任命②

 放課後。先生から学級委員は理事長室へ行くようにと指示を受けた。「学級委員の仕事です」と一言だけ言われ、場所を教えてもらい理事長室へ向かっている。学級委員の初めての仕事を汗ビショビショで終えた私はその後、中森くんたちに慰めの言葉をかけられた。誰だって緊張するよな。声震えるのも解る。私だってあの場面緊張するよなど、ありがたいお気遣いだったが、余計に惨めな感じがしてちょっと泣きそうになった。


 「そういえば、理事長室に何の用だろうね」


 さっきの汚点を意識しないよう、自分からできるだけ話題を振って、さっきのことは思い出さないようにする。それと同時に平常心を装って、恥ずかしくない素振りをみせて中森くんがさっきのことを意識しないようにさせる。


 「うーん、予想も想像もつかないからわからない」

 「だよねー」

 「そういえば、なんで私たちが学級委員なんだろうね」

 「さぁ?」


 不思議だよね。適当な相槌をして会話を促す。だが、私のコミュ力では話題を引き出せず、途中から無言で理事長室に向かっていた。


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 「入れ。宮本咲月に、古橋秋人だな」

 「は、はい」


 きっちりとした声で返事をする。声色と雰囲気、何よりオーラが怖いタイプの人だと主張し、私に緊張感をもたらす。


 「緊張しなくてもいい。私はこの学校の理事、大泉俊憲だ。よろしく頼む」


 見た目は若く見える。若く見えると言っても六十代の人間が五十代に見える感じだ。なんだろう。例えるなら軍の上官みたいな人だ。きっちり髪型は整えられていて、ものすっごく圧がある。


 「こちらこそ、お願いします」

 「さっそくだが、本題に入る」


 そういうと手元の資料を私たちに配り、話し始める。


 「君たちにはその資料を基に、クラスメイト全員の更生を務めてもらう。資料は計二枚。一枚目には男子、二枚目には女子、それぞれ名前と証明写真、それとひきこもる原因となった事柄が単語で記載されている」

 「単語ですか」

 「そうだ。合理的に考え、詳細を事細かく記載したほうがいいのだが、最近なにかと、プライバシーにうるさいのでな。内容はいたってシンプルだ。先程も言った通り、資料を基にクラスメイト全員の更生にあたってもらう。やり方、順序、時期、時間、全てに問わない。卒業までクラスメイト全員の更生を完遂しろ。なにか質問はあるか」


 理事長の話を聞き終え、私は正直何も理解できなかった。資料?更生?完遂?はてなだらけである。話が急すぎて内容についていけない。第一、私たちは学級委員の仕事で呼び出されたのではないのか。もしかして、これが学級委員の仕事なのか。学級委員に初めてなったけど、普通の学校でもこんなことしているのだろうか。訳が分からな過ぎて、頭が混乱している。


 「質問がなければ下がれ。情報といえる代物ではない。だが、無いよりはマシだと判断し渡した。卒業までとは言ったが、明日から行動に移れ。以上だ」

 「す、すみません」


 恐る恐る声をあげる。正直こういう場で質問するタイプの人間ではないが、今は頭が追いついていなかった。


 「なんだ」

 「えーと、どのようにやっていけばいいのでしょうか」

 「先程も言った通り、やり方等は問わない。お前たちの好きなようにやればいい。正解などない」

 「ど、どうして私、私たちなのでしょうか。そーの、えーっと、専門的な人に任せたほうがいいと思いますし、なにより私に務まるとは思いません。学級委員ですら初めてですし、学校も久しぶりですし……」


 さすがにしどろもどろしすぎた。でも、一学生にこんなことを任せていいものなのか。言った通りこのようなことは専門的な人に任せるべきだ。それを生業としている人だし。それに人を更生しろなんて、ひきこもりだった私には無理な要求だ。


 「尤もな意見だ。常識的に考えて、君たち素人に任せるよりも専門的な知識と経験を積んだ、その手の者に任せたほうがいいだろう」

 「じゃあ、なんで私たちなのでしょうか」

 「君たちは専門的な人、カウンセラーかなにかに自分のことを相談したことはあるだろうか」

 「いえ……ないです」

 「では、なぜ、相談しなかったのだ」

 「えーと、それは」


 返答に困り、沈黙が流れる。何故相談しなかったのか。私には分からない。相談するようなことでもないようなことだし、相談なんて選択肢は最初から考えていなかったから何て言えばいいのか分からなかった。


 「これは私、個人の意見だ」


 私が沈黙していると、理事長が口を開き話を始める。


 「私はカウンセラーというものを信用していない。何故なら彼らに相談して原因が改善、解消するとは思えんからだ。実例はある。しかし、君たちのような人間には意味をなさない。教科書に書いてある知識と浅い経験では、君たちのような人間を更生させることなど到底できはしない。理屈ではない。君たちがよくわかっていることだろう。だからこそ、君たちのような人間にカウンセラーの代役を任命している」

 「で、でも、いいのでしょうか。知識もありませんし、人を更生させていく自信もないです」


 なんとなく言いたいことは分かった?が、それでも更生の任を務まるとは思えない。同じような境遇の人間だからといって、相手の気持が分かるなんて言えない。ただ少し似たような経験をして知っているぐらいしか、私にはない。


 「問題はない。これも理屈などではない。学生という不安定な時期を共にするクラスメイトという立場からこそ、理屈ではない部分を変えられると私は思っている」

 理事長は自信めいたものがあるように言った。


 「社会に出れば自分ができる、できない、やりたい、やりたくないに関わらず仕事は回ってくる。できない、やりたくないは理由などにはならない。やるしかないのものだと覚えておけ」

 「わ、わかりました」

 「よろしい、他に訊きたいことはないか」


 私たちを一瞥し、確認する。


 「今日は資料を確認し、クラスメイトの更生に務めろ。この仕事は命令だ。お願いでもなく、指示でもない。全てに問わないと言ったが先送りにはするな」

 期待しているぞ、そう言い放ちこの話は終わった。

 目線を横に向け古橋くんを見た。古橋くんもこちらを向いていたのでアイコンタクトを取り、退出の挨拶をする。

 「失礼しました」


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 理事長室を出てから教室へ荷物を取りに戻った。教室へ戻る最中、古橋くんにさっき言われたことについて訊ねてみた。


 「さっきの話、どうしますか」

 「どうしようね。とりあえず、さっき貰った資料見てみようか」


 貰った資料を見てみる。そこには理事長が言っていた通りひきこもる原因?みたいなものが単語で書かれているだけだった。


 「たしかに、無いよりはマシぐらいの代物だね」

 「ですね――これを基に更生を務めろか。メッチャ難しいですね」

 「だね。でも、命令らしいし、やるしかないな」

 「ですね」


 命令だなんて人生で初めて言われた。更生させろなんて普通の学校なら考えられないけど、この学校のことだ。これもなにかの実験を兼ねているのだろうか。


 「誰からとか、あります?」

 「うーん、わかんない。自由にやれとは言われたけど、自由が難しい」

 「ですよね。どうやって切り出せばいいかわからないですし」


 正直なところ、こんな資料を基にクラスメイトの更生に務めろと言われても難しい。やり方のようなマニュアルがあればよかったのだが、それすらなく私たちの自由にやるしかない。


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 「あれ、坂月さん残ってたんだ」

 教室へ荷物を取りに戻ると坂月さんと中森くんが残っていた。


 「うん。なんか中森くんが話があるから放課後に集まってって」

 「なるほど」


 話って何かあるのだろうか。中森くんの方を確認する。


 「それで、話ってなんなの隼人」


 中森くんは教卓の椅子から立ち上がり

 「昼のときに言った、案を考えてきました」と自信満々の笑みを作った。


 「案ってなに?」

 「昼のときに何か言ってたっけ?」

 「覚えてない」


 みんなで顔を合わせて確認したが、誰も昼間に中森くんが言ったことは覚えていないようだった。正直私はさっきのことで頭がいっぱいで、それが衝撃すぎて頭の中を埋め尽くされていて昼間のことなんて憶えていなかった。


 「うそ、だろ。みんなでお昼ご飯ぐらいは食べたいって話てたじゃん」

 「あー、そんなこと話してたね」

 「でも、エゴだからとか、みんなでワイワイは難しいとか言ってなかったっけ?」

 「覚えてない」

 「秋人、お前ってやつは、なんて薄情なやつなんだ。親友だと思ってたのに」


 顔に腕を擦り付け、泣く演技をして悲しさをアピールしている。だが私と坂月さんの心にも古橋くんの心にも響かず、古橋くんに至ってはまだ会って二日目だろと古橋くんのツッコミが入った。


 「それで、案ってなんなの?」

 「やっぱり気になっちゃう?」


 にへらっと笑い、黒板になにか書き始めた。


 「えー、我々はみんなでお昼ご飯ぐらいは食べるを目標とし、チームを結成致します。チームコンセプトは雑草魂見せつけろ。これを基に活動したいと思います。はい、はくしゅー」

 

 ………………。


 誰も中森くんの空気感についていけず、呆然としている。

 

 「ちょっと、何か言ってよ。恥ずかしいじゃんか」

 「話が急だし、そもそもチームって何?」

 「よくぞ訊いてくれました秋人くんよ。チームは、チームです。Teamなんです」

 「ちょっと、何言ってるかわからないわ」


 たしかに言っている意味が解らない。唐突にチームを結成したと言われても、すぐには理解できない。ってか何でチーム?チームコンセプトだけ決まっているってどういうこと?理事長の件といい、中森くんの発案といい脳の処理が追い付かない状況が多い。


 「えーと、チームって何するんですか?」


 事態を把握するため、中森くんに訊いてみる。ただでさえ、更生の件で頭が一杯一杯だ。これ以上頭の中がごちゃごちゃになってしまうと頭がパンクしてしまう。


 「特に決まってないよ。やりたいことをやりたいときにやる。それがこのチームです」

 「てきとーね」

 呆れた様子で、坂月さんがツッコむ。


 「いやいやいや、実は奥深いよ。やりたいことを押し付けるじゃなくて、やりたいことをみんなでやる。何をするのではなく、仲間と共にある。そういう真意がありますからね」

 「だいたい、エゴとかみんなに悪い的な話はどうなったの。あと、雑草魂見せつけろなんてちょっと古くない?」


 雑草魂なんて言葉を今の子どもたちは知っているのだろうか。昔メジャーリーグに行った選手が残した名言なのだが、私たちの世代でも知らない人の方が多いはずだ。


 「古いとか言わないでください。今の発言、ペナルティです。あと一枚で坂月さん退場です」

 「ペナルティおっも」

 「ってか、なんでチームコンセプトだけなの?普通はチーム名があって、チームコンセプトじゃないの?」


 尤もな指摘である。チーム名がなくチームコンセプトだけがあるのはおかしい。あったとしても普通は逆ではないのか。


 「秋人くんよ、そう焦らさんなって。チーム名はまだ決めてないけど、今思いついたので発表いたします」


 じゃがじゃがじゃが。

 セルフ効果音を出しながらテキパキと黒板に書き始める。

 「目標がみんなでお昼ご飯ぐらいは食べるなので、チーム名は、Lunchです」

 

 ………………。


 また教室が静寂に包まれた。私たちは無言のまま、お互いの顔を確認しあった。


 「ちょっと、なんか言ってくよれ」

 「いや、ちょっと、センスが、ねー」

 「ちょっと、ねー」

 「ダサいな」

 「いやいやいや、ダサくないから。結構いいチーム名だから」

 

 ………………。


 三度教室が静寂に包まれる。てっきり冗談だと思っていたけど、中森くんの反応を見る限り本気で言っているように思える。


 「え?」

 「え」

 「え?」

 「……」


 四人全員で顔を合わせて確認する。中森くんは本気で、え?みたいな感じだったけど、私たち三人はマジかよ、みたいな感じだった。


 「まぁ、そんなのは措いといて」

 「そんなの言うなよ」


 中森くんは教卓の下の隙間に入り込み、メソメソし始めた。


 「結局、本当にわからないんだけど」

 「特に、活動内容も決まってないですしね」

 「なんの時間なの?」

 またも、示し合わせたように言ってしまった。

 …………。

 教卓から流れる負のオーラが増したような気がする。


 「でも、あれですよね。チームコンセプトはいいですよね。ちょっとふる、いや、雑草魂っていい言葉ですよね。雑草舐めるなよ、って感じでいいですよね。私はこのコンセプトいいと思います」


 負の空気感に耐えきらず、適当なフォローを一応しておく。


 「だよね、だよね。雑草魂良いよね、宮本さん」

 「え、えーと、そうですね」

 「もう、みんなから何言われても気にしない、気にしない。もうチームは結束してしまったため、後戻りはできないからな。ポスターも作ったし、これから皆さんにはみんなでお昼ご飯ぐらいは食べるという目標を叶えてもらいます」


 ちょっと開き直った感じがあった。元気になったなら良かったけど、中森くんが言ったことには聞き捨てならなかった。


 「後戻りはできないって、え、これ、部活かなにかなの?」

 「そうそう。一応そんな感じにしてもらった。チーム名とか活動内容とか未定だけど。待ってもらってる間に申請してきた」


 そう言うと私たちの前で申請用紙を見せびらかした。


 「え⁉」

 申請用紙に書いてあることが予想外すぎて、思わず声を上げてしまった。


 「え⁉えーなんで⁉え、えぇ?なんで私が部長なの」

 「そりゃ、学級委員長だし」

 「え?わたし、学級委員長なの。え?」


 状況がうまく飲み込めず、同じ委員の古橋くんの方に視線を向け確認を取る。


 「そうだよ」

 急いでタブレット端末を開き、自分の委員会を確認する。


 (うそでしょ)

 そこにはちゃんと学級委員長という文字があった。


 「みんな、これ知ってたの?」

 「うん、だって自分で言ってたし」


 心当たりがあるような、ないような。でも思い返してみると古橋くんは全然喋ってなくて、私だけがメインで喋っていたような気がする。


 「そんなわけで、部長もよろしく」

 「いやいやいや、学級委員長は仕方ないにしても、なんで私。普通は言い出しっぺの中森くんがやるべきでしょ」

 「そうしたいのは山々だけど、俺は創設者だから代表扱い。兼任は無理って言われた」

 「何その役。聞いたことないよ」

 「俺もはじめましてだよ。まぁ、この学校だしなんかあるんでしょ。残り役職も適当に割り振っといたから。秋人は副部長、坂月さんは会計ね」

 「会計って、何すればいいの。簿記とかわからないわよ」

 「部費のやりくりと言ってた。けど、俺たち活動未定だから、今は部費降りてないから安心して」


 どうすればいいのだろうと悩んでいたけど「もう提出してハンコもらった」という台詞を聞き、これは決定事項なのだと受け入れるしかなかった。


 「まぁまぁ、そんなに悪いことではないと思うよ」


 そういうと私の耳元まで来て、小声で

「これでみんなを誘う口実ができたでしょ」と言われた。

 中森くんの発言にハッとしたが職員室の帰りに聴こえちゃったと言い、メンゴと一言。

 「とにかく、これから活動していくから、みんなよろしくぅー」

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 帰り際、隙を見計らって古橋くんに中森くんから言われたことを話した。


 「別に内密にしろとか言われてないし、そんなに気にする必要ないと思う」

 「そうですね。でも、これで切り出す理由ができたのはよかったですね」


 部長の件はともかく、更生を行っていく口実ができたのはよかったような気がする。部活に誘うっていう口実だけど普通に近寄って話すよりかは部活を通して話した方が色々と便利になると思った。それでも部長か。学級委員といい、更生といい、なんだか今日はイベントが盛りだくさんだ。一気に役職を与えられしかもすべて重役。気分はさながら、夏休みの宿題をものすっごく与えられた時の気持ちだ。


 「あとは、誰からやっていくかだね」

 「ですね」


 正直なところ、不安しかない。自分に更生などという立派なことができるとも思えない。ひきこもりだった私に何ができるのだろうか。心配や不安。憂いや曖昧な気持ち。色んな感情を抱えながら、寮へと帰っていった。

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