんと見てみると感慨深いものがある。藤沢さんの気持ちは解らないけど、野花に想いを馳せてしまうのはなんとなく解るような気がする。自然界の脅威に負けず、環境に左右されない。辛く、苦しい環境でも咲き誇る。些細なことで咲けなかった自分を思うと、憧れるのもなんとなく解るような気がする。


 「わたしは、楽しいか、わから、ないです」


 「えーと、しょく、野花好きなんだよね」


 意外な答えだったため、野花を植物と言いかけてしまった。てっきり見て、楽しいことがあるから見ているのだと思っていた。


 「委員長さんはわたしと、なんかといても楽しくないなって」


 「そんなとこないよ。ただ、未知の体験をしてる感じです」


 …………。何度この空気になればいいのだろうと感じてしまう。意識すると会話が難しいと学べた。


 「さ、さいしょは、また、あれなのかと、思いました」


 野花に目線を向けたまま話しだした。


 「先生に言われて、学級委員が気遣って、話しかけるあれです」


 ?が、浮かんだが、なんとなくイメージはできる。


 「気遣って話しかけてくれることは嬉しいです。わかると思いますが、わたしといても、楽しくなんかないです。気遣ってくれて、ありがとうございます。わたしはひとりでも大丈夫です」


 そういうと走って、先に行ってしまった。藤沢さんの気持ちは解らなくもない。クラスで浮いている子に、先生からの指示で話してみる、そんな光景を見たことはある。主に学級委員とかクラスの中心人物とかそういった人が、浮いている子がクラスでなじめるよう積極的に話しかけたりグループに誘ったりする。最初の一週間ぐらいは仲良くやっているのだが、時間が経つに連れまた独りへ戻ってしまう。たった一時のそれだけの関係。そう思われてしまったのだろうか。なろうと思って友だちなるのは難しいな。そもそも、友だちなろうという発想自体間違っているのかな。おこがましい感じもする。わたしなんかといても楽しくないと彼女は言っていたが、どうすればいいのか。友だちとはなんなのか。人との向き合い方が解らない。ひきこもってしまった私に何ができるのだろうか。ヒラヒラと舞い散る桜が、藤沢さんと私の境界線のように見えてしまった。

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