第3話藤沢さん①

 「ほんとうに、どうしましょうか」

 「自由って難しいな」


 私たちは朝から更生の件について頭を悩ませていた。自由かつ、順序なく、私たちに知識も経験もない。同じような人間が、同じような人間の更生を務める。頭を抱える大問題である。普通に学校に通っていたらまだしも、ずっと部屋にひきこもっていて、学校に行ったらいきなりこんな仕事を半強制的にやらされて、本当にどうすればいいのか解らない状態だ。


 「やり方としては、部活に誘うぐらいしか思いつかないな」

 「ですね。まずは誘ってそこから、持ち込む感じですかね」

 「でも、更生させるために友だちになるものあれだしな」

 「なんか、変に意識しちゃって、余計難しいですよね」


 とにもかくにも、なにもかも決まっていない。理事長は専門的な人よりも、私たち学生の方がいいと言っていたが、いざ向き合ってみると難しいものである。


 「まぁ、理事長の言ってたこと考えるなら専門的な立場じゃなく、学生の立場の方が良いらしいから、こうやって悩むこと自体間違ってそうだな」


 更生どうこう考えてしまっては、カウンセラーとやってることは変わらない。学生として、おそらく、友だちという近い立場で接していくことに意味があるのではないかと思う。


 「ですね。漫画とかでもこういう時は、相手に自分の過去を話してもらうのが展開的にいいですもんね」

 「とりあえず、更生の件は意識しないで、普段通りの流れでって感じかな」

 「それがいいかもですね」


 悩ましい問題であるが、何もない人間が考えたところで意味をなさない。今のところは何も決まらず、流れに任せてみるということになった。


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 「そっか、そっか。それはたしかに悩みのタネだね」


 放課後、結局私たちだけでは良い案が思いつかなかったので、中森くんたちに相談してみることにした。流れに任せてみることになったが、これは何もしないで運を呼び込むだけで、さすがにまずいよねってなった。今日一日中、古橋くんと考えたが二人だと袋小路になってしまったので相談してみて、ついでにこのタイミングで二人に更生の件について話してみた。正直、隠しきれる自信もないし、このまま変なやり方でやるよりは、みんなで考えた方が良い案が思いつくかもという発想になった。


 「でも、たかが学生にこんなこと頼むなんて、この学校も変わってるわね」

 「だね。私も最初に聞いた時ビックリしたし、なんで専門的な人に任せないのかって訊いちゃったよ」

 「よくよく考えてみれば、カウンセラーいないって不思議だよな。俺らみたいな人間にはいたほうがプラスになりそうなんだけど」


 たしかに私たちのような人間にはカウンセラーが必要だと思う。私はカウンセラーには頼っていなかったけど、中にはカウンセラーを必要とする生徒だっているはずだ。学校に通っていた頃、学校にはカウンセラー室というものが常駐していたから普通なら違和感はないが、この学校に通う人のことを考えるとカウンセラー室がないのは不思議だ。


 「まぁ問題は人それぞれだからな。一概に全て任せることが正解じゃないんでしょ。自分と相手と向き合うことが大切って先生言ってたし」

 「それで、渡させた資料っていうもの使い物になるのか、ならないのかわからないのね」

 渡された資料を見せようかなと思ったけど、さすがに見せてしまってはまずいので書かれていることを話した。


 「うん。写真と名前、あと単語」

 「単語って、それを基に事情を察せってこと?」


 資料の情報のお粗末さに不満を感じたようだ。まあ気持ちは分る。これを使うにも情報が足りなく、書かれている内容もあるようでないようなものだ。


 「まぁ、でも俺はこれのほうがありがたい。自分の知らないところで自分のことが精密に書かれているよりも、単語だけでしかもそこから予測するしかない方が精神的にマシかな」


 言われてみればそうだ。自分の過去を相手が全て知っていたらと考えると、気味が悪いと思うだろう。


 「そうね。ろくな情報じゃないけど、意外と私たちのためなのかもね」

 「たしかに。ほとんどの人が【〇〇関係】しか書かれてないから、私的にもこっちの方がありがたい」


 手渡させた資料にはひきこもるようになった原因が単語で書かれているが、内容はお粗末なものである。推測できないわけないが予測される選択肢が多い。


 「それで、誰からやっていくか決まってるの?」

 「ううん。誰からにするか全然決まってなくて」

 「仕事完遂のために、友だちになるもの違うと思うしな。手段で友だちになるのだけは避けたいしな」

 「良いこと言うな秋人は。そんな悩ましい問題を抱えたお二人さんのために、俺が任務を与えます」


 にこっと不敵な笑みを浮かべ、席を立ち黒板にせっせと何かを書き始める。


 「題して、友だちになろうよ!作戦」


 …………。


 「なんか言ってくれよ」


 空気感に耐えきれず、中森くんが切り出す。


 「だって、ねぇー、友だちになろうよ作戦って。そもそもなんで友だちなの?漢字で友達じゃないの?」


 坂月さんの指摘は尤もである。普通は漢字で友達ではないのか。特別な何か深い意味でもあるのか。それかただ単に友達を漢字で書くのが面倒だとかかな。画数が多い漢字はテストとかちゃんと書かないといけない時以外、ひらがなで書いてしまうのはあるあるだ。画数多いと漢字で書くのは面倒である。


 「友だちのほうが良くない?友達だと、友、達じゃん?俺らは友、達じゃないんだよ。友だちなの。友達ってさ、友達全員指す感じじゃん?友だちだと個人を差すじゃん?だから友だちなの」


 …………。


 誰も中森くんの言ったことを理解できず静寂とは違う別の静けさを作り出している。多分だけどみんな中森くんの言ったこと意味を考えて、考えてみた結果意味がよく解らなかったから何も言わないのだと思う。私も頑張って中森くんが言った意味を理解しようと思ったけど意味不明すぎて解らなかった。


 「はいはいはい、この空気にも慣れてきました。これからお二人さんにはある人に部活の勧誘に行ってもらいます」

 「ある人?なんでいきなり?」

 「だって、自分たちで考えても無理だったんだろ。流れに任せるのは愚策だし自分でだめなら、他の人に言われたことを従うのもありだと思うよ。自分で考えて行動するのは立派だけどさ、俺含めて優秀じゃない。人から言われたことが本人のためになることもあるし、人から言われたことをちゃんとこなすことにも価値はあると思う。考えて無理なら他人の助言でって。ってことでお願いいたします」


 一理ある意見だ。たしかに、なあなあで行くよりかは指示してもらったほうが行動しやすい。


 「うん、まぁ、わかった。たしかに、俺たちが考えてもわからなかったから。いい?宮本さん」

 「うん。このままいってもズルズルしちゃいそうだし、従ってみるよ」

 「よろしい、よろしい。では、発表いたします」


 じゃがじゃがじゃが。

セルフ効果音をだし、間を作る。


 「でん。藤沢真夢さんです」


 藤沢真夢さん。藤沢さんはたしか、ボブでメガネをかけた人だったはず。自己紹介のときに趣味が似ていたので印象に残っている。


 「理由訊いてもいいかな?なんで藤沢さんなの?」


 不満とか文句はないが、なんで藤沢さんなのか気になる。


 「実はありがたいことに、この部活に興味をもっていてくれているからです」


 いやぁー、といい事の経緯を話し始めた。


 「この部活の目標ってみんなでお昼ご飯ぐらいは食べるでしょ。だから、今日みんなに声かけたの。部活入らないって。ほんど断られたんだけど、数少ない検討組だったのが藤沢さん。考えておきますって。もちろん、断られたぐらいで他の人を諦めるつもりはないよ?都合のいい人だけで固めることはしたくないし、なんかハブってる感じして嫌だし。全力で拒絶されたらあれだけど、まぁ、まずは検討組からってわけよ」

 「でも、それって興味もってくれてるの?検討しますって、断るときの常套句じゃない?大人の社交辞令的な?」

 「たしかに、私もそれ使っちゃう」


 要は行けたら行くみたいなことだ。本当は行きたくないけど断りづらいし、行く意思を垣間見せて都合が良かったら行きますよみたいな感じで濁す。あるあるだ。


 「そもそも、活動内容もあれだしな。変な勧誘に巻き込まれたとか思われてそうだな」

 「ノープロブレム、ノープロブレム。ぜぇーたい大丈夫だから。この目で確かめたから」


 自信アリげの中森くん、私たちにはそんな自信は湧いてこないが、従うと決めたので不満などない。藤沢さんから始めることに決意を固めた。


 「それじゃあ、決まりだな。お二人さん、がんば」

 「うん、やってみるよ」

 「がんばってね」

 「宮本さん頼むぞ」

 「え、古橋くんも一緒にやるんだよね?」


 意外な一言に反応してしまう。


 「いや、俺はできないよ。副委員長は委員長の補佐だし」

 「え、なにそれ。私知らない」


 驚愕の事実に戸惑いを隠せない。副委員長は補佐?いやいや更生は私たち二人に任せられたはずだし、補佐なんてそんなことがあってたまるか。


 「多分、俺のところにしか書かれてないのかな。副委員長は委員長の補佐であり、委員長の仕事を円滑に進めるようサポートする。みたいなことって書かれてた」

 「え、まって、副委員長の概要もあるの?」

 「副委員長にもあるから、委員長にもあると思うよ」


 急いでタブレット端末を開き、確認する。


 学級委員長:学級のリーダーを務める。学校行事や社会活動においてクラスメイトをまとめ、円滑に物事が進むよう尽力する。基本的には一人で取り仕切る。


 うわーと思ってしまった。自分の確認ミスのせいで余計な精神的ダメージを受けてしまった。


 「まって、だとしてもこれは部活。委員長の役割とは関係なくないよね?」

 「一応、更生の目的もあるし」

 「宮本さんがんば」

 「大変だろうけどがんばれ」


 示し合わせように言われてしまった。


 みんなの眼差しがすこし痛い。ひきこもりだった私がクラスメイトを更生させるべく、一人で行動していく。考えただけで不安な気持ちが襲ってくる。気楽に行こうぜ、何かあったら助けるから、サポートは任せて。励ましの言葉を貰ったが、不安が晴れることはない。でも、なよなよしても今までと何も変わらない。密かに心の中で奮起し、明日から頑張ろうと決意を固めた。

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